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漆は、刷れない——神坂雪佳・勝川春章・歌麿ほか九点

漆の見どころは艶と層の深さだが、版画は艶を刷れない。漆にまつわる九点を数えると、実際に塗られているのは二点だけで、あとは平らな黒として描かれ、技法の名になり、模倣の源泉になり、巻物を納めていた箱として記録にだけ残っていた。見えない層をめぐる記録である。

蓋付き歌がるた箱
神坂雪佳《蓋付き歌がるた箱》クリーヴランド美術館蔵

細長い箱の表面が、赤く沈んでいる

横に長い箱である。

全体は37.5×7.1センチしかない。

高さは低く、蓋が薄い。

蓋は箱の全面を覆う。

色は、暗い赤である。

朱よりも沈み、褐色に近い。

表面には、艶がある。

しかし鏡のようには映らない。

光は、面の下から返ってくるように見える。

蓋の上に、金の線がある。

線は細く、斜めに走る。

竹の形をしている。

節が二つ三つ入る。

葉は、短い線の集まりである。

金の量は、ごくわずかである。

赤い面の大部分は、何も置かれていない。

箱の中央に、細い紐が結ばれている。

紐は黄と赤で、蝶結びになる。

側面には、装飾がない。

角は丸められている。

蓋と身の合わせ目は、細い線として見える。

隙間はほとんどない。

塗り重ねたあとに、削って合わせたらしい。

蓋付き歌がるた箱
神坂雪佳《蓋付き歌がるた箱》明治時代。館の記録では、木に漆。全体は37.5×7.1センチ。番号は1991.120。クリーヴランド美術館蔵。神坂雪佳《蓋付き歌がるた箱》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、材料は木と漆である。

漆は、木から採れる樹液である。

塗って乾かすと、硬い膜になる。

水にも酸にも強い。

そして何度も塗り重ねる。

一回ごとに乾かすので、時間がかかる。

乾かすには、湿った場所が要る。

水分がなければ固まらない。

塗料としては、めずらしい性質である。

館の記録では、長い短冊は詩を書くためのものである。

この箱は、意匠を考えた人と、漆を塗った職人との共作である。

二人で、金の竹を描いた蓋の箱を作り、金箔で飾った札を納めたという。

館の記録は、そう説明している。

つまり作り手が二人いる。

意匠と、塗りが分かれている。

館の記録は、その二人の名を並べて書いている。

どちらが主かは、書いていない。

漆は、九つの場所に現れる

この一箱を出発点に、漆にまつわる九点を数えていく。

漆は、東アジアにしかない材料である。

漆の木は、限られた土地にしか育たない。

だから西の国では、漆を作れなかった。

そのかわりに、真似た。

先に言ってしまうと、九点のうち、実際に漆が塗られているのは二点である。

一点では、漆は版画の技法の名である。

三点では、漆の器が絵の中に描かれている。

二点では、漆は真似られた対象である。

そして一点では、漆は容れ物として記録にだけある。

つまり九点のうち七点で、漆は物として館にない。

記録の中の言葉として、あるだけである。

鞘に、紅葉が蒔かれる

二点目も、漆である。

紅葉蒔絵鞘脇指拵
重武《紅葉蒔絵鞘脇指拵》刀身は十八世紀、拵は十九世紀。館の記録では、鋼、木、漆、鮫皮、糸、赤銅、金、四分一。全長57.9センチ、刀身38.2センチ。番号は91.1.885。メトロポリタン美術館蔵。重武《紅葉蒔絵鞘脇指拵》メトロポリタン美術館蔵

短い刀の拵である。

全長は57.9センチ、刀身は38.2センチある。

反りは0.3センチしかない。

ほとんどまっすぐに見える。

鞘は黒い。

黒の上に、赤と金の小さな形が散る。

葉の形である。

五つに割れた葉が、大小まじって流れる。

葉のあいだに、金の点がある。

柄は、白い粒の並ぶ皮で包まれる。

その上を、糸が交互に巻く。

鍔は円く、暗い色である。

柄と鞘の境には、小さな金具が付く。

館の札には「昆虫」と「かたつむり」がある。

つまり葉のどこかに、小さな生き物がいる。

図版では、小さすぎて見えない。

館の札だけが、その存在を伝えている。

館の記録では、材料は八つである。

鋼、木、漆、鮫皮、糸、そして三種の金属である。

漆は三番目に挙げられている。

八つのうち、金属が三つを占める。

木と漆は、隣り合って並ぶ。

木があって、はじめて漆が塗れる。

黒い鞘の面は、漆の層である。

その上に、金の粉を蒔いて葉を描く。

蒔絵という。

粉を蒔いてから、さらに漆をかけて固める。

だから金は、面から浮かない。

漆の中に沈んでいる。

手で触れても、段差が分からない。

削って平らにするからである。

工程の数は、十を超えることもある。

刀の拵の作り手の名については、刀装具に彫られた名で扱った。

漆の名を借りた版画

三点目には、漆が塗られていない。

夏 田植の図(四季の百姓のうち・第二)
鳥居清倍(二代)《夏 田植の図》1730年代ごろ。館の記録では、手彩色木版、細判、漆絵。33.7×16.1センチ。番号は1957.7。シカゴ美術館蔵。鳥居清倍(二代)《夏 田植の図(四季の百姓のうち・第二)》シカゴ美術館蔵

縦長の版画である。

33.7×16.1センチしかない。

紙は褐色に変わっている。

画面いっぱいに、水を張った田がある。

水面は、細かい波の線で示される。

その中に、人が何人もいる。

腰をかがめ、苗を植える。

衣は短く、脚がむき出しである。

色は、黄と褐色と緑である。

色は版ではなく、筆で塗られている。

輪郭からはみ出した部分がある。

黄色は、田の畦に多い。

緑は、苗の束に置かれている。

画面の左上には、文字の枠がある。

下にも、版元と作者の名が入る。

館の記録では、この版画は手彩色の木版で、細判、そして漆絵である。

漆絵とは、墨に膠を混ぜて艶を出した版画のことである。

黒い部分が、漆のように光る。

しかし漆は使われていない。

膠と墨だけである。

膠を混ぜると、乾いたあとに光る。

量が多いほど、艶が強くなる。

黒の濃さは変わらない。

変わるのは、光の返り方だけである。

つまりここでは、漆は仕上がりの見た目の名前である。

九点のうち、漆が技法の名になっているのは、この一点である。

黒漆の箱を、役者が持つ

四点目からは、漆が絵の中に入る。

黒漆の文箱を持つ男に扮する二代目中村助五郎
勝川春章《黒漆の文箱を持つ男に扮する二代目中村助五郎》1774年ごろ。館の記録では、錦絵、紙に墨と色。高さ31.8センチ、幅14.9センチ。番号はJP895。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《黒漆の文箱を持つ男に扮する二代目中村助五郎》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

高さ31.8センチ、幅14.9センチしかない。

画面の中央に、男が立つ。

体をひねり、右を向く。

顔は険しく、口を結ぶ。

衣は白と灰で、太い縞が入る。

裾をまくり上げ、脚が見える。

足には草履を履く。

右手を前へ出す。

その手に、細長い箱を持つ。

箱は黒い。

面には、何も描かれていない。

背後には、木の格子戸がある。

その上に、細い枝が伸びる。

枝には、小さな花が付く。

地面は淡く、影がない。

色は、桃色と灰と黒の三色に近い。

背景の板戸だけが、褐色である。

館の札は「男性」と「役者」の二つである。

つまり館は、これを役者の絵として登録している。

題には、黒漆の文箱という語がある。

しかし画面の箱は、黒く塗られているだけである。

墨の面と、漆の面の違いは、版画では出せない。

艶は、刷ることができない。

紙の面は、どこも同じ光り方をする。

墨を厚く乗せても、光は変わらない。

だから題が、材質を補っている。

この画家の役者絵については、役者絵で扱った。

漆の鏡を、二人が持つ

五点目も、版画である。

漆塗りの鏡を手にする二人の女
喜多川歌麿《漆塗りの鏡を手にする二人の女》1790年代。館の記録では、木版、紙に墨と色。高さ47.3センチ、幅19.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《漆塗りの鏡を手にする二人の女》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

高さ47.3センチ、幅19.4センチある。

画面に、二人の女がいる。

上の一人は立ち、下の一人は座る。

立つほうは、右手に丸いものを持つ。

黒い円板で、柄が付く。

座るほうも、同じものを持つ。

こちらは膝の上に置く。

二つの円板は、どちらも黒い。

面には、何も描かれていない。

女たちの衣は、淡い桃色と白である。

襟元は大きく開く。

髪は高く結い上げられる。

髪には、櫛と簪が挿さる。

背景は無地で、何もない。

地の色は、紙のままである。

人物の輪郭だけが、線で示される。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

題に、漆塗りの鏡という語がある。

鏡の面は金属で、その台と柄が漆である。

映る面は、こちらを向いていない。

見えているのは、裏側である。

裏側こそが、漆で飾られる場所である。

しかし画面では、円板全体が黒い。

どこまでが金属で、どこからが漆かは分からない。

二人の持つ円板は、大きさが少し違う。

上の一人のほうが、大きく描かれている。

手前と奥の差である。

この画家の顔の描き方については、顔を近づけるで扱った。

漆の箱が、遠い国の部屋に置かれる

六点目では、漆は運ばれてきた品である。

音楽を奏でる家族の肖像
ピーテル・デ・ホーホ《音楽を奏でる家族の肖像》1663年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで98.7×116.7センチ。番号は1951.355。クリーヴランド美術館蔵。ピーテル・デ・ホーホ《音楽を奏でる家族の肖像》クリーヴランド美術館蔵

横長の室内画である。

額なしで98.7×116.7センチある。

床は黒と白の四角い石で、市松に敷かれる。

奥に、明るい戸口がある。

その向こうに、庭が見える。

手前の左に、卓がある。

卓には、厚い織物が掛かる。

織物は赤と青で、文様が細かい。

卓を囲んで、数人が座る。

一人は、大きな絃楽器を抱える。

一人は、書物を開く。

奥に立つ男は、黒い衣である。

右手には、彫りの深い箪笥がある。

箪笥の上に、器がいくつも並ぶ。

青と白の壺と、暗い色の箱である。

館の記録では、描かれた人びとが誰かは分からない。

しかし大理石の床と炉棚、卓の上の織物、絹の衣が、この家の富を示している。

そして館は、箪笥の上について書いている。

右手の彫りの豊かな箪笥は、中国の壺と日本の漆の箱を支えている。

それは、この国とアジアとの盛んな交易を示すという。

館の記録は、そう説明している。

つまり暗い色の箱が、漆である。

画面の中で、手のひらほどの大きさしかない。

色も、暗いというだけである。

文様は描かれていない。

それでも館は、それを日本の漆の箱と特定している。

九点のうち、漆が交易のしるしとして描かれているのは、この一点である。

同じ棚の上には、青と白の壺もある。

そちらは中国の磁器だという。

二つの国の品が、一つの棚に並んでいる。

漆を、真似る

七点目では、漆は模倣の対象である。

コロンビーヌとアルルカン
ジャン・モワロー《コロンビーヌとアルルカン》1729年ごろ。館の記録では、エッチング。版の跡は51.6×32センチ。番号は1927.327。クリーヴランド美術館蔵。ジャン・モワロー《コロンビーヌとアルルカン》クリーヴランド美術館蔵

縦長の版画である。

版の跡は51.6×32センチある。

線は細く、灰色に近い。

画面の中央に、二人の人物がいる。

一人は女で、長い衣を着る。

一人は男で、体に細かい菱形の模様がある。

二人は向かい合う。

その上に、アーチの形の飾りがある。

アーチの頂きに、小さな顔がある。

その顔は、笑っている。

顔の上には、屋根のような飾りが載る。

左右には、細い柱が立つ。

柱の上に、鳥が止まる。

いちばん下には、文字の欄がある。

画面の余白が広い。

線のない部分が、面積の半分を超える。

装飾の図案として作られているためである。

館の記録では、曲線と蔓のある装飾が、この国のこの時代に流行した。

ある画家が、壁や羽目板や家具や天井の飾りのために、そうした装飾を作った。

そして館は、その画家について書いている。

その画家は、輸入された中国の磁器と漆器に見られる異国風の場面の流行を、十八世紀の初めごろに始めた。

この版画の上から微笑むアジア風の顔は、その一例であるという。

館の記録は、そう説明している。

つまり漆器は、装飾の源泉として名を挙げられている。

漆そのものは、どこにもない。

この版画は、紙とインクでできている。

描かれているのも、漆器ではない。

漆器から生まれた装飾の様式である。

様式は、材料から離れて動く。

離れたあとは、もとの材料を思い出させない。

九点のうち、漆が流行の出どころとして書かれているのは、この一点である。

漆の家具を描いた人が、磁器に鳥を描く

八点目では、漆は経歴の中にある。

蓋付スープ鉢
ルイ=ドニ・アルマン《蓋付スープ鉢》1752年ごろ。館の記録では、軟質磁器に上絵の具と金彩。全体は25.8×38.5センチ。番号は1952.3。クリーヴランド美術館蔵。ルイ=ドニ・アルマン《蓋付スープ鉢》クリーヴランド美術館蔵

楕円の深い器である。

全体は25.8×38.5センチある。

胴は白く、下がすぼまる。

四つの脚が、外へ張り出す。

脚の付け根は、赤と金で彩られる。

胴の側面に、鳥が描かれる。

鳥は細い脚で立ち、首を伸ばす。

羽は褐色と灰で、細かい線が入る。

そのまわりに、小さな草花が散る。

縁には、赤と金の帯が回る。

帯の幅は、指一本ぶんほどである。

金の線は、帯の両端に細く走る。

赤は、その内側を埋める。

蓋は丸く盛り上がる。

蓋の上にも、鳥が描かれる。

蓋の頂きには、緑の葉の形の摘みが載る。

葉は厚く、外へ反り返る。

葉だけが立体で、ほかは平らな絵である。

手で持つ場所になっている。

館の記録では、この器を飾る細かく描かれた鳥は、ある画家の仕事である。

その画家は鳥と風景の描写で知られた。

そして館は、その専門の由来について書いている。

それは、同じような構図の漆塗りの家具を描く仕事から来たのかもしれないという。

館の記録は、そう推測している。

つまり漆の家具に描いた人が、磁器に描いている。

材料は変わっても、描くものと構図は変わらない。

鳥の脚の細さも、羽の線の入れ方も同じである。

漆の面は、黒か赤である。

磁器の面は、白である。

地の色が反転しても、鳥の形は同じである。

九点のうち、漆が経歴として現れるのは、この一点である。

そして館の記録は、それを断定していない。

来たのかもしれない、と書いている。

経歴の推測が、そのまま記録に残っている。

言い切らないことも、記録の形式である。

漆の箱に、巻物が納められていた

最後の一点で、漆は容れ物である。

乾隆帝と十二妃の肖像
ジュゼッペ・カスティリオーネ《乾隆帝と十二妃の肖像》1736年から十八世紀後半。館の記録では、巻子・絹本着色。画のみで53×688.3センチ。番号は1969.31。クリーヴランド美術館蔵。ジュゼッペ・カスティリオーネ《乾隆帝と十二妃の肖像》クリーヴランド美術館蔵

長い巻物である。

画のみで53×688.3センチある。

巻物全体では、1154.5センチある。

はじめに、若い男が描かれる。

正面を向き、椅子に座る。

頭に、黒い縁の冠をかぶる。

冠の頂きには、小さな赤い飾りがある。

顔は丸く、髭がない。

衣は明るい黄で、細かい文様が全面にある。

襟は黒く、幅が広い。

その先に、女性の像が続く。

一人ずつ、同じ形式で描かれる。

背景は、どれも無地である。

影は、どこにも落ちていない。

光の向きが決められていない。

上のほうに、四角い印が押される。

印は赤く、文字が白く抜ける。

数は、全体で九つあるという。

館の記録では、この肖像は二十六歳のときの皇帝を示している。

その像に続いて、皇后と十一人の妃の像が並ぶ。

はじめの三つの像は、遠くから来た宣教師の画家が描いた。

後の像は、宮廷の画家たちが描いたという。

そして館は、この巻物の保管について書いている。

これは、彫りのある赤い漆の箱に納められていた。

その箱には、もとの題が記されていたという。

館の記録は、そう説明している。

つまり漆は、絵の外にある。

いま館にあるのは、巻物のほうである。

漆の箱は、館の所蔵品ではない。

それでも館は、箱のことを書いている。

作品がどう保管されていたかも、作品の一部だからである。

箱がどこにあるかは、書かれていない。

巻物と箱は、どこかで離れた。

館の記録は、離れた事実だけを残している。

巻物の終わりについては、巻物はどこで終わるかで扱った。

数えてみると

九点を並べ直す。

漆が実際に塗られているのは、二点である。

歌がるたの箱と、刀の鞘。

漆が技法の名なのは、一点。

漆の器が絵の中に描かれているのは、三点である。

文箱、鏡、そして箪笥の上の箱。

漆が模倣の源泉として書かれているのは、一点。

漆が経歴の中にあるのは、一点。

漆が容れ物として記録にあるのは、一点である。

もう一つ数える。

九点のうち、漆が黒いのは四点である。

刀の鞘、文箱、鏡、そして箪笥の上の箱。

赤いのは二点である。

黒と赤のほかの色は、九点の中にない。

漆はもともと褐色で、顔料を混ぜて色を作る。

混ぜられる顔料が、限られている。

漆はもともと濃い色なので、淡い色が出しにくい。

白い漆は、作るのが難しい。

歌がるたの箱と、巻物を納めていた箱。

言えることと、言えないこと

言えるのは、漆が「絵に描きにくい材料だ」ということである。

漆の見どころは、艶と、層の深さである。

光が面の下から返ってくる。

しかし版画では、艶を刷れない。

だから黒く塗るしかない。

九点のうち三点で、漆は平らな黒として描かれていた。

そのうち二点は、版画である。

残る一点は、油彩の中の小さな箱である。

油彩なら艶を描けるはずだが、小さすぎて描かれていない。

言えないのは、漆が東アジアにしかなかったから真似られなかったという話である。

実際には、真似られた。

そして真似た装飾が、遠い国で流行になった。

漆の家具を描いた人が、磁器に鳥を描くようにもなった。

材料は動かなくても、意匠は動く。

最後に、はじめの一箱へ戻る。

赤い蓋の上に、金の竹が細く走る。

金の量は、ごくわずかである。

赤い面のほうが、はるかに広い。

竹の線は、蓋の対角線に沿って引かれている。

端から端まで届いていない。

漆は、塗り重ねて厚みを作る材料である。

しかし見えるのは、いちばん上の一層だけである。

九点を数え終えて残るのは、見えない層のほうである。

下の層は、乾いたあとに削られる。

削られた部分は、二度と見えない。

それでも、厚みとして残っている。

見えるものと、支えているものが違う。

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