名画の楽しみ方

贈るための銀器に、十行の献辞——フレッチャーの壺ほか九点

水差しに、彫る

九点のうち五点は、水差しである。

胴が丸く、注ぎ口と取っ手が付く。

胴の面は、広く平らである。

だから、文字を彫るのに向く。

そして、実用の器でもある。

つまり、贈り物でありながら、使える。

前の回で、飾りと実用が同居する話をした。

銀の水差しは、その典型である。

水差し
ペルトロー・ベネット・アンド・クック《水差し》1826年。館の記録では、銀。全体は高さ29.2センチ、幅23.2センチ、奥行き17.6センチ。重さは1542.6グラム。台の直径は13.3センチ。番号は1996.559。メトロポリタン美術館蔵。ペルトロー・ベネット・アンド・クック《水差し》メトロポリタン美術館蔵

銀の水差しである。

胴は、丸く大きく膨らむ。

その面に、細かい文字が彫られる。

文字は、十行ほど横に並ぶ。

胴の下半分に、葉の模様が打ち出される。

葉は、上へ向かって開く。

肩の部分に、細い帯が回る。

帯に、細かい模様が並ぶ。

右に、取っ手が高く立ち上がる。

注ぎ口は、細く前へ突き出す。

台の縁に、葉の飾りが回る。

文の長さが、示すもの

献辞が長いほど、事情が細かく書かれる。

いつ、どこで、何があったか。

そして、誰が誰を讃えるか。

短ければ、名と日付だけである。

つまり、文の長さが出来事の重さを示す。

前の回で、面積が文字の量を決める話をした。

こちらでは、出来事の大きさも関わっている。

大きな出来事には、大きな器と長い文が用意される。

十行の文が、入る

いま見た一点の胴には、十行ほどの文がある。

つまり、かなり長い献辞である。

誰から、誰に、何のために。

そして、日付。

それだけの内容を、丸い面に彫る。

丸い面は、平らではない。

だから、彫るのが難しい。

道具を当てる角度が、絶えず変わる。

下書きを、どうするか

彫る前に、下書きを描く。

蝋を塗り、その上に線を引く。

あるいは、細い針で薄く跡を付ける。

そうしておいて、道具で彫る。

つまり、一度で決めるわけではない。

前の回で、下絵と本番の話をした。

銀器の彫りにも、同じ段取りがある。

そして、彫り始めれば消せない。

だから、下書きが要る。

曲面に、まっすぐ彫る

丸い胴に横一列の文字を彫る。

これは、見た目より難しい。

器を回しながら、彫っていく。

しかし、目は正面からしか見えない。

つまり、常に一部しか見えていない。

行が曲がれば、すぐ分かる。

九点の文字は、いずれもまっすぐ揃っている。

慣れた手の仕事である。

水差し
ジェシー・チャーチル《水差し》1805年ごろ。館の記録では、銀。全体は高さ25.9センチ、幅21.1センチ、奥行き13.7センチ。重さは994.8グラム。台の直径は10.2センチ。番号は1971.180.73。メトロポリタン美術館蔵。ジェシー・チャーチル《水差し》メトロポリタン美術館蔵

銀の水差しである。

胴は、下がすぼまり、上へ広がる。

肩の部分に、細い帯が回る。

帯に、玉を並べた模様がある。

胴の面に、文字が彫られる。

文字は、数行にわたる。

蓋が付き、上に小さな飾りが立つ。

飾りは、円錐形である。

左に、取っ手が付く。

取っ手は、上で角を作る。

注ぎ口は、前へ細く伸びる。

寸法の欄が、三つに分かれる

九点の寸法の欄は、細かい。

全体の高さ、幅、奥行き。

そして、口の直径。

さらに、台の直径。

一点では、蓋の寸法まで別に書かれる。

つまり、部分ごとに測っている。

前の回で、部分の寸法を書き分ける話をした。

立体の器では、それが必要になる。

一つの数字では、形が伝わらない。

蓋の付く器と、付かない器

九点のうち三点には、蓋が付く。

蓋があれば、中身が冷めにくい。

そして、埃も入らない。

つまり、実用のためである。

蓋には、たいてい飾りの摘みが付く。

鳥、松かさ、玉。

そういう形が選ばれる。

館の寸法の欄は、蓋を含めた高さを書く。

一点だけ、蓋の寸法が別に書かれている。

水差し
アイザック・ハットン《水差し》1790年から1817年。館の記録では、銀。全体は高さ30.8センチ、幅21.6センチ。重さは1157.5グラム。台は縦12.4センチ、横12.4センチ。番号は1973.310。メトロポリタン美術館蔵。アイザック・ハットン《水差し》メトロポリタン美術館蔵

背の高い銀の水差しである。

胴は、下がふくらみ、上へ細くなる。

面は、まったく平らである。

模様は、いっさいない。

注ぎ口は、上へ高く跳ね上がる。

右に、細い取っ手が付く。

取っ手は、大きく弧を描く。

上の付け根が、口の縁につながる。

底に、四角い台が付く。

台の角は、直角である。

銀の面が、鏡のように光る。

磨くという、仕上げ

銀の面は、磨いて仕上げる。

粉と布で、繰り返しこする。

すると、鏡のようになる。

そこに、細い線を彫る。

線は、光を乱すので暗く見える。

つまり、明るい面に暗い線が走る。

読みやすさは、この対比から生まれる。

模様があれば、対比が弱まる。

だから、平らな面が選ばれる。

装飾のない、面

いま見た一点には、模様がない。

つまり、面がすべて平らである。

こういう器は、文字を彫るのに最も適する。

そして、当時の好みでもあった。

簡素な形と、磨いた面。

そこに、細い線の文字だけが入る。

前の回で、平らな面と文字の話をした。

同じ考え方が、大きな器にも及んでいる。

水差し
ロバート・アンド・ウィリアム・ウィルソン《水差し》1845年ごろ。館の記録では、銀。高さ33.7センチ、幅17.3センチ、奥行き15.6センチ。重さは1013.3グラム。番号は1970.200.2。メトロポリタン美術館蔵。ロバート・アンド・ウィリアム・ウィルソン《水差し》メトロポリタン美術館蔵

背の高い銀の水差しである。

胴は、丸く膨らむ。

胴の全面に、蔦の葉が打ち出される。

葉は、絡み合って上へ伸びる。

肩のあたりに、小さな枠がある。

枠の中に、文字があるように見える。

注ぎ口は、上へ大きく開く。

右に、取っ手が付く。

取っ手の上に、葉の飾りが絡む。

台の縁に、細かい模様が回る。

銀の面が、複雑に光る。

模様の中に、文字を置く

いま見た一点は、全面に模様がある。

だから、文字を置く場所がない。

そこで、小さな枠を作る。

枠の中だけ、平らに残す。

そして、そこに文字を彫る。

つまり、模様の中に窓を開ける。

前の回で、画中の貼り紙の話をした。

考え方は、近い。

文字のために、平らな場所を作る。