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技法の欄に、枚数が書かれる——勝川春章の続き物の版画

二枚続き。三枚続き。五枚続き。錦絵の技法の欄には、枚数を示す語が入る。五枚のうち一枚だけが四年後に館へ入った件もある。一枚では意味が通らない絵を、どう数えるかを読みたい。番号の枝が、枚数と一致している。

五枚続きの役者絵
勝川春章《五枚続きの役者絵》メトロポリタン美術館蔵

技法の欄に、枚数を示す語が入る

版画を九点、記録の欄で並べてみる。

技法の欄に、こういう語が入る件がある。

二枚続きの錦絵。

三枚続きの錦絵。

四枚続きの錦絵。

五枚続きの錦絵。

つまり、何枚で一つの図をなすかが書かれている。

九点のうち六点が、この形である。

残る三点は、一枚だけの版画だ。

続き物は、なぜ生まれるか

木版の版画には、紙の大きさに上限がある。

版木も、大きくすれば反り、割れる。

だから、横に広い図を作るには、紙を並べるしかない。

二枚、三枚、五枚と並べて、一つの場面にする。

前の回の記事で、巻物の縦の長さが紙の幅で決まる話を書いた。

版画でも、材料の制約が形式を作っている。

そして、並べた紙は一枚ずつ売ることもできる。

一枚だけ買う人もいれば、揃いで買う人もいた。

だから、ばらばらになりやすい。

館の記録は、揃っているかどうかを枝番で示す。

五枚続きの役者絵
勝川春章《五枚続きの役者絵》1780年二月。館の記録では、五枚続きの錦絵、紙に墨と彩色。全体で縦31.3センチ、横69.9センチ。番号は記号に続けて396のaからe。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《五枚続きの役者絵》メトロポリタン美術館蔵

五枚の紙が、横に並べて写される。

紙と紙のあいだに、細い隙間がある。

いずれも縦長で、幅が狭い。

一枚ずつに、人物が一人立つ。

五人とも、こちらを向く。

衣は黒、褐色、赤紫と異なる。

いずれも腰に刀を差す。

背景は、上が淡い赤、下が黄土色である。

五枚とも、同じ地の色で揃う。

つまり、並べて一つの場面になる。

各紙の下部に、小さな朱の印がある。

五枚のうち一枚が、四年後に入る

いま見た一点の出所の行は、二つに分かれている。

四枚は、ある遺贈による購入で1918年。

残る一枚は、別の基金による購入で1922年。

四年の差がある。

つまり、揃いで入ったのではない。

四枚を先に買い、あとから一枚を買い足した。

館の記録は、その事情を括弧で示す。

括弧の中に、どの枝番がどちらかを書く。

前の回の記事で、括弧の中に前の館が入る例を見た。

こちらは、括弧の中に枝番が入る。

一つの行の中で、二つの経路を書き分けている。

九点とも、同じ作者である

九点の作者の欄は、いずれも同じ名である。

十八世紀後半に活動した、役者絵の描き手だ。

同じ人の作品を九点並べたことになる。

そして、九点とも役者を描いている。

つまり、主題も揃っている。

同じ主題を、二十年近く描き続けた。

前の回の記事で、同じ主題の反復について何度も書いてきた。

役者絵は、芝居のたびに新しく作られる。

演目が変われば、絵も変わる。

だから、需要が絶えない。

反復が続くのは、求める人がいるからである。

年の欄に、月まで入る二点

九点の年の欄を並べてみる。

年だけのものが四点。

ごろ、が付くものが三点。

そして、月まで書かれているものが二点ある。

二月、五月。

なぜ、月まで分かるのか。

役者絵は、芝居の興行に合わせて出される。

興行の月が分かれば、絵の月も分かる。

そして、絵の中に演目や役者の名が刷り込まれている。

館は、その手がかりから月を出したのだろう。

根拠は書かれない。

前の回の記事で、年の精度が品の性格で決まる話を書いた。

役者絵は、その典型である。

番号の枝が、枚数と一致する

九点の番号の枝を並べてみる。

aとbが四点。

aからcが一点。

aからdが一点。

aからeが一点。

そして、枝のない一枚物が二点。

つまり、枝の数が枚数である。

分けられるものは、分けて数える。

前の回の記事で、甲冑や三所物の枝番について何度も書いてきた。

版画でも、同じ原則が働いている。

そして、枝があるということは、ばらせるということだ。

ばらせるものは、いつか、ばらされる。

四枚続きの役者絵
勝川春章《四枚続きの役者絵》1780年。館の記録では、四枚続きの錦絵、紙に墨と彩色。全体で縦33センチ、横57.8センチ。番号は記号に続けて398のaからd。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《四枚続きの役者絵》メトロポリタン美術館蔵

四枚の紙が、横に並ぶ。

上部に、薄い幕が横に渡る。

幕には、細い縦の筋が入る。

各紙に、人物が一人ずつ立つ。

いずれも緑がかった衣を着る。

その下に、赤い帯が見える。

腰に刀を差し、こちらを向く。

背景の下部は、黄土色の地である。

四人の姿勢は、少しずつ違う。

一人は前を向き、一人は横を向く。

各紙の右下に、朱の印がある。

上部の隅に、小さな文字の枠がある。

寸法が、全体で書かれる件と、一枚ずつの件

九点の寸法の欄には、二つの書き方がある。

全体の大きさだけを書く件。

そして、一枚ずつの大きさを書く件。

前者では、並べたときの総幅が分かる。

後者では、一枚の紙の大きさが分かる。

どちらか一方では、他方が分からない。

九点のうち、一枚ずつ書かれているのは一点だけである。

その一点では、二枚の高さが違う。

30センチと30.3センチ。

三ミリの差である。

紙を裁つときの差だろう。

揃えたつもりでも、手仕事では揃いきらない。

二枚続きの役者絵
勝川春章《二枚続きの役者絵》1778年ごろ。館の記録では、二枚続きの錦絵、紙に墨と彩色。一枚は縦30センチ、横14.3センチ。他の一枚は縦30.3センチ、横14.3センチ。番号は記号に続けて400のaとb。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《二枚続きの役者絵》メトロポリタン美術館蔵

二枚の紙が、横に並ぶ。

紙の継ぎ目が、中央に細く走る。

背景に、大きな舟の胴が横たわる。

舟の縁は赤褐色で、板の線が並ぶ。

その手前に、男が二人立つ。

左の一人は、上半身をはだける。

手に、木槌のようなものを持つ。

足もとに、桶が一つ置かれる。

右の一人は、橙色の衣を着る。

腰に手を当て、こちらを見る。

地面は緑で、平らに塗られる。

二枚にまたがって、一つの場面ができている。

一枚だけで、意味が通らない

いま見た一点では、舟が二枚にまたがる。

片方だけを見れば、舟が途中で切れる。

つまり、一枚では図が完結しない。

続き物には、そういう作りが多い。

一方、五枚続きの一点では、各紙に一人ずつ立つ。

こちらは、一枚だけでも見られる。

同じ続き物でも、分けたときの成り立ちが違う。

館の記録は、その差を書かない。

技法の欄に、枚数を書くだけである。

写真を見て、判断するしかない。

前の回の記事で、記録と画像の役割分担について何度も書いてきた。

二枚続きの役者絵
勝川春章《二枚続きの役者絵》1773年ごろ。館の記録では、二枚続きの錦絵、紙に墨と彩色。全体で縦31.3センチ、横27.9センチ。番号は記号に続けて401のaとb。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《二枚続きの役者絵》メトロポリタン美術館蔵

二枚の紙が、少し離して並べられる。

左の紙に、男が一人立つ。

顔に赤い隈取りがある。

口を大きく開き、右手を前へ突き出す。

白い衣に、赤と灰の模様が重なる。

右の紙にも、男が一人立つ。

こちらは体をひねり、左手を後ろへ回す。

背に、赤い縞の布を巻く。

その上に、紅葉した枝が垂れる。

葉は赤く、細かく描かれる。

地面は黄土色で、平らである。

判型の名が、寸法の欄に入る

九点のうち二点は、寸法の欄が変わっている。

数字の前に、判型の名が置かれる。

細判の二枚続き。

縦の細判。

細判とは、縦長で幅の狭い紙の規格である。

役者を一人ずつ描くのに、よく使われた。

前の回の記事で、合金の名や窯の名が欄に入る例を見た。

規格の名も、同じように扱われている。

名があるということは、共有されていたということだ。

そして、共有されていたから、続き物が作れる。

同じ幅の紙でなければ、並べても揃わない。

細判二枚続きの役者絵
勝川春章《細判二枚続きの役者絵》1791年ごろ。館の記録では、錦絵、紙に墨と彩色。細判の二枚続きで、縦31.1センチ、横28.6センチ。番号は記号に続けて393のaとb。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《細判二枚続きの役者絵》メトロポリタン美術館蔵

二枚の紙が、隙間なく並ぶ。

継ぎ目が、中央に一本走る。

背景に、横長の帯が上部を横切る。

帯には、大きな円い文様が並ぶ。

左に、男が一人立つ。

上半身をはだけ、袖を後ろへ流す。

両手で、長い柄の武器を斜めに構える。

右にも、男が一人立つ。

淡い衣をまとい、手に籠を提げる。

背後の板壁に、赤い円が並ぶ。

地面は金褐色で、平らに塗られる。

三枚続きの、中央の一枚

九点のうち一点は、技法の欄がこうなっている。

三枚続きの錦絵のうち、中央の一枚。

つまり、両側の二枚がここにはない。

失われたのか、別の場所にあるのか。

記録は書かない。

書かれるのは、中央の一枚だという事実だけだ。

前の回の記事で、六曲一双のうち一隻という書き方を見た。

同じ考え方である。

一枚とだけ書けば、はじめから一枚だったように読める。

三枚続きのうち、と書くことで、欠けが伝わる。

そして、この一点だけ題が付いている。

役者の名と、演じた役の名である。

初代中村仲蔵の髭の伊久
勝川春章《初代中村仲蔵の髭の伊久》1782年五月。館の記録では、三枚続きの錦絵のうち中央の一枚、紙に墨と彩色。縦の細判で、像は縦32.4センチ、横14.9センチ。番号は記号に続けて114。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《初代中村仲蔵の髭の伊久》メトロポリタン美術館蔵

縦長の細い紙である。

男が一人、こちらを向いて立つ。

顔は険しく、眉が太い。

顎に、黒い髭が広がる。

緑の羽織を肩から掛ける。

その下に、金褐色の衣が見える。

衣には、丸い文様が散る。

右手に、細い棒を握る。

背後に、板を縦に並べた壁がある。

足もとは黄土色の地である。

左下に、朱の印と署名がある。

題の欄が、空である

九点のうち八点は、題の欄が空である。

作品名が書かれていない。

役者絵は、番付や芝居の場面を描く。

誰が何を演じたかは、絵を見れば分かる人には分かる。

しかし、記録に書くには調べが要る。

調べていなければ、書けない。

だから、題の欄が空になる。

題が付いている一点は、調べが進んだのだろう。

役者の名と役名が、はっきり書かれている。

館の記録は、調査の進み具合をそのまま映す。

前の回の記事で、欄の詳しさが調査の有無を映す話を何度も書いた。

三枚続きの役者絵
勝川春章《三枚続きの役者絵》1775年。館の記録では、三枚続きの錦絵、紙に墨と彩色。番号は記号に続けて389のaからc。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《三枚続きの役者絵》メトロポリタン美術館蔵

三枚の紙が、横に並ぶ。

継ぎ目が二本、縦に走る。

背景に、赤茶の格子が斜めに組まれる。

その手前に、人物が三人いる。

左の一人は、髪を長く垂らして座る。

顔を伏せ、袖で口もとを覆う。

中央の一人は、黒い羽織を着る。

顔に皺が深く、口を開く。

右の一人は、白い衣で身をかがめる。

上部に、桜の枝が右から伸びる。

花は淡い黄で、細かく描かれる。

地面は緑がかった褐色である。

寸法の欄の、横の数字が合わない

いま見た一点の寸法の欄には、こうある。

全体で縦32.1センチ、横14センチ。

しかし、これは三枚続きである。

一枚の幅が14センチほどだから、三枚なら42センチになるはずだ。

写真を見ても、横のほうが明らかに長い。

つまり、横の数字は一枚分だろう。

全体と書きながら、一枚分の数字が入っている。

前の回の記事で、寸法の欄の傷を何度も見てきた。

続き物では、この種の混同が起きやすい。

全体か、一枚かを書き分けなければならないからだ。

九点を並べ、写真と突き合わせて、はじめて浮いて見える。

一枚物の三点

九点のうち三点は、枝番のない一枚物である。

いずれも、技法の欄に続きの語がない。

そして、寸法もそれぞれ違う。

縦36.4センチ、横24センチ。

縦30.2センチ、横14.3センチ。

前者は幅が広く、後者は狭い。

つまり、判型が違う。

幅の広いものは、一枚で場面を作れる。

狭いものは、人物一人を立たせるのに向く。

判型の選択が、構図を決めている。

館の記録は、その関係を書かない。

数字を並べるだけである。

役者絵
勝川春章《役者絵》おそらく1785年。館の記録では、錦絵、紙に墨と彩色。縦36.4センチ、横24センチ。番号は記号に続けて111。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《役者絵》メトロポリタン美術館蔵

縦長の紙である。

九点のうち、いちばん幅が広い。

画面の上部に、建物の軒と柱がある。

軒から、赤い房の付いた紐が下がる。

中央に、女性が立つ。

髪に、大きな櫛と簪を挿す。

白い衣に、格子の模様がある。

その手前に、男が一人座る。

膝を立て、両手を前で組む。

衣は淡い赤で、格子の模様が入る。

背後に、鎧の一部らしい形が見える。

左に、署名と朱の印がある。

役者絵
勝川春章《役者絵》1779年ごろ。館の記録では、錦絵、紙に墨と彩色。縦30.2センチ、横14.3センチ。番号は記号に続けて112。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《役者絵》メトロポリタン美術館蔵

縦長の細い紙である。

前の一点より、幅が十センチ狭い。

女性が一人、こちらを向いて立つ。

髪を高く結い、櫛を挿す。

顔はやや右を向き、袖で口もとを隠す。

外衣は淡い黄で、花の模様が散る。

その下に、黒い衣が見える。

黒い衣には、白い模様が入る。

裾が長く、床に流れる。

背景は、紙の地のままである。

上部に、署名と朱の印がある。

出所の行が、二つに分かれる

九点の出所の行を並べると、三つになる。

ある遺贈による購入が六点。

基金による購入が三点。

そして、五枚続きの一点だけが、二つの行を持つ。

年でいえば、1914年、1918年、1922年。

八年のあいだに、九点が集まった。

版画は、まとめて買いやすい。

前の回の記事で、版画が開館初期に集まる話を書いた。

ここでも、同じ時期に集中している。

そして、続き物を揃えるには、探す手間がかかる。

一枚を四年かけて買い足した例が、それを示している。

紙の継ぎ目が、写真に写る

九点のうち、続き物の写真を見比べてみる。

紙と紙のあいだが、はっきり見える件がある。

隙間をあけて並べた件もある。

そして、ほとんど隙間なく並べた件もある。

つまり、撮影のときの置き方が違う。

館の記録には、置き方を書く欄がない。

しかし、置き方は見え方を変える。

隙間をあければ、二枚であることが伝わる。

詰めれば、一つの図として見える。

どちらが正しいということはない。

ただ、いま見ているのは一通りの置き方である。

そのことは、意識しておいたほうがよい。

続き物を、どう数えるか

九点を並べ終えて、数え方に戻ってみたい。

五枚続きは、五枚である。

しかし、番号は一つだ。

つまり、一件として数えられる。

前の回の記事で、画帖や甲冑の数え方を見てきた。

いずれも、一つのまとまりを一件としていた。

版画でも、同じ原則が働く。

ただし、版画には特有の事情がある。

一枚ずつ売られたものが、後で揃えられることがある。

その場合、まとまりは館が作ったものだ。

もとから一組だったわけではない。

館の記録は、その区別を書かない。

書かないから、揃った経緯は出所の行から読むしかない。

一枚の値段と、揃いの値段

続き物は、一枚ずつ売られることが多かった。

買う側は、好きな一枚だけを買える。

役者が好きなら、その役者の一枚を選ぶ。

だから、ばらばらに散る。

そして、後で揃えようとすると、探すことになる。

館の記録は、揃っているかどうかを枝番で示すだけだ。

いくらで買ったかも、どこで見つけたかも書かない。

来歴の欄があれば、そこに書かれることもある。

九点では、いずれも書かれていない。

出所の行に、基金の名と年があるだけである。

前の回の記事で、短い行の背後にある収集について何度も書いた。

続き物を揃えるのは、根気の要る仕事である。

隅の枠に、文字がある

九点の写真をよく見ると、隅に小さな枠がある件がある。

枠の中に、文字が縦に並ぶ。

役者の名か、演目の名だろう。

そして、下部には朱の印がある。

印は、描いた人の署名である。

館の記録には、銘記の欄が使われていない。

つまり、その文字も印も、記録には写されていない。

写真を見て、あることが分かるだけだ。

前の回の記事で、銘記の欄が空である例を何度も見てきた。

書かれていないことは、調べられていないことではない。

書く欄が使われていない、というだけである。

何人が、一枚に関わったか

九点の作者の欄には、いずれも一人の名しかない。

絵を描いた人である。

しかし、木版の錦絵は一人では作れない。

版木に図を彫る人がいる。

色ごとに版木を分ける人がいる。

紙に摺る人がいる。

そして、企画し、売る版元がいる。

前の回の記事で、摺った人と出版した人が作者の欄に入る例を見た。

ヨーロッパの版画では、そこまで書かれていた。

九点では、いずれも入っていない。

同じ館の中でも、記録の書き方が揃わない。

一枚の紙に、四つ以上の職能が関わる。

記録に残るのは、そのうち一人だけである。

最後に、九点の高さを並べておく。

30.2センチ、30.8センチ、31.1センチ、31.3センチが二点。

32.1センチ、32.4センチ、33センチ、36.4センチ。

一点を除いて、三十センチ台の前半に収まる。

紙の規格が決まっていたからだ。

高さが揃っているから、横に並べても段差が出ない。

続き物が成り立つのは、規格があるからである。

前の回の記事で、規格が揃う道具について何度も書いてきた。

版画でも、同じことが起きている。

揃っているから、組み合わせられる。

そして、組み合わせたものは、いつでもばらせる。

九点を閉じて、技法の欄の一語に戻る。

二枚続き、三枚続き、四枚続き、五枚続き。

数を含む一語が、その作品の作りを決めている。

一枚とだけ書かれていれば、それで完結している。

続きと書かれていれば、ほかにも紙がある。

あるいは、あったはずだと分かる。

技法の欄の短い語が、失われたものまで指している。

記録は、あるものだけを書くのではない。

あるべきものが何かも、書いている。

そして、その差を読むのが、記録を読むということだ。

差を読むには、まず欄の語を正確に読むしかない。

数を含む一語を、読み飛ばさないことである。

読み飛ばせば、五枚が一枚になってしまう。

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