名画の楽しみ方

括弧の中に、前の館がある——コーコラン美術館からの移管

出所の行に括弧が入り、その中にもう一つの受入が書かれている。外は2014年、中は1869年。七千点を超える移管で、前の館の贈り主の名が一点ずつ写された。括弧という記号が何を守っているのかを、九点から考えたい。

キャッツキルの風景
パウル・ヴェーバー《キャッツキルの風景》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

出所の行に、括弧がある

美術館の記録には、出所の行という欄がある。

その作品が、どういう資格で館にあるかを示す一行だ。

多くは短い。誰それの寄贈、どこそこ基金による購入、といった具合である。

ところが、ナショナル・ギャラリー(ワシントン)には、こういう行がある。

コーコラン・コレクション(ウィリアム・ウィルソン・コーコラン氏の寄贈、1869年)。

括弧の中に、もう一つの出所の行が入っている。

しかも、年まで付いている。

外側の番号は2014.136.108である。2014年に受け入れた、という意味だ。

内側の括弧は1869年と書く。

一つの欄に、百四十五年の差がある二つの年が同居している。

二つの館が、一行の中で重なる

この形の行は、館が別の館の所蔵品を引き継いだときに使われる。

コーコラン美術館は、ワシントンにあった私立の美術館である。

その収蔵品が、2014年から2015年にかけてナショナル・ギャラリーへ移った。

移された作品には、新しい番号が振られた。

2014.79、2014.136、2015.19という三つの受入番号である。

提供元が公開しているデータで数えると、規模が分かる。

2014.79の枝番は714点。

2014.136の枝番は418点。

2015.19の枝番は5862点に及ぶ。

三つ合わせて、七千点を超える。

これだけの数が、二年のあいだに一つの館から別の館へ動いた。

そのすべての出所の行に、括弧が付いている。

括弧の中には、前の館がどうやってその作品を得たかが書かれる。

つまり、受入の記録が二段になっている。

キャッツキルの風景
パウル・ヴェーバー《キャッツキルの風景》1858年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦53.34センチ、横43.82センチとされる。出所の行は「コーコラン・コレクション(ウィリアム・ウィルソン・コーコラン氏の寄贈、1869年)」。番号は2014.136.108。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。パウル・ヴェーバー《キャッツキルの風景》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、渓谷が描かれる。

手前は岩と浅い流れである。

水は茶色く濁り、底の石が透けて見える。

岩の上には苔と草が生え、細かい筆で描かれる。

中景から奥へ、木立が幾重にも重なる。

葉の色は明るい緑から暗い緑へ、段になって変わる。

奥には山の稜線が見え、その上に白い雲が湧く。

空は上部にわずかしか見えない。

木立が画面の三分の二を占める。

人物はいない。道もない。

自然だけが描かれた画面である。

括弧の中の年、1869年に注目したい。

コーコラン美術館の創立者が、自分の名で贈った作品である。

絵が描かれたのは1858年。贈られたのは十一年後。

そして館が移ったのが2014年である。

一つの行に、三つの時点が畳まれている。

括弧の中には、何通りの書き方があるか

括弧の中身を集めると、書き方が驚くほど多い。

館の公開データから拾えるだけでも、三十通り以上ある。

寄贈。遺贈。購入。基金による購入。交換による購入。

誰かの寄付を通じた購入。複数の基金と寄付を合わせた購入。

匿名の寄贈。協会からの寄贈。

そして、個人の名を冠したコレクション。

同じ「買った」でも、どの財布から出たかで書き方が変わる。

美術館の会計は、その区別を必要とする。

寄付された金で買ったものと、館の予算で買ったものは、別の扱いになる。

その区別が、括弧の中に残っている。

移管された先の館は、それを書き換えなかった。

エドワード・シッペン
ギルバート・スチュアート《エドワード・シッペン》1796年。カンヴァスに油彩。出所の行は「コーコラン・コレクション(美術館購入、ギャラリー基金、1874年)」。番号は2014.136.115。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ギルバート・スチュアート《エドワード・シッペン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

年配の男が、上半身で描かれる。

白い髪は左右に膨らみ、後ろで束ねられる。

顔は赤みを帯び、頬に光が入る。

目の下の皮膚は緩み、口もとには影が落ちる。

黒い上着の下から、白い襟飾りが幾重にも出る。

その白い布だけが、画面の中で明るい。

背景は暗い褐色で、左に赤い布が垂れる。

赤は上から下へ、大きな襞を作って落ちる。

顔と襟と赤い布。三つの要素だけで画面が持つ。

括弧の中の1874年は、前の館が買った年である。

絵が描かれたのは1796年。七十八年後の購入だ。

ギャラリー基金という名も、そのまま残されている。

私立の館が、閉じるということ

美術館が閉じるとき、いちばんの問題は収蔵品である。

売るのか、預けるのか、譲るのか。

そのどれを選んでも、記録は作り直さなければならない。

譲られた側は、自分の帳簿に新しい行を立てる。

そのとき、前の帳簿の行をどうするかが問われる。

そのまま捨てれば、帳簿は短くなる。

残せば、長くなるが、経緯が追える。

今回の移管では、残す道が選ばれた。

七千点を超える作品の、一点ずつについてである。

作業としては、かなりの手間になる。

前の館の帳簿を読み、括弧の中に写し取る。

書き写す際に、語順や表記もそのまま保たれている。

「美術館購入」という語も、前の館の言い方のままだ。

いまの館なら、別の言い方をするかもしれない。

それでも直していない。

引用として扱っているからだと考えられる。

前の館の年が、二つの世紀にまたがる

九点の括弧の中の年を並べてみる。

1869年、1874年、1900年、1902年、1926年、1937年、1941年、1957年。

そして最後の一点には、年が書かれていない。

いちばん古い年といちばん新しい年で、八十八年ひらく。

前の館が百年以上かけて集めたものが、二年で移った。

外側の番号は、その二年しか示さない。

括弧がなければ、百年ぶんの時間は消えていたはずだ。

括弧は、消えたはずの時間を残すために置かれている。