画家を知る

月夜だけを描き続けて——ラルフ・アルバート・ブレークロック

明るい空と、暗い地上と、黒い木の輪郭。ブレークロックはその型を何度も使った。型が確立していたために贋作が横行し、本人は病院にいた。九点を近くで見ると、手数の跡だけは真似できないと分かる。月は同じでも、木の描き方は一枚ごとに違っている。

月光
ラルフ・アルバート・ブレークロック《月光》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

木が、黒い影になっている

一枚の絵から始めたい。

月光
ラルフ・アルバート・ブレークロック《月光》1886年から95年。油彩・画布。縦68.74センチ、横94.14センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《月光》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

夜の風景である。

画面の中央上寄りに、月がある。

丸く、白く、周囲が黄色くにじんでいる。

その光が、雲を透かして広がっている。

空全体が、黄緑がかった灰色に染まっている。

画面の下半分は、暗い地面と水面である。

月の光が水に映り、細い縦の筋になっている。

左手前に、木が数本立っている。

葉の茂りが、黒い塊として描かれている。

枝の一本ずつは見えない。輪郭だけである。

中央にも、細い木が二本立つ。

これも黒い。空の明るさに対して、影として抜かれている。

明暗の二層構造

この絵の作りは、単純である。

明るい空と、暗い地上。それだけである。

そのあいだに、黒い木の形が置かれる。

木は光を受けていない。ただの影である。

つまり、色を持たない形として扱われている。

この構造は、この画家の絵に繰り返し現れる。

九点のうち、少なくとも六点が同じ作りをしている。

明るい空、暗い前景、黒い木の輪郭。

一つの型を、何度も使っている。

なぜ、月夜なのか

月の光には、特徴がある。

太陽より弱いので、物の色が見えにくい。

人の目は、暗いところでは色を判別しにくくなる。

そのため、月夜の風景は明暗だけの世界に近づく。

色を捨てて、形と明るさだけで絵を作れる。

画家にとって、これは扱いやすい条件である。

しかも、細部を描かなくてよい。

暗ければ、見えないのが自然だからである。

省略が、はじめから許されている主題なのである。

もう一つ、月夜には需要もあった。

十九世紀の家庭では、居間や食堂に絵を掛ける習慣が広がっていた。

明るく賑やかな絵と並んで、静かな夜の絵にも買い手がついた。

同じ時期のアメリカには、月夜を得意とする画家が何人もいる。

つまりこれは、市場のある主題でもあった。

型を持つということ

作風がはっきりしていると、絵が売りやすい。

見る人が、一目で誰の絵か分かるからである。

画家にとって、これは大きな利点になる。

一方で、型は自分を縛りもする。

別の主題を描いても、期待されるのは月夜の絵になる。

依頼も、売れ筋も、そちらに寄っていく。

九点のうち七点までが夜か夕方であるのは、その結果かもしれない。

もっとも、本人がその主題を好んでいた可能性も高い。

どちらが先かは、外からは分からない。

画家について

ラルフ・アルバート・ブレークロックについて、記録から書く。

1847年に生まれ、1919年に没したアメリカの画家である。

若い頃にアメリカ西部へ旅をしたと伝えられる。

その後は東部で制作を続けた。

生前、作品は思うように売れなかったとされる。

家族を抱えながら、経済的に苦しい時期が長かった。

そして1899年ごろ、精神の病により入院した。

以後、二十年近くを病院で過ごしたと記録されている。

その間に、彼の絵の評価が急に上がった。

本人のいないところで

これは、かなり酷な話である。

作品が高く売れるようになったのは、本人が制作できなくなってからだった。

しかも、その利益は本人にはほとんど渡らなかったとされる。

さらに、贋作が大量に作られたことも知られている。

作風が単純で、月夜と黒い木という型がはっきりしている。

そのため、真似がしやすかったと説明される。

つまり、型が確立していたことが、そのまま弱点になった。

いまでも、この画家の作品の真贋には注意が要る。

美術館の記録でも、帰属に慎重な扱いをされる例がある。

記録の扱いについて

今回の九点のうち、四点はスミソニアン協会の所蔵である。

当サイトの取り込み記録では、そのうち数点に作者名の記載がない。

作品としては同館の記録にもとづいて公開されているが、
表記の揺れがある点は、あらかじめ断っておきたい。

こうした帰属の問題は、この画家に限らない。

当サイトでも
誰がフェルメールを決めるかで扱った。

分かっていることと、推定されていることを混ぜない。

その原則を、ここでも守っておきたい。

月の描き方

冒頭の一枚に戻って、月の描写を確かめておきたい。

月そのものは、白い円として置かれている。

その周囲に、黄色みを帯びた光の輪がある。

輪は外へ行くほど薄くなり、空の色に溶けていく。

この輪は、実際に見える現象である。

大気中の水分や塵に光が散乱すると、月の周りが明るくにじむ。

湿った夜ほど、この輪は大きくなる。

つまりこの絵は、晴れた乾いた夜ではない。

雲がかかり、湿気のある夜である。

そう考えると、空全体の黄緑がかった色も理解できる。

雲の層を透かした光が、空全体を薄く照らしている。

水面に映る光

水面の描写にも触れておきたい。

月の真下に、細い光の筋が縦に伸びている。

これは、月光が水面に反射したものである。

水が静かなら、光は一本の帯になる。

波があれば、断続的な点の列になる。

この絵の光の筋は、途切れながら伸びている。

つまり、水面にわずかな波がある。

風がある夜、ということになる。

小さな部分だが、そこまで観察されている。

黒い木の輪郭が単純に見えるぶん、こうした細部が効いてくる。

森の中の光

二枚目は、色が違う。

月の出
ラルフ・アルバート・ブレークロック《月の出》制作年不詳。油彩・板。縦39.7センチ、横60.8センチ。スミソニアン協会蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《月の出》スミソニアン協会蔵

森の中である。画面のほとんどが樹木で埋まっている。

葉が細かく描かれ、赤褐色と暗緑色が混ざっている。

中央やや上に、明るい部分がある。

そこから光が漏れている。

月が木の間から見えているのだろう。

下部は暗く、地面か水面かも判別しにくい。

全体に、絵具が厚く塗られている。

葉の一つずつが、小さな絵具の点になっている。

近づけば、細かい凹凸が見えるはずである。

厚く塗るということ

この画家の絵は、絵具の層が厚いことで知られる。

塗っては乾かし、また塗る。

その上から、透明な色をかぶせる。

こうすると、色に深みが出る。

下の層が透けて見え、単純な混色では出ない色になる。

一方、この方法には問題もある。

層が厚いと、乾き方が不均一になる。

年月が経つと、表面に細かいひび割れが出やすい。

同じ問題は、当サイトの
ライダーの記事でも扱った。

同時代の画家に、共通する現象である。

板に描く

この一枚は、画布ではなく板に描かれている。

板は伸縮が少なく、絵具の層を支える力が強い。

厚塗りをする画家にとっては、都合のよい支持体である。

画布だと、絵具が重いと張りが緩み、たわむことがある。

もっとも、板には板の弱点がある。

湿度で反り、割れることがある。

大きな板ほど、その危険は高い。

この作が縦39.7センチと小さいのは、そのためかもしれない。

材料の選択には、いつも利害の両面がある。

制作年が分からない絵

この一枚には、制作年の記録がない。

署名や年記がなく、来歴からも特定できないのだろう。

年代の分からない作品は、扱いが難しい。

作風の変化をたどる材料にできないからである。

とはいえ、絵としての価値が下がるわけではない。

当サイトでは、記録にないものは「不詳」とそのまま書く。

推定の年代を、確定のように書かないためである。

崖と、夕日

三枚目は、西部の風景である。

日没、ナヴァロ・リッジ、カリフォルニア海岸
ラルフ・アルバート・ブレークロック《日没、ナヴァロ・リッジ、カリフォルニア海岸》1870年代。油彩・画布。縦92.3センチ、横143.3センチ。スミソニアン協会蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《日没、ナヴァロ・リッジ、カリフォルニア海岸》スミソニアン協会蔵

九点の中で最も大きい。縦92.3センチ、横143.3センチ。

左に、高い崖が斜めに下りている。

崖の面は暗く、褐色である。

その手前に、木が数本まとまって生えている。

これも黒い塊として描かれている。

右半分は、明るい空と海である。

雲が幾層にも重なり、金色と灰色が混ざる。

海面は白く光っている。

つまり、夕方の逆光である。

夕方と、夜

この絵は月夜ではない。

しかし、絵の作りは月夜の絵と同じである。

明るい空、暗い前景、黒い木の輪郭。

光源が太陽であっても、構造は変わらない。

つまりこの画家は、時刻ではなく構造を描いている。

夜か夕方かは、色の選び方の違いにすぎない。

そう考えると、九点の統一感が理解できる。

岩と水の縦の絵

四枚目は、形が違う。

巨石と急流
ラルフ・アルバート・ブレークロック《巨石と急流》1878年。油彩・画布。縦137.2センチ、横71.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《巨石と急流》メトロポリタン美術館蔵

縦に長い画面である。縦137.2センチ、横71.1センチ。

深い谷である。左右から岩壁が迫っている。

その岩は褐色と灰色で、質感が細かく描かれている。

中央を、水が流れ落ちている。白く泡立っている。

手前には、木で組まれた通路のようなものが見える。

板が渡され、手すりらしきものがある。

上を見ると、崖の上のほうに木が生えている。

そして、その隙間から光が差し込んでいる。

九点の中で、これだけが細部を詳しく描いている。

例外的な一枚

なぜこの一枚だけ違うのだろうか。

制作年は1878年。比較的早い時期にあたる。

まだ作風が固まる前の作かもしれない。

あるいは、主題が細部を要求したのかもしれない。

岩の質感と水の流れは、影では表せない。

黒い塊として処理してしまうと、絵にならない。

いずれにせよ、この画家が細密な描写もできたことが分かる。

黒い木の影は、能力の限界ではなく選択だった。

そのことを示す一枚として、重要である。

縦長の谷

この一枚の画面の形についても書いておきたい。

縦137.2センチ、横71.1センチ。ほぼ二対一である。

谷を描くには、この形が向いている。

左右から岩が迫り、上下に空間が伸びる。

横長にすると、谷の深さが出ない。

縦にすることで、上を見上げ、下を覗き込む感じになる。

実際、この絵の視線は上下に動く。

まず中央の白い水に目が行き、そこから上へ光をたどる。

次に下へ降りて、手前の板の通路にたどり着く。

その通路があることで、見る人は谷の底に立つことになる。

人物は描かれていないが、立つ場所は用意されている。

人の手が入っている

もう一つ、この絵には人工物がある。

木で組まれた通路と、手すりらしきものである。

自然の風景を描いた絵に、人の作った構造物が入っている。

これは、この場所が見物の対象だったことを示す。

十九世紀のアメリカでは、渓谷や滝が観光地になった。

道が整備され、宿ができ、絵葉書が売られた。

風景画も、その産業の一部だった。

当サイトでも
東海道の売り方で似た構造を扱った。

名所が絵になり、絵が名所を広める。

この一枚も、その循環の中にある。

水辺の人物

五枚目は、静かな絵である。

自然の鏡のほとりで
ラルフ・アルバート・ブレークロック《自然の鏡のほとりで》1880年ごろ。油彩・画布。縦40.9センチ、横61センチ。スミソニアン協会蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《自然の鏡のほとりで》スミソニアン協会蔵

暗い森に囲まれた、水辺の場所である。

画面の左右に、濃い緑の樹木が壁のように立つ。

中央に、明るい空間が抜けている。

そこに水面があり、緑がかった光を返している。

水辺に、小さな人物が一人いる。

裸に見える。体を前へ傾け、水に触れているようだ。

背景の空は淡く、木の間から見えている。

全体が緑に沈み、色数が少ない。

人物の大きさ

この絵の人物は、画面の中でごく小さい。

高さにして、画面の十分の一ほどだろう。

顔も判別できない。姿勢だけが分かる。

つまり、人物は主役ではない。

風景の一部として置かれている。

風景画に人を置くときの、典型的な扱いである。

大きさを示し、視線の入口を作る。

もっとも、この絵ではもう一つ役割がある。

人がいることで、この場所が「行ける場所」になる。

まったくの無人だと、風景は抽象に近づく。

野営の場面

六枚目については、注意して書きたい。

月光、野営地
ラルフ・アルバート・ブレークロック《月光、野営地》1885年から89年。油彩・画布。縦68.8センチ、横86.8センチ。スミソニアン協会蔵。所蔵館の記録では、先住民の野営を描いたものとされる。ラルフ・アルバート・ブレークロック《月光、野営地》スミソニアン協会蔵

月夜である。空は黄緑がかった明るい灰色。

画面の左右に、黒い木立が立つ。

中央に、水面と平地が見える。

その平地に、円錐形の天幕がいくつか並んでいる。

天幕のそばに、人影が小さく見える。

右手前にも、立っている人物が一人いる。

いずれも黒い影として描かれ、顔は分からない。

誰が、誰を描いたか

この主題については、事情を書いておく必要がある。

十九世紀のアメリカでは、先住民の野営を描いた絵が数多く作られた。

多くは、東部の都市の買い手に向けて描かれている。

つまり、描く側と買う側は、描かれる側とは別の集団だった。

この絵でも、人物は影として扱われ、個人としては描かれていない。

風景の中の点景として置かれている。

そこには、対象を「風景の一部」として見る視線がある。

同じ問題は、当サイトの
カトリンの記録でも扱った。

絵の静けさと、その視線の偏りは、分けて考えたほうがよい。

滝の縦長の絵

七枚目は、また縦長である。

滝、月光
ラルフ・アルバート・ブレークロック《滝、月光》1886年までに制作。油彩・画布。縦142.9センチ、横90.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《滝、月光》メトロポリタン美術館蔵

暗い画面である。ほとんどが黒に近い。

中央に、大きな木が一本立っている。

葉の茂りが、画面の上半分を占めている。

その塊は、輪郭だけで示されている。

木の右奥に、白い筋が見える。

滝である。細く、上から下へ落ちている。

その周囲だけが、わずかに明るい。

空は木の枝の間から、黄緑色に覗いている。

画面の下部は、ほとんど何も見えない。

見えないことを描く

この絵は、大部分が判別できない。

暗くて、何があるか分からない。

しかし、それが夜の見え方である。

夜、屋外に立てば、実際にこう見える。

近くの木は塊にしか見えず、足元は闇に沈む。

遠くの水面だけが、わずかに光る。

つまりこの絵は、写実的なのである。

明るく描くほうが、むしろ嘘になる。

見えないことを、そのまま描いている。

昼の庭

八枚目は、九点の中で唯一、昼の絵である。

画家の庭
ラルフ・アルバート・ブレークロック《画家の庭》1879年から89年。油彩・画布。縦40.6センチ、横61センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《画家の庭》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

明るい空である。淡い水色に、白い雲が浮かぶ。

下半分は、耕された土地である。

畝が幾筋も並び、手前から奥へ伸びている。

その先に、家が建っている。

小さく、白っぽい壁が見える。

左右には、木が数本立っている。

こちらも黒い塊に近いが、緑が残っている。

右手前には、柵らしき線が横切る。

穏やかで、日常の風景である。

型から外れた一枚

この絵には、月がない。

暗い前景もない。空は明るく、地面も見える。

つまり、この画家の型から外れている。

題に「画家の庭」とあるように、身近な場所を描いている。

売るための絵ではなく、自分のための絵かもしれない。

九点の中で、いちばん普通の風景画である。

そして、いちばん個人的な絵にも見える。

森の中の空き地

最後の一枚を見る。

風景
ラルフ・アルバート・ブレークロック《風景》1885年から95年。油彩・画布。縦68.6センチ、横94.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ラルフ・アルバート・ブレークロック《風景》メトロポリタン美術館蔵

森である。左右と上部を、樹木が囲んでいる。

葉は細かく描かれ、緑と褐色が混ざっている。

中央に、明るい空間が抜けている。

そこに空が見え、遠くの地面も見える。

手前には、草地と岩がある。

小さな人影が、中央付近にいるようにも見える。

判別はしにくい。

上部の枝が、空を細かく分割している。

その隙間から、白い空が点々と覗く。

枝の透かし

この絵で目を引くのは、枝の描き方である。

細い枝が何本も交差し、空を細かく切っている。

その隙間に、白い空が点として残る。

この効果は、実際の森でよく見られる。

見上げると、葉の間から光が漏れて見える。

それを絵具で再現するのは、手間がかかる。

暗い色を塗ってから、明るい点を置いていく。

あるいは、明るい下地を残しながら暗い色を置く。

どちらにせよ、細かい作業である。

九点の中で、最も労力のかかった一枚かもしれない。

九点を通して

九点を年代順に並べる。

1870年代、1878年、1879年から89年、1880年ごろ。

そして1885年から89年、1886年まで、1885年から95年、1886年から95年、制作年不詳が一点。

二十年ほどの幅がある。

主題は、月夜の風景が中心である。

例外は、渓谷の一枚と、庭の一枚だけである。

そして、どの絵にも黒い木の輪郭がある。

同じ絵を、描き続ける

最後に、この繰り返しについて考えたい。

同じ型を何度も使うことは、悪いことのように語られやすい。

新しさがない、進歩がない、と言われる。

しかし、絵は必ずしも進歩するものではない。

一つの形を深めていく道もある。

ブレークロックの場合、その道が結果として災いも招いた。

型が真似され、贋作が出回った。

それでも、本物の絵には手数の跡がある。

厚い絵具の層、細かい葉の一つずつ、枝の隙間の白い点。

型は真似できても、その手数は簡単には真似できない。

九点を近くで見ると、そのことがよく分かる。

月は同じでも、木の描き方は一枚ごとに違っている。

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