美術史・技法

年が、書かれていない——メロン家の三人と、館が生まれた1937年

コレクションの名だけが置かれ、年がない。館の設立と受け入れが同じ年だからである。第二世代のコレクション、第三の名の基金。同じ姓が六百点を超える出所の行に、八通りの書き方で現れる。一つの作品に四つの番号が書き込まれている例も紹介したい。

東方三博士の礼拝
ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

年が、書かれていない

ワシントン・ナショナル・ギャラリーの記録に、こういう出所の行がある。

アンドルー・W・メロン・コレクション。

それだけである。

年がない。

寄贈とも、購入とも書かれていない。

コレクションの名だけが置かれている。

これまで読んできた行には、必ず年が入っていた。

購入、一八七一年。

ロジャーズ基金、一九五三年。

誰それによる寄贈、二〇一三年。

年は、出所の行の必須の要素だと思っていた。

ところが、この行には年がない。

当サイトで公開している分だけで、百六十四点がこの行を持つ。

そして、この姓を持つ行は、ほかにもある。

ポール・メロン・コレクション。

エイルサ・メロン・ブルース基金。

いずれも、年が入っていない。

今回は、一つの姓が三通りに現れる行を、九点で読みたい。

東方三博士の礼拝
ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》1450年ごろ。館の記録では、板にテンペラ。26.9×46.4センチ。額を含めて35.9×56.4×5.2センチ。番号は1937.1.13。出所の行は「アンドルー・W・メロン・コレクション」。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の小さな板である。

高さ二十六・九センチ、幅四十六・四センチ。

画面の右寄りに、粗末な小屋がある。

藁葺きの屋根が斜めに架かる。

その下に、聖母が座る。

青い衣で、膝に幼児を抱く。

その前に、老人がひざまずく。

金の器を差し出している。

後ろに、二人が続く。

一人は赤い外套、一人は緑の衣。

さらに左に、従者と馬が並ぶ。

馬は白と栗色。

小屋の中に、牛と驢馬の顔が見える。

画面の上に、細い帯のように風景が広がる。

畑と、川と、遠い山。

そして、小屋の右上に、金の星が輝く。

光線が放射状に伸びる。

番号の年と、行の年

年が書かれていない、と述べた。

しかし、番号を見れば分かる。

一九三七・一・一三。

一九三七年の、最初の受け入れ、その十三番目。

つまり、この館の最初の受け入れである。

館そのものが、この年に設立されている。

一つの収集が、館を作った。

だから、出所の行に年を書く必要がない。

館の始まりと、この受け入れが同じだからである。

第一回で読んだ一八七一年の買い物を思い出したい。

あちらは、館ができた翌年の購入だった。

建物より先に、絵があった。

こちらは、もっと極端である。

収集が先にあり、それを収めるために館が作られた。

順序が完全に逆転している。

四百点を超える名前

三つの名前が、それぞれ何点に付いているかを数えたい。

第一世代のコレクションが、当サイトの公開分で百六十四点。

同じ姓の基金が四点。

第二世代のコレクションが三百四十八点。

夫妻の名を冠したものが六十一点。

夫人の名だけのものが四点。

第二世代の基金が二点。

第三の名のコレクションが三十一点。

同じ名の基金が二十一点。

合わせると、六百点を超える。

一つの姓が、六百点以上の出所の行に現れている。

そして、その書き方が八通りある。

コレクション、基金、夫妻の名、夫人の名。

同じ人でも、集めたものと出した金で書き分けられる。

第十九回で読んだ例と、構造は同じである。

一つの名前が、複数の役割を持つ。

違うのは、規模である。

あちらは五十九点だった。

こちらは六百点を超える。

夫妻の名と、夫人の名

第二世代の行には、三通りの書き方がある。

本人の名だけ。

夫妻の名。

そして、夫人の名だけ。

これは、購入や寄贈の時期によるものだろう。

夫妻がそろって渡したものは、二人の名で。

夫人が単独で渡したものは、夫人の名で。

第七回や第十三回で読んだとおり、寄贈者の名乗り方は一定でない。

そして、その名乗り方がそのまま記録に残る。

なお、ここでの夫人の名は、夫の名に夫人を付けた形である。

第七回で読んだ一九四七年の行と同じ書き方である。

二十世紀の後半でも、この形式は使われ続けていた。

一九三七・一という番号

番号の中ほどにある一は、その年の最初の受け入れという意味である。

そして、枝番は少なくとも百十まである。

つまり、この最初の受け入れは百点を超える。

九点のうち四点が、この番号に属する。

一三、四四、一〇〇、一一〇。

散らばっている。

登録の順は、種別や年代の順ではないらしい。

第一回で見た一八七一年の番号と、同じ状況である。

まとめて受け入れたときは、番号の順に意味が薄い。

白い頭巾の肖像

婦人の肖像
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン《婦人の肖像》1460年ごろ。館の記録では、板に油彩。描かれた面34×25.5センチ、板全体37×27センチ、額を含めて60.9×53.3×11.4センチ。番号は1937.1.44。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ロヒール・ファン・デル・ウェイデン《婦人の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

暗い青緑の背景である。

その前に、若い女性が胸から上で描かれる。

顔は正面をやや外し、目は下を向く。

額が広く、髪が見えない。

頭に、白い薄い布をかぶっている。

布は透けており、下の輪郭が見える。

額の上で、細い金の縁飾りが横に走る。

衣は黒く、襟が高い。

その下に、白い襞の入った布が覗く。

腰に、赤い帯。

金具が中央で留まる。

両手を胸の下で組む。

指は細く、長い。

寸法の欄が三段になっている。

描かれた面、板全体、額を含めた寸法。

第十七回で扱った、面と全体を書き分ける記録である。

板の縁の二センチほどには、絵が描かれていない。

もとは枠に嵌まっていた部分だろう。

楕円の画面

ジョン・テイラー夫人
トマス・ゲインズバラ《ジョン・テイラー夫人》1778年ごろ。館の記録では、布に油彩。楕円で76×64センチ。番号は1937.1.100。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。トマス・ゲインズバラ《ジョン・テイラー夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寸法の欄に、楕円と書かれている。

つまり、画面の形が四角ではない。

暗い背景の中に、女性が胸から上で描かれる。

顔は正面をやや外す。

髪は高く結い上げられ、両側で大きく膨らむ。

粉を振ったように白い。

衣は淡い黄色。

胸元が広く開き、白い薄布が幾重にも重なる。

袖にも、白い飾りが付く。

筆の跡が細く、速い。

髪と衣の境目が曖昧である。

背景も、同じ筆で塗られている。

輪郭を確定させない描き方である。

この一点には、額の寸法が書かれていない。

九点のうち、額の欄がないのはこれだけである。

光だけの絵

ヴェネツィアへの接近
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ヴェネツィアへの接近》1844年。館の記録では、布に油彩。62×94センチ。額を含めて88×118.4×12.4センチ。番号は1937.1.110。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ヴェネツィアへの接近》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画面のほとんどが、明るい光で満たされている。

上半分は、白と淡い黄色。

雲とも空とも区別がつかない。

中央に、わずかに濃い部分がある。

建物の輪郭らしい。

水平線は、どこにあるか分からない。

下半分は、水である。

淡い青と白が混じる。

その水面に、いくつかの形が浮かぶ。

舟である。

輪郭は曖昧だが、人が乗っているのが分かる。

赤い点が、いくつか散る。

衣の色だろう。

絵具が薄く、下地が透ける部分もある。

輪郭を描かず、光だけで空間を作っている。

前の三点と、まったく違う描き方である。

そして、四点とも同じ出所の行を持つ。

十五世紀のイタリア、十五世紀のフランドル、十八世紀のイギリス、十九世紀のイギリス。

四百年にわたる四点が、一つのコレクションの名でまとまっている。

二人目の名前

宮殿のあるイギリス風景の奇想画
カナレット《宮殿のあるイギリス風景の奇想画》1754年ごろ。館の記録では、布に油彩。134×108.8センチ。額を含めて151.8×126.4×6.4センチ。番号は1964.2.2。出所の行は「ポール・メロン・コレクション」。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。カナレット《宮殿のあるイギリス風景の奇想画》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の風景画である。

画面の左に、大きな木が立つ。

幹は太く、枝が右上へ広がる。

葉は密で、緑が濃い。

その根もとに、崩れた石積み。

中央から右に、緑の丘。

丘の上に、列柱を持つ建物が見える。

その手前に、低い建物と塀。

右下に、水面と小舟。

赤い服の人が乗る。

手前の地面にも、小さな人影がいくつか。

空は明るい水色で、白い雲が浮かぶ。

題に、奇想画とある。

実在しない風景を、部分を組み合わせて作った絵という意味である。

イギリスの風景に、イタリア風の建物を置いている。

番号の年は、一九六四年

この一点の番号は、一九六四・二の二である。

つまり、一九六四年の受け入れである。

前の四点から、二十七年たっている。

そして、出所の行の名前が違う。

同じ姓だが、名が違う。

世代が下がっている。

第一世代の収集が館を作り、第二世代の収集がそこへ加わった。

出所の行は、その関係を説明しない。

コレクションの名が置かれるだけである。

しかし、番号の年を並べれば、時間の順序は分かる。

バッファロー狩り、スー族、ミズーリ川上流
ジョージ・カトリン《バッファロー狩り、スー族、ミズーリ川上流》1861年から69年。館の記録では、厚紙に貼った板紙に油彩。46.9×62.5センチ。番号は1965.16.10。出所の行は「ポール・メロン・コレクション」。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョージ・カトリン《バッファロー狩り、スー族、ミズーリ川上流》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画像を見ると、絵が楕円形に見える。

しかし、実際は長方形の板である。

その上に、淡い赤褐色で楕円の枠が描かれている。

枠の外側は、灰緑色に塗られている。

つまり、絵そのものに額のような装飾が施されている。

楕円の中は、平原である。

低い水平線。

その上に、白い雲が浮かぶ。

手前に、馬に乗った人が一人。

弓を引いている。

その前に、大きな獣が走る。

背が盛り上がり、頭が低い。

遠くにも、同じ獣が何頭も散らばる。

そして、その先に小さな騎手が見える。

番号が、四つ書かれている

この一点の銘記の欄が、変わっている。

四つの記載がある。

紙の左下に、記号と数字。

板の上部中央に、桃色の絵具で書かれた三桁の数字。

板の右下に、小さな白い紙に印刷された一桁の数字。

そして、裏面に鉛筆で書かれた三桁の数字。

つまり、一つの作品に、四つの番号が付いている。

いずれも、館の受入番号ではない。

画家自身が付けた通し番号かもしれない。

売り立ての札かもしれない。

前の持ち主の整理番号かもしれない。

館の記録は、どこに何が書かれているかを写すだけである。

意味の解釈はしていない。

第十七回でも同じ形を見た。

一つのものに、複数の番号体系が重なる。

そして、館の番号は、そのうちのいちばん新しい一つにすぎない。

三人目の名前

聖母被昇天
ニコラ・プッサン《聖母被昇天》1630年から32年ごろ。館の記録では、布に油彩。134.4×98.1センチ。額を含めて171.8×135.3×13.7センチ。番号は1963.5.1。出所の行は「エイルサ・メロン・ブルース基金」。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ニコラ・プッサン《聖母被昇天》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

下部に、石の台がある。

その上に、白い布が置かれ、垂れている。

台は空である。

その上方に、雲が湧く。

雲の中に、女性が座る。

青い外套と、赤い衣。

顔は上を向き、腕を広げる。

そのまわりに、翼のある幼児が何人もいる。

雲を押し上げるように、身をよじる。

左右に、太い円柱が立つ。

柱は上へ伸び、画面の外へ出る。

台の下に、白い花が散っている。

空だった墓と、上昇する人物。

上下の対比で構成されている。

基金という三つ目の形

この行の末尾は、基金である。

コレクションではない。

つまり、この人の名は、財布の名として使われている。

第四回で読んだ形と同じである。

金が寄せられ、その名を付けた口座ができた。

そして、その金で作品が買われる。

前の五点とは、性格が違う。

前の五点は、集めたものがそのまま入った。

こちらは、金だけが渡され、館が選んで買った。

同じ姓の三人が、三通りの形で記録に現れている。

コレクションが二つ。

基金が一つ。

聖ゲオルギウスと竜
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン《聖ゲオルギウスと竜》1432年から35年ごろ。館の記録では、板に油彩。描かれた面14.3×10.5センチ、板全体15.2×11.8センチ、額を含めて24.45×20.32×5.4センチ。番号は1966.1.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ロヒール・ファン・デル・ウェイデン《聖ゲオルギウスと竜》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

きわめて小さい。

描かれた面が、十四・三掛ける十・五センチ。

葉書ほどである。

その中に、多くのものが描かれている。

中央に、白い馬。

前脚を上げ、体をひねる。

背に、甲冑の騎士が乗る。

長い槍を、斜め下へ突き出す。

槍の先は、地面の獣に刺さっている。

獣は緑で、翼と長い尾を持つ。

口を開け、牙が見える。

左に、女性が跪く。

金と青の衣を着る。

背後には、岩山と、城壁のある町。

塔がいくつも立ち、その向こうに海が広がる。

空には、白い雲。

十四センチの中に、これだけの奥行がある。

氷上の情景
ヘンドリック・アーフェルカンプ《氷上の情景》1625年ごろ。館の記録では、板に油彩。39.2×77センチ。額を含めて64.8×102.2×5.7センチ。番号は1967.3.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ヘンドリック・アーフェルカンプ《氷上の情景》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

下三分の一が、凍った水面。

その上に、大勢の人がいる。

数えると、五十人は超える。

滑っている者。

立ち話をしている者。

橇を押す者。

犬もいる。

色は、黒、褐色、赤、青。

一人ずつ服の色が違う。

奥に、低い建物が並ぶ。

塔と、風車らしい形も見える。

空は淡い灰色で、画面の三分の二を占める。

水平線がきわめて低い。

大きさの幅

九点の寸法を並べたい。

二十六・九掛ける四十六・四センチ。

三十四掛ける二十五・五センチ。

七十六掛ける六十四センチ。

六十二掛ける九十四センチ。

百三十四掛ける百八・八センチ。

四十六・九掛ける六十二・五センチ。

百三十四・四掛ける九十八・一センチ。

十四・三掛ける十・五センチ。

三十九・二掛ける七十七センチ。

いちばん小さいのが十四・三センチ、いちばん大きいのが百三十四・四センチ。

十倍近い開きがある。

そして、小さいほうの二点は、いずれも十五世紀の板絵である。

大きいほうの二点は、十七世紀と十八世紀の布の絵である。

第一回でも同じ傾向を見た。

古い板絵は小さく、新しい布の絵は大きい。

板は反るので、大きくすると割れる。

布は張力で保たれるので、大きくできる。

材料の性質が、大きさの上限を決めている。

そして、大きさは置かれた場所も示す。

十四センチの板は、手に持って見るものだろう。

あるいは、小さな祭壇に置く。

百三十四センチの布は、壁に掛ける。

同じ絵画でも、扱い方がまるで違う。

額の寸法を、引き算する

九点のうち七点に、額の寸法が書かれている。

作品と額の差を計算してみたい。

十四・三センチの板が、額を含めて二十四・四五センチ。

差は十センチ。

片側で五センチである。

作品の大きさに対して、額が大きい。

一方、百三十四センチの絵は、額を含めて百五十一・八センチ。

差は十七・八センチ。

片側で九センチ。

作品に対する比率でいえば、こちらのほうが小さい。

つまり、小さな絵ほど、額の比率が大きくなる。

理由は明快で、小さな絵は額で見せるからである。

第二十回で書いた掛軸の表装と、同じ理屈である。

小さな画面に、大きな表装を付ける。

洋の東西を問わず、同じ工夫がなされている。

一つの姓が、三つの役割を持つ

九点の出所の行を並べたい。

四点が、第一世代のコレクション。

二点が、第二世代のコレクション。

三点が、別の一人の基金。

つまり、同じ姓の三人が、三通りの形で館の記録に現れている。

そして、そのすべてに年が書かれていない。

コレクションの名と、基金の名だけである。

なぜ年を書かないのか。

推測はできる。

これらの名は、一度きりの受け入れを指していないからである。

第一世代のコレクションは、館の設立と同時に入った。

しかし、その後も同じ名で追加されている可能性がある。

第二世代のコレクションは、一九六四年と一九六五年に分かれている。

基金にいたっては、一九六三年、一九六六年、一九六七年と続く。

年を書けば、その一回だけを指すことになる。

書かなければ、まとまり全体を指せる。

つまり、これらの名は年から切り離された固有名として扱われている。

館を作った収集

最後に、この形の意味を考えたい。

第二十二回で読んだのは、館が消えて所蔵が移った例だった。

今回は、その逆である。

一つの収集が、館そのものを生んだ。

だから、その収集の名は、館の記録のいちばん深い層にある。

年を書く必要がない。

館の始まりと同じだからである。

そして、その後の世代が、同じ姓で追加していく。

コレクションとして。

基金として。

三代にわたって、一つの姓が出所の行に現れ続ける。

第十九回で読んだ例では、一つの名前が三十五年で三つの役割を通った。

こちらは、三人が三つの役割を分け持っている。

出所の行を集めて数えると、こういう構造が見えてくる。

次の回では、また別の大きな収集を読みたい。

館の壁を、イタリアの板絵で埋めた人の話である。

そこでも、行に年が書かれていない。

コレクションの名だけが置かれる。

そして、その名を持つ作品が、当サイトの公開分で二百点を超える。

いずれも、十四世紀から十七世紀のイタリア絵画である。

一つの名前が、一つの国の一つの時代を覆っている。

第一回で読んだ見取り図の話が、はるかに大きな規模で繰り返される。

そして、その二百点がどう集められたかも、番号の並びから読める。

年をまたいで、少しずつ入っている。

一度きりの受け入れではない。

そのことも、あわせて確かめたい。

出所の行に年がないことの理由が、そこにある。

一つの名前が、何十年も生き続けるという仕組みである。

第四回で読んだ基金と、そこは共通している。

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