画家を知る

猿が、人を演じる部屋——クリストフ・ユエ

音楽会、踊り、釣り、そして絵を描くこと。人の服を着た猿が、人の営みを繰り返す六点。四隅を落とした画布の形から、もとの部屋を想像する。自分を笑う絵を壁に掛ける。その皮肉が装飾として成り立つ理由も考えてみたい。

猿の戯れ・踊り
クリストフ・ユエ《猿の戯れ・踊り》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

猿が、人の服を着ている

一枚の変わった絵から始めたい。

猿の戯れ・踊り
クリストフ・ユエ《猿の戯れ・踊り》1739年ごろ。油彩・画布。縦92.1センチ、横144.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。クリストフ・ユエ《猿の戯れ・踊り》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横に長い画面である。

左には、石の卓を囲んで数人が座る。

その数人が、人ではない。

猿である。

上着を着て、帽子をかぶり、椅子に腰かけている。

卓の上には、皿と杯が並ぶ。

画面の中央には、白い衣の女性が立つ。

こちらは人間である。

その右で、黄色い上着の猿が踊っている。

片足を上げ、両手を広げている。

奥の柱のそばには、笛を吹く猿がいる。

右上の柵には、青い鳥がとまる。

人と猿が、同じ画面にいる

この絵の妙は、そこにある。

猿だけの絵ではない。

人間も混じっている。

中央の女性は、明らかに人である。

白い前掛けをつけ、頭に布を巻く。

その周りで、猿が人のように振る舞う。

つまり、人と猿が同じ場に共存している。

どちらが主で、どちらが従かも決めがたい。

見る側は、その居心地の悪さを楽しむことになる。

猿の絵という型

この種の絵には、名前がある。

猿の戯れ、と訳される主題である。

猿に人の服を着せ、人の営みをさせる。

音楽、踊り、狩り、絵を描くこと。

いずれも、人がやることを猿がやる。

十七世紀の低地地方で、すでに描かれていた。

十八世紀のフランスで、装飾の主題として流行する。

壁面や扉の上の板に描かれ、部屋を飾った。

つまり、鑑賞の絵というより、内装の一部である。

描いた人について

クリストフ・ユエは、一七〇〇年に生まれ、一七五九年に没したとされる。

フランスの画家である。

動物を描くことを得意とした。

とくに、この猿の主題で知られる。

城館の内装を数多く手がけたと伝えられる。

猿を描いた部屋が、いくつか現存する。

つまり、部屋ごと設計する仕事をしていた。

画家であり、内装の職人でもある。

十八世紀のフランスでは、その境目は曖昧だった。

画布の形が、四角くない

六点の形に注目したい。

いずれも、長方形ではない。

四隅が丸く落とされている。

あるいは、下辺が台形に狭まっている。

これは、はめ込まれる場所の形に合わせたためである。

扉の上の板、鏡の脇、暖炉の上。

部屋の中には、四角くない場所がたくさんある。

そこへ絵をはめ込むには、画布をその形に切る。

つまり、この六点は最初から部屋の一部だった。

装飾画という仕事

装飾画には、独特の条件がある。

まず、目立ちすぎてはいけない。

部屋の主役は、そこに住む人である。

次に、離れて見られる。

天井近くに掛かることも多い。

だから、細部を詰めすぎても見えない。

そして、明るくなければならない。

暗い絵は、部屋を重くする。

六点の色調がやや暗いのは、経年による変化もあるだろう。

もとはもっと明るかった可能性がある。

音楽会の場面

二枚目を見たい。

猿の戯れ・演奏会
クリストフ・ユエ《猿の戯れ・演奏会》1739年ごろ。油彩・画布。縦89.1センチ、横150.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。クリストフ・ユエ《猿の戯れ・演奏会》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

庭のような場所である。

左には、石の台と大きな壺が置かれる。

その手前に、猿たちが集まっている。

一匹は、鍵盤のついた楽器の前に座る。

一匹は、譜面台の前で腕を上げる。

指揮をしているらしい。

その周りに、弦楽器や管楽器を持った猿が並ぶ。

そして、動物が混じっている。

左手前には、羊が一頭。

中央には、椅子に座った猫が二匹。

手前には、小さな犬が板の上に乗っている。

動物が、人の役をする

この一枚では、猿以外の動物も出てくる。

羊、猫、犬。

いずれも、人の場面に紛れ込んでいる。

猫は椅子に座り、聴衆のように前を向く。

犬は板の上で、運ばれているように見える。

つまり、動物たちが人の社会を演じている。

これは、寓話の伝統に連なる。

動物に人の役を割り当てて、人の性質を語る。

古代から続く型である。

笑いの対象は誰か

猿の絵は、何を笑っているのか。

表面的には、猿である。

人の真似をする滑稽さを笑う。

しかし、実際には人が笑われている。

猿がやっても成立してしまう営みだからである。

音楽会も、踊りも、絵を描くことも。

型どおりにやっているだけなら、猿でもできる。

そういう皮肉が、この主題の底にある。

十八世紀の貴族が、自分の部屋にこれを飾った。

自分たちを笑う絵を、壁に掛けている。

皮肉を、飾りにする

なぜ、自分を笑う絵を飾るのか。

一つは、余裕の表明である。

自分を笑えることは、地位の証しになる。

もう一つは、皮肉が薄められているからである。

猿は可愛らしく描かれている。

場面も、楽しげである。

刺は残っているが、痛くはない。

装飾として成立する範囲に収められている。

風刺画とは、そこが違う。

十八世紀の部屋の作り

当時の上流の住宅では、壁一面が装飾で覆われた。

木の枠で区画を作り、その中に絵や鏡をはめ込む。

扉、暖炉、窓の間。

すべての面に、装飾の計画がある。

家具や織物も、その計画に合わせて選ばれる。

つまり、部屋は一つの作品だった。

絵は、その部品である。

画家は、大工や彫刻師と一緒に仕事をする。

図面を見ながら、寸法と主題を決める。

六点の変わった形は、その共同作業の跡である。

六点が、一組であること

六点の年代は、いずれも一七三九年ごろとされる。

つまり、同じ時期の仕事である。

寸法は、大きいものが四点、小さいものが二点。

大きいものは、縦九十センチ前後、横百四十センチ台。

小さいものは、縦八十センチ台、横百十センチ台。

二種類の寸法があるということは、二種類の場所があったということである。

部屋の中で、大きい壁面と小さい壁面がある。

そこに合わせて、絵の大きさが決まる。

つまり、六点は一つの部屋のための一組だった可能性が高い。