美術史・技法

番号は三つ、写真は一枚——多翼祭壇画の枝番

番号の末尾に、小文字のaがつく。三枚で一つの祭壇画を、館は板ごとに数える。ところが六点では、三つの番号が同じ一枚の写真を共有している。分けて数え、まとめて見せる。記録の単位と絵の単位のずれを読みたい。

大天使ガブリエルを伴う聖アンデレと聖ベネディクトゥス(左翼)
アーニョロ・ガッディ《大天使ガブリエルを伴う聖アンデレと聖ベネディクトゥス(左翼)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

番号の末尾に、小文字がつく

1937.1.4.a。

ナショナル・ギャラリー(ワシントン)の番号は、四桁の年から始まる。

そのあとに、受入の番号と、作品の番号が続く。

ところがこの番号には、もう一つ末尾がある。

小文字のaである。

同じ受入の同じ作品番号に、a、b、cが並ぶ。

つまり一つの作品が、三つに数えられている。

多翼祭壇画である。

もとは一つの枠に収まっていた絵が、板ごとに分かれている。

館は、その分かれた板の一枚ずつに枝番を与えた。

三枚で一点なのか、三点なのか。

記録は、その問いに二通りで答えている。

三点の絵と、九つの数字

図版に選んだ九点は、三組の三翼画である。

一組目はアーニョロ・ガッディ。1937.1.4のa、b、c。

二組目はプッチョ・ディ・シモーネとアッレグレット・ヌツィ。1937.1.6のa、b、c。

三組目はナルド・ディ・チョーネ。1939.1.261のa、b、c。

いずれも中央にb、左右にaとcが割り当てられている。

左から右へ、aは左、bは中央、cは右。

例外はない。三組とも同じ規則で並ぶ。

館の記録は、この規則をどこにも説明していない。

しかし三組を並べれば、規則は自明になる。

大天使ガブリエルを伴う聖アンデレと聖ベネディクトゥス(左翼)
アーニョロ・ガッディ《大天使ガブリエルを伴う聖アンデレと聖ベネディクトゥス(左翼)》1387年より少し前。ポプラ板にテンペラ。館の記録では、全体が縦197センチ、横80センチとされる。番号は1937.1.4.a。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アーニョロ・ガッディ《大天使ガブリエルを伴う聖アンデレと聖ベネディクトゥス(左翼)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦に長い板が、上端で山形に尖る。

その山形の中に、小さく天使が描かれる。

下の広い場所には、聖人が二人並んで立つ。

左は緑と桃色の衣をまとい、斜めの十字を抱える。

右は灰色の修道服を着て、開いた本を持つ。

本の頁には文字がびっしり並ぶ。修道の戒めの言葉である。

二人の足もとには、名を記した文字が横に走る。

金地は打ち出しの文様で埋められている。

左右の縁には、ねじれた柱の飾りが立つ。

この一枚だけを見ても、絵として完結して見える。

だが上の天使は、明らかに何かへ向かって語っている。

その相手は、この板にはいない。

十二の天使を伴う玉座の聖母子と、祝福するキリスト(中央)
アーニョロ・ガッディ《十二の天使を伴う玉座の聖母子と、祝福するキリスト(中央)》1387年より少し前。ポプラ板にテンペラ。館の記録では、全体が縦204センチ、横80センチとされる。番号は1937.1.4.b。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アーニョロ・ガッディ《十二の天使を伴う玉座の聖母子と、祝福するキリスト(中央)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ形の板だが、こちらは七センチ高い。

中央の板だけが高いのは、祭壇画の常である。

山形の中には、本を持つキリストが半身で描かれる。

その下に、聖母が玉座に座る。

濃い青の衣が膝を覆い、裏地の緑がのぞく。

膝の上の子は、母のほうへ体を向ける。

玉座の左右には、天使が段になって並ぶ。

数えると十二人。題の中に、その数が書かれている。

手前の二人は跪き、こちらへ顔を上げる。

下の縁には、天使の挨拶の言葉が横一列に置かれる。

この文字は、左翼の天使が語る言葉と対をなす。

三枚は、文字の上でもつながっている。

受胎告知の聖母を伴う聖ベルナルドゥスと聖カタリナ(右翼)
アーニョロ・ガッディ《受胎告知の聖母を伴う聖ベルナルドゥスと聖カタリナ(右翼)》1387年より少し前。ポプラ板にテンペラ。館の記録では、全体が縦194.6センチ、横80センチとされる。番号は1937.1.4.c。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アーニョロ・ガッディ《受胎告知の聖母を伴う聖ベルナルドゥスと聖カタリナ(右翼)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

左翼より二センチほど低い。

三枚の高さは、197、204、194.6センチである。

もとは一つの枠に並んでいたのに、寸法がそろわない。

板の下端や上端が、後の時代に切られたためだと考えられている。

山形の中には、受胎告知を受ける聖母が描かれる。

左翼の天使と向き合う配置である。

下には聖人が二人。左は白い修道服、右は桃色の衣をまとう。

右の聖人は棕櫚の枝を持ち、殉教を示す。

足もとには、やはり名を記した文字が走る。

三枚を並べると、天使と聖母が両端から向き合う。

中央の聖母子を挟んで、告知の場面が成立する。

一枚ずつでは意味が閉じない作りである。

大きい三翼画と、小さい三翼画

三組の寸法を並べると、規模が大きく違う。

ガッディの中央は、縦204センチ、横80センチ。

プッチョの中央は、縦108センチ、横57.8センチ。

ナルドの中央は、縦45.1センチ、横26センチ。

いちばん大きい中央と、いちばん小さい中央で、縦が四倍以上ひらく。

三枚を並べた横幅で比べると、差はさらに大きい。

ガッディは三枚合わせて横240センチになる。

ナルドは、翼を広げても横51センチほどにしかならない。

同じ形式が、壁の絵にも、手のひらに近い道具にもなっている。

大きいほうは、教会の祭壇に据え置かれる。

小さいほうは、閉じて運ぶことができる。

翼が中央より低く作られているのは、閉じるためである。

閉じたとき、二枚が中央の板をちょうど覆う。

寸法の比が、その用途を語っている。

三つの番号に、写真は一枚

ここからが、記録の側の話になる。

九点のうち六点には、同じ画像が使われている。

プッチョ・ディ・シモーネの三点は、いずれも同じ一枚の写真を持つ。

ナルド・ディ・チョーネの三点も、同じである。

写っているのは、三枚を組み立てた全体の姿だ。

左翼の記録を開いても、写るのは三枚そろった祭壇画である。

中央の記録を開いても、右翼の記録を開いても、同じ写真が出る。

番号は三つに分かれているのに、画像は一つしかない。

ガッディの三点だけが、板ごとに撮られている。

同じ館の、同じ形式の作品でありながら、扱いが分かれている。

聖アントニウス・アッバス(左翼)
プッチョ・ディ・シモーネとアッレグレット・ヌツィ《聖アントニウス・アッバス(左翼)》1354年。板にテンペラ。館の記録では、画面が縦89.3センチ、横33.6センチとされる。番号は1937.1.6.a。公開されている画像は三翼を組んだ全体で、三つの番号が同じ一枚を共有する。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。プッチョ・ディ・シモーネとアッレグレット・ヌツィ《聖アントニウス・アッバス(左翼)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

写真には、三枚が組まれた姿が写る。

左に立つのが、この番号の指す板である。

褐色の修道服を着た聖人が、正面を向く。

手には杖を持ち、足もとまで衣が落ちる。

後光には名が刻まれ、細い文字が円を描く。

背後の金地は、上部で濃い青の面に切り替わる。

尖った枠の内側だけが金で、外は青い。

左翼は中央より低く、上端の山形も小さい。

写真の中では、その差が一目で分かる。

一枚ずつ撮られていたら、この差は見えなかった。

四聖人と十八の天使を伴う玉座の聖母子(中央)
プッチョ・ディ・シモーネとアッレグレット・ヌツィ《四聖人と十八の天使を伴う玉座の聖母子(中央)》1354年。板にテンペラ。館の記録では、画面が縦108センチ、横57.8センチとされる。番号は1937.1.6.b。左右の板と同じ画像が使われている。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。プッチョ・ディ・シモーネとアッレグレット・ヌツィ《四聖人と十八の天使を伴う玉座の聖母子(中央)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

中央の板は、左右より二十センチ近く高い。

横幅も、左右のほぼ二倍ある。

聖母は玉座に座り、青い衣を膝に落とす。

膝の上の子は、母の胸のほうへ手を伸ばす。

玉座の背後には、天使が幾重にも重なる。

金の後光が並び、面として光る。

足もとの床は、赤と白の市松に見える。

台の縁には文字が刻まれ、1354年という年が読める。

注文した修道士の名も、そこに書かれている。

ただし文字の一部は失われ、角括弧で補われている。

館の記録は、読めない部分を消さずに括弧で示す。

読めた文字と、補った文字を区別するための書き方である。

聖ウェナンティウス(右翼)
プッチョ・ディ・シモーネとアッレグレット・ヌツィ《聖ウェナンティウス(右翼)》1354年。板にテンペラ。館の記録では、画面が縦89.2センチ、横33センチとされる。番号は1937.1.6.c。左翼・中央と同じ画像が使われている。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。プッチョ・ディ・シモーネとアッレグレット・ヌツィ《聖ウェナンティウス(右翼)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

右の板に立つのは、鎧の上に青い外套をまとった聖人である。

左翼の修道士とは、装いがまるで違う。

片手に旗のような棒を持ち、もう片手を胸に当てる。

後光には名と、殉教者という語が刻まれる。

衣の青は、中央の聖母の青と近い。

三枚を通して、青と金の配分が均されている。

寸法の欄を見ると、左翼と右翼はほぼ同じである。

縦89.3センチと89.2センチ。差は一ミリしかない。

横は33.6センチと33センチ。こちらは六ミリ違う。

対になる板を、同じ寸法で切り出したことが分かる。

銘記の欄に、注文した人が出てくる

九点のうち、銘記の欄が埋まっているのは七点である。

書かれているのは、多くが聖書の言葉と聖人の名だ。

後光に沿って名が回り、下の縁に祈りの言葉が置かれる。

ところがプッチョの中央には、別の種類の文が入っている。

台の縁に、年と、注文した人の名が刻まれている。

1354年、この板は修道士ジョヴァンニによって作らせられた、と読める。

ただし名の後半は失われている。

館の記録は、そこを角括弧と点で示す。

読めた部分と、推測した部分と、失われた部分。

三つを書き分ける記法である。

この一行があるおかげで、年の欄は幅を持たずに済む。

プッチョの三点は、いずれも「1354年」と一つの年で書かれている。

ガッディの三点は「1387年より少し前」である。

ナルドの三点は「1360年ごろ」である。

絵の中に年が書かれているかどうかが、記録の書き方を分けている。

枝番は、何を守っているのか

三枚で一つの絵なら、番号も一つでよさそうに思える。

それでも館は、板ごとに枝番を与えている。

理由は、板が別々に動きうるからである。

祭壇画は、しばしば解体されて売られた。

一枚だけが別の持ち主に渡ることもある。

一枚だけが修復に出されることもある。

一枚だけが貸し出されることもある。

そのたびに、どの板を指しているかを言えなければ困る。

枝番は、そのための道具である。

同時に、三枚が一組であることも示さねばならない。

だから枝番の前までは、同じ番号を共有する。

1937.1.4という部分が、三枚を束ねている。

分けることと、束ねることを、一つの番号でやっている。

聖ペテロ(左翼)
ナルド・ディ・チョーネ《聖ペテロ(左翼)》1360年ごろ。板にテンペラ。館の記録では、画面が縦45.1センチ、横12.5センチとされる。番号は1939.1.261.a。三翼を組んだ全体の画像が、三つの番号で共有されている。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ナルド・ディ・チョーネ《聖ペテロ(左翼)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

この三翼画は、前の二組よりずっと小さい。

中央の画面でも、縦45.1センチしかない。

ガッディの中央は縦204センチだった。四倍以上ひらく。

大きさが違えば、用途も違う。

これは持ち運べる大きさである。

左右の翼には蝶番がつき、閉じられるように作られている。

写真では、左右の翼が斜めに開いた状態で写る。

左の板に立つのは、鍵を持つ聖ペテロである。

黄土色の外套が、肩から斜めに掛かる。

板は縦に細長く、横は12.5センチしかない。

人物一人が、ようやく収まる幅である。

悲しみの人を伴う聖母子(中央)
ナルド・ディ・チョーネ《悲しみの人を伴う聖母子(中央)》1360年ごろ。板にテンペラ。館の記録では、画面が縦45.1センチ、横26センチとされる。番号は1939.1.261.b。左右の翼と同じ画像が使われている。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ナルド・ディ・チョーネ《悲しみの人を伴う聖母子(中央)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

中央の板は、横26センチ。左右の二倍ほどである。

聖母は青い衣をまとい、子を抱く。

子の衣は金と朱で、細かい文様が入る。

上の山形の中に、もう一つ小さな場面がある。

墓から半身を起こしたキリストである。

聖母子の上に、その姿が置かれる。

生と死が、上下に重ねられている。

台の縁には、天使の挨拶の言葉が刻まれる。

寸法の欄には、画面と全体の二つが書かれる。

中央の全体は縦75.6センチ。画面より三十センチ高い。

差は、上の山形と下の台の部分である。

左右の板では、その差は四センチしかない。

閉じたとき、中央だけが高く突き出る形になる。

福音書記者聖ヨハネ(右翼)
ナルド・ディ・チョーネ《福音書記者聖ヨハネ(右翼)》1360年ごろ。板にテンペラ。館の記録では、画面が縦45.4センチ、横12.4センチとされる。番号は1939.1.261.c。左翼・中央と同じ画像が使われている。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ナルド・ディ・チョーネ《福音書記者聖ヨハネ(右翼)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

右の翼には、桃色の衣をまとった人物が立つ。

手に本を持ち、体をやや左へ向ける。

中央の聖母子のほうを向いた姿勢である。

左翼のペテロも、同じように内側を向く。

三枚が組まれると、両端の視線が中央へ集まる。

板の寸法は、左翼と三ミリしか違わない。

縦45.1センチと45.4センチ。横12.5センチと12.4センチ。

対の板であることが、数字からも読み取れる。

残りの板は、どこにあるか

三翼画は、もとの姿のまま残ることが少ない。

ガッディの三枚も、上下が切られていると考えられている。

高さが197、204、194.6センチとそろわないのは、そのためだ。

もし切られていなければ、左右は同じ高さだったはずである。

台座の部分や、上に載っていた飾りも失われている。

いま見えているのは、もとの祭壇画の一部である。

館の番号は、その一部に対して与えられている。

失われた板がどこにあるかは、この記録には書かれない。

書かれるのは、いま手もとにあるものだけである。

記録は、所有の範囲でしか書けない。

だから同じ祭壇画の別の板が、別の館で別の番号を持つことがある。

三つの枝番は、その館が持つ範囲を示しているにすぎない。

祭壇画の全体像は、複数の館の記録をつなげないと見えない。

記録の単位と、絵の単位

三組を通して見ると、二つの単位がずれている。

絵の単位は、三枚で一つである。

記録の単位は、板ごとに一つである。

このずれは、どちらかが間違っているわけではない。

絵として見るときと、物として管理するときで、都合が違うだけだ。

そして画像は、絵の単位に寄っている。

六点で二枚の写真しかないのは、そのためだと考えられる。

組んだ姿を一枚撮れば、絵としては足りる。

しかし板ごとの番号で引くと、同じ写真が三度出てくる。

管理の単位で引いて、鑑賞の単位で見せられる。

ガッディの三点は、その逆をやっている。

板ごとに撮り、板ごとに見せる。

代わりに、三枚が並んだ姿は見られない。

どちらの作りにも、失われるものがある。

番号の順と、絵の並びの順

もう一つ、細かいが面白い点がある。

三組とも、aが左、bが中央、cが右である。

これは絵の並びの順に一致する。

しかし番号は、左から右へ読むと決まっているわけではない。

中央を一番大事なものとしてaにする作りも、ありえたはずだ。

実際、絵としての主役は中央の聖母子である。

それでも枝番は、位置の順に振られている。

つまり番号は、絵の重要さではなく、物の並びを写している。

壁に掛かった順、あるいは箱に収めた順である。

管理する側から見て、迷わない順序が選ばれている。

この選び方は、番号の性格をよく表している。

番号は、価値を測らない。位置を数える。

同じ写真を、三度出すということ

画像が三つの番号で共有されていることには、実務上の理由がある。

三枚を組んだ状態で撮れば、一回の撮影で済む。

板を外して一枚ずつ撮るには、扱いの手間も危険もある。

古い板は反りやすく、動かすたびに負担がかかる。

組んだまま撮るのは、保存の観点からも理にかなう。

ただし、それを三つの記録に等しく貼ると、副作用が出る。

左翼の記録を見にきた人は、左翼を大きく見られない。

三枚のうちの一枚として、小さく写ったものを見ることになる。

寸法の欄には、その板だけの数字が書いてある。

しかし画像には、三枚ぶんが写っている。

数字と画像が、別の範囲を指している。

読む側は、そのずれを頭の中で補正しなければならない。

こういうずれは、記録の欠陥として責めるようなものではない。

一つの写真で三つの目的を果たそうとした結果である。

ただ、ずれがあることを知っておくと、読み違えずに済む。

分けて数え、まとめて見せる

三組九点を通して見えたのは、単位の使い分けである。

分けて数えるのは、動かすときのためだ。

まとめて見せるのは、意味を伝えるためだ。

館の記録は、その両方を一つの表に入れている。

枝番の前で束ね、枝番の後で分ける。

画像は束ねたほうに寄り、寸法は分けたほうに寄る。

一つの行の中で、二つの見方が同居している。

読むときは、どちらの見方で書かれた欄かを意識するとよい。

番号の点と、小文字のaと、それだけの手がかりで、絵の来た形が見えてくる。

三枚で一つと決めたのは、六百年前の工房である。

三つに数えると決めたのは、二十世紀の館である。

その二つの決定が、一つの番号の中で折り合っている。

枝番は、その折り合いの跡だと言ってよい。

小文字ひとつに、それだけの事情が畳まれている。

一ミリの差が、教えること

九点の寸法を並べると、対の板がすぐ分かる。

ガッディの左翼と右翼は、横がどちらも80センチ。

プッチョの左翼と右翼は、縦の差が一ミリ。

ナルドの左翼と右翼は、縦の差が三ミリ。

対になる板は、同じ大きさに切られている。

そして中央だけが、高く広く作られる。

この作りは、六百年以上前の工房の手順を示している。

まず板を選び、寸法を決めて切る。

枠を組み、金を貼り、それから絵を描く。

寸法の数字は、その最初の工程の記録である。

館が測ったのは現在の板だが、そこには最初の判断が残る。

枝番は、その板を一枚ずつ指すために付けられた。

指せるようにしておけば、あとから何度でも測り直せる。

番号は、絵のためではなく、次に読む人のためにある。

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