括弧の中に、前の館がある——コーコラン美術館からの移管

赤煉瓦の大きな屋敷が、画面の中央に立つ。
正面に三段の窓が並び、屋根の上に煙突が二本。
前庭には人と馬が集まり、旗が立つ。
天幕らしい白い形も見える。
手前は柵で区切られ、その向こうに人影が散る。
木は葉を落とし、枝だけが空へ伸びる。
空は灰と青が混ざり、雲が厚い。
板紙に描かれているため、画面は小さい。
縦28.7センチ、横36.5センチしかない。
それでも人物は数十人が描き分けられている。
一人ずつの姿勢と衣の色が違う。
小さな画面に、細かい情報が詰め込まれている。
括弧の中の寄贈者は、個人ではなく協会である。

こちらも上半身の肖像である。
白い髪が耳の上で膨らみ、後ろへ流れる。
顔は正面をわずかに外し、目はこちらを見ない。
頬に赤みが差し、鼻と口の周りに影が落ちる。
黒い上着の下に、白い襟布が結ばれる。
背景は暗い褐色一色で、何も描かれない。
先の《エドワード・シッペン》とは、背景の作りが違う。
あちらには赤い布があり、こちらには何もない。
同じ画家の、七年ほど離れた二点である。
括弧の中の語は「遺贈」である。
生前の寄贈ではなく、死後に譲られたという意味だ。
寄贈と遺贈は、記録の上で厳密に書き分けられる。
「コレクション」という書き方
括弧の中で最も多い形は、個人の名を冠したコレクションである。
ウィリアム・A・クラーク・コレクション、1926年。
エドワード・C・アンド・メアリー・ウォーカー・コレクション、1937年。
これは寄贈とも遺贈とも書かれていない。
まとまりとして受け入れた、という意味である。
一点ずつではなく、群として入った。
だから群の名で呼ぶ。
館の公開データで数えると、クラーク・コレクションの名を持つ絵は多い。
未使用の作品だけでも、三十点以上がこの行を持つ。
一人の収集家の名が、百年後の別の館の記録にまだ残っている。

正方形に近い画面である。縦横とも121.92センチ。
中央に、白い衣の女性が立つ。
衣は床まで届き、大きな襞を作る。
袖と肩には赤い布が重なる。
その左右に、男たちが並ぶ。
左の男は鎧をつけ、剣の柄に手を置く。
奥の男は赤い衣で、楽器を持つ。
右端の男は柱に隠れるように立ち、こちらを見る。
床には模様のある敷物が広がる。
女性だけが正面を向き、他は視線を外す。
題は劇の中の歌の一行から取られている。
館の記録には、その一行が長いまま書かれている。
シルヴィアとは誰、どんな人、羊飼いがみな褒めそやす。
問いかけの形が、そのまま題になっている。
年の欄には、二つの期間が並ぶ。
描いた期間と、手を加えた年である。
作者の署名の下にも、二つの年が書かれている。
三つの受入番号は、何を分けたか
七千点を超える移管が、なぜ三つに分かれたのか。
記録からは、その理由は読み取れない。
分かるのは、番号が三つに分かれているという事実だけだ。
2014.79、2014.136、2015.19。
同じコレクションの絵が、三つの番号帯に散っている。
たとえばギルバート・スチュアートの作品は、2014.136に集まる。
しかし別の画家では、2015.19に入る。
作品の種類で分けたのか、手続きの都合で分けたのか。
書かれていないことは、推測にとどめるほかない。
はっきりしているのは、括弧の中身が三つの帯で共通していることだ。
どの帯の作品も、同じ形式で前の館の受入を記している。

横長の画面である。屋外の建物の入口が描かれる。
中央に、黒い上着の男と、灰色の衣の女が立つ。
男は帽子を手に持ち、女のほうを向く。
左手前には、赤い上着の若者が座る。
その足もとに、鹿が横たわる。
角が大きく、体は褐色である。
狩りの後の場面だと分かる。
背後には馬の頭が見え、暗がりから顔を出す。
上には木の梁が渡り、屋根の下であることを示す。
光は左から入り、人物の顔と鹿の背に当たる。
犬の姿は見えないが、狩りの道具が散らばる。
括弧の中の1937年は、前の館が受け入れた年である。
その年、ナショナル・ギャラリーは最初の受入をしていた。
同じ年に、二つの館が別々に絵を受け取っている。
七十七年後、その二つが一つの記録に並ぶことになった。

縦長の画面のほとんどを、壁の掛け物が占める。
掛け物には、小さな人物像が段になって並ぶ。
上段に三体、その下にも幾体か。
赤と青と白が混ざり、輪郭はぼやける。
布の傷みや汚れまで、絵具で示される。
手前の台の上に、白い壺が置かれる。
壺の口は広く、胴は丸い。
その左に、小さな白い像が立つ。
台の色は淡く、壺の白と近い。
画面全体が白と淡い青で、色数が少ない。
静物の絵でありながら、主役は背後の掛け物である。
館の記録は、掛け物が何であるかを説明しない。
題に地名が入っているだけである。