美術史・技法

技法の欄が、作り方の名になる——シカゴ美術館の写真六点

年の欄の、細かさが違う

六点の年の欄を並べてみる。

一年で書かれるものが四点。

幅を持って書かれるものが一点。

そして一点だけ、月まで書かれている。

1867年4月。

なぜこの一点だけ細かいのか。

作者が、撮影の記録を残していたからだろう。

しかし、館はその根拠を書かない。

書かれるのは、結論としての年月だけである。

前の回の記事で、年の欄の幅を四段階で見た。

写真でも、事情は同じである。

分かるものは細かく、分からないものは幅を持って書く。

ハーバート・ダックワース夫人
ジュリア・マーガレット・キャメロン《ハーバート・ダックワース夫人》1867年4月。館の記録では、アルビューメン・プリント。縦34.2センチ、横26.3センチ。番号は2001.59。シカゴ美術館蔵。ジュリア・マーガレット・カメロン《ハーバート・ダックワース夫人》シカゴ美術館蔵

淡い象牙色の紙に、楕円の像が置かれる。

楕円の外は、ほとんど白い。

内側は、縁に向かって黒く沈む。

その中に、女性が横顔で写る。

顔は右を向き、視線は前へ落ちる。

髪は中央で分け、後ろへまとめられる。

首もとに、粒の連なった飾りが二重に回る。

胸には、丸い留め具が一つ光る。

衣は黒く、地に溶ける。

輪郭のうち、鼻筋と顎の線だけが明るい。

焦点は目もとに合い、髪の端はぼける。

銘記の欄が、裏面を記録する

六点のうち二点に、銘記の欄がある。

一方は、台紙の下に印字された文字。

作品の外側、台紙の上に置かれた文字である。

他方は、紙の裏に鉛筆で書かれた短い記号。

表には何も書かれていない、とわざわざ断る。

裏の文字は、見る人には見えない。

しかし、館の記録には残る。

作った人が、自分のために付けた印だろう。

整理のための番号かもしれない。

意味は分からないが、そこにあることは分かる。

館は、意味を解かずに、あるものだけを写す。

これは、記録として正しい態度である。

ジョージア・オキーフ、手と指ぬき
アルフレッド・スティーグリッツ《ジョージア・オキーフ、手と指ぬき》1919年。館の記録では、パラジウム・プリント。像は縦24.4センチ、横19.4センチ。紙は縦25.1センチ、横20.3センチ。番号は1949.745。シカゴ美術館蔵。アルフレッド・スティーグリッツ《ジョージア・オキーフ、手と指ぬき》シカゴ美術館蔵

画面の全体を、二つの手が占める。

背景は、たたんだ布のひだである。

ひだは斜めに走り、深い影を作る。

右の手は、指を軽く曲げて前に出る。

薬指に、細い輪がはまる。

左の手は、下から上へ伸びる。

親指と人差し指で、小さなものをつまむ。

つまんでいるのは、指ぬきらしい。

肌の階調は、白から灰へなめらかに続く。

爪の縁だけが、細く白く光る。

顔は写されていない。

番号の頭が、受入の年を示す

六点の番号を並べてみる。

1949、1963、1972、1981、1996、2001。

頭の四桁が、受け入れた年である。

いちばん早い受入が1949年。

いちばん遅い受入が2001年。

半世紀のあいだに、六点が集まった。

作られた年は1839年から1919年である。

つまり、作られてから館に入るまでに、長い時間がある。

いちばん古い一点は、1839年に作られ、1972年に入った。

百三十三年の隔たりがある。

写真が美術館の収蔵の対象になったのは、比較的近年のことだ。

それまでは、資料として扱われることが多かった。

番号の頭の四桁は、その事情を映している。

前の回の記事で、四百年後に番号が付いた絵を見た。

写真では、百年前後の遅れが標準に近い。

部門の名に、媒体の名が入る

六点は、写真とメディアの部門に属する。

絵画でも、工芸でもない。

作り方によって、部門が分かれている。

これは、ほかの部門と考え方が違う。

地域で分けた部門もあれば、時代で分けた部門もある。

写真だけが、媒体の名で立っている。

館の部門の分け方には、複数の原理が混ざっている。

その混ざり方は、館ができてからの歴史による。

新しい媒体が現れるたびに、置き場所が問われる。

写真は、その問いに部門を新しく立てることで答えた。

出所の行に、撮った人の名がある

いま見た一点の出所の行は、短い。

作者本人の名を冠した収集、とだけある。

撮った人の名が、そのまま収集の名になっている。

本人が生前にまとめ、館に渡ったものだ。

作者と寄贈者が同じ人である。

六点のうち、この形はこの一点だけである。

ほかの五点は、基金による購入か、別の人の寄贈だ。

写真は、比較的近い時代の品である。

だから、作った本人から直接館に入ることがある。

絵画では、まず起こらない。

出所の行の短さが、時代の近さを示している。

メンドシーノの集落から見たビッグ・リヴァー
カールトン・E・ワトキンス《メンドシーノの集落から見たビッグ・リヴァー》1863年。館の記録では、アルビューメン・プリント。縦40センチ、横52.5センチ。台紙は縦55センチ、横68.4センチ。番号は1981.649。シカゴ美術館蔵。カールトン・ワトキンス《メンドシーノの集落から見たビッグ・リヴァー》シカゴ美術館蔵

横長の画面が、暗い紫褐色に染まる。

手前は、高い位置から見下ろす斜面である。

斜面には、低い木が密に生える。

その左右に、背の高い針葉樹が立ち上がる。

幹は細く、まっすぐ上へ伸びる。

樹冠は暗く、空を切り取る。

中央の奥に、川が明るく光る。

川は右から左へ、ゆるく曲がる。

その両岸に、森が黒く続く。

空は白く飛び、雲の形が残らない。

画面の下辺近くに、細い横線が入る。

同じ技法の名が、二点に付く

六点の技法の欄のうち、二点だけが同じ名である。

アルビューメン・プリント。

卵白を使った紙に焼く方法だ。

一方は1863年の風景、他方は1867年の肖像。

四年しか離れていない。

十九世紀の後半、この方法が広く使われた。

同じ名の技法でも、二点の見え方はまるで違う。

一方は硬く、細部までよく写る。

他方はやわらかく、輪郭がにじむ。

差を作っているのは、技法ではない。

焦点の合わせ方と、露光の長さである。

技法の欄は、そこまでは書かない。