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紙の色は、記録にしかない——ウィリアム・トロスト・リチャーズ

技法の欄には、薄い黄褐色の紙、灰緑色の紙と書かれている。ところが公開画像からは色を確かめられず、二点は白黒である。色の付いた紙に白い絵具を置く水彩の作りを、記録と画像の差から見たい。寄贈者の束と、受入年のずれにも触れたい。

フランコニア・ノッチ、ニューハンプシャー
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《フランコニア・ノッチ、ニューハンプシャー》メトロポリタン美術館蔵

紙の色が、書いてある

技法の欄を読むと、九点のうち七点に紙の色が書かれている。

薄い黄褐色、薄い灰色、薄い灰緑色、灰緑色、そして生成り。四種類の言葉が使い分けられている。

紙は白いもの、という前提でいえば、これは余計な情報に見える。

しかし水彩では、紙の色が絵の色になる。塗り残した部分は、紙のままだからである。

だから、紙の色は素材ではなく、絵の一部である。館はそれを技法の欄に書いている。

九点の内訳を数えてみる。薄い黄褐色が二点、薄い灰色が一点である。

薄い灰緑色が一点、灰緑色が三点。残る二点は生成りである。

灰緑がいちばん多い。山の絵に合う色だと考えたのかもしれない。

ただし、館は理由を書いていない。ここから先は推測になる。

水彩という仕事

水彩は、油彩より軽く扱われることがある。

下絵、習作、旅の記録。仕上げの前の段階と見なされやすい。

しかし十九世紀の後半には、水彩だけの展覧会が開かれるようになった。

売り物としての水彩が確立していく時期にあたる。九点の年代は、ちょうどそこに重なる。

小さく、持ち運びやすく、値も手ごろである。買い手の裾野が広い。

三つの絵具が並ぶ

技法の欄には、絵具の名も並ぶ。

水彩、不透明水彩、そして鉛筆。九点のうち八点が、この三つを併記する。

水彩は透ける絵具である。下の紙が見える。

不透明水彩は隠す絵具である。白を作るために使う。

鉛筆は下描きに使う。仕上げても線が残ることがある。

三つが併記されるということは、三つとも画面に残っているということである。

もし鉛筆の線が完全に隠れていれば、書かないこともある。書かれているなら、見える。

実際、九点の画像を拡大すると、木の枝や岩の縁に細い線が残る。

下描きを消さないのは、水彩の描き方としてふつうである。線が形を支える。

白を、どこから出すか

水彩の白には、二つの作り方がある。

一つは塗り残しである。紙の白をそのまま使う。

もう一つは白い絵具を置くことである。上から光を足す。

紙が白くないとき、前者は使えない。灰緑の紙を塗り残しても、白にはならない。

だから色の付いた紙を使うなら、白は絵具で作るしかない。技法の欄に不透明水彩が並ぶのは、そのためである。

逆に言えば、色の付いた紙には利点がある。中間の調子が最初から用意されている。

白い紙では、明るいところも暗いところも自分で作らなければならない。

色紙なら、明るいところだけを足せばよい。手数が減る。

屋外で短時間に描くなら、この差は大きい。九点の多くは、その事情で選ばれた紙だと考えられる。

フランコニア・ノッチ、ニューハンプシャー
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《フランコニア・ノッチ、ニューハンプシャー》1872年。薄い黄褐色の紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦20.8センチ、横36.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。E・L・マグーン師の寄贈、1880年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《フランコニア・ノッチ、ニューハンプシャー》メトロポリタン美術館蔵

横に長い画面である。縦のおよそ1.7倍ある。

左右から山が迫り、中央の奥へ谷が伸びる。山肌には薄い青が置かれる。

手前は草地で、黄色みの強い緑が広がる。道が右から左奥へ曲がる。

道の上に、小さな人影が一つ立つ。画面全体に対して、一センチにも満たない。

右手前に低木が茂る。葉は細かい点の重なりで表される。

空は雲が横に流れ、上端に近いほど青が濃い。

紙の色は、記録によれば薄い黄褐色である。ただし画像からは判断できない。

草地の黄色は、紙の色を生かしたものかもしれない。あるいは絵具かもしれない。

どちらとも決められない。これも画像だけでは確かめられないことである。

人影が一つ置かれているのは、大きさを示すためだろう。谷の深さが伝わる。

画像では、確かめられない

九点の画像を見ても、紙の色は分からない。

理由は二つある。一つは、絵具が紙の大部分を覆っていることである。

もう一つは、写真と表示の問題である。撮影の設定や画面の設定で、色は簡単に変わる。

だから、記録に薄い灰緑と書いてあっても、それを画像で確かめる手段はない。

ここでは、記録を紹介し、画像から見えることだけを書く。両者を混ぜないようにした。

もう一つ、時間の問題もある。紙は年を経ると色が変わる。

日に当たれば黄ばみ、湿気を受ければ染みが出る。描かれた当時の色とは違う。

館の記録が書いているのは、いまの紙の色である。制作時の色とは限らない。

薄い黄褐色という記述も、もとは白かった紙が変わった結果かもしれない。

スクアム湖とサンドイッチ山地
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《スクアム湖とサンドイッチ山地》1872年。薄い灰色の紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦20.8センチ、横36.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。E・L・マグーン師の寄贈、1880年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《スクアム湖とサンドイッチ山地》メトロポリタン美術館蔵

湖が画面の中央を占める。水面は鏡のように静かである。

湖の奥に、細長い島が横たわる。木立が黒く固まって見える。

その向こうに山が幾重にも重なる。奥へ行くほど、青が薄くなる。

手前は岩と草の斜面である。右下に大きな岩がいくつか置かれる。

左には低い木が数本立ち、葉が黄と緑で描かれる。

右下の余白に、署名らしい文字と年が入る。画像では細部までは読めない。

空は白に近く、薄い雲が横に伸びる。

湖の名は、地元で呼ばれてきた名である。題には山地の名も添えられる。

水面の描き方に注意したい。ほとんど塗っていないように見える。

湖は、紙の面をそのまま生かしている可能性がある。ただし、これも確かめられない。

束で買う紙

同じ大きさの紙が続くのは、束で買っているからだと考えられる。

紙は一枚ずつ買うものではない。決まった寸法の束で売られる。

その束から一枚ずつ取り出して描く。だから寸法が揃う。

色の付いた紙も同じである。灰緑の紙を一束買えば、しばらく灰緑が続く。

九点の紙の色の分布は、その買い方を映しているのかもしれない。

同じ寸法が、並ぶ

九点のうち六点は、寸法がよく似ている。

縦は20.6センチから22.5センチ、横は34.6センチから36.4センチである。

つまり、同じ大きさの紙を続けて使っている。帖から切り出したか、同じ束を買ったのだろう。

横長の比率も揃う。山と湖を横に伸ばして描くには、この形が合う。

残る三点のうち一点は縦長で、二点はやや大きい。制作の事情が違うと考えられる。

ケアサージ山から見たマウント・ワシントン山群
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《ケアサージ山から見たマウント・ワシントン山群》1872年。薄い灰緑色の紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦20.6センチ、横35.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。E・L・マグーン師の寄贈、1880年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《ケアサージ山から見たマウント・ワシントン山群》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、最も色の薄い一枚である。

画面全体が、淡い青緑に沈む。山と空の境目が、はっきりしない。

右手前に、岩が大きく積み重なる。灰色と薄い緑で塗り分けられる。

その岩の上に、細い木が二本立つ。枝は右へ傾く。

奥へ行くほど、山の輪郭がぼやける。空気の層を色で示している。

前景の岩だけが硬く、それ以外は霞んでいる。近くと遠くの差が大きい。

高い場所から広い範囲を見た構図である。題にある二つの山名が、その位置関係を示す。

この薄さは、絵具の量が少ないということでもある。

水を多く含ませ、一度で置く。塗り重ねれば、これほど薄くはならない。

短い時間で仕上げた画面だと考えられる。天気が変わる前に色を決める必要がある。

白い山の連なり

九点のうち六点は、同じ地方の山を描いている。

ニューハンプシャーの北部にあたる。夏に涼を求めて人が集まる土地だった。

鉄道が通り、宿がつくられ、絵葉書のような風景が求められた。

画家がそこへ通うのは、需要があったからでもある。山の絵は売れる商品だった。

九点の題に並ぶ地名は、その市場の地図でもある。

題に、山の名が二つ入る

九点の題を並べると、地名の書き方に幅がある。

いま見た一点は、見た対象と、見た場所の両方を書く。どこから見たかまで分かる。

一方で、地名を一つしか書かない題もある。対象だけで、立ち位置は書かれない。

見る場所が分かると、絵は記録に近づく。分からないと、風景そのものになる。

この差は、館が付けたのか、画家が付けたのかは記録に書かれていない。

チョコルア山の日没、ニューハンプシャー
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《チョコルア山の日没、ニューハンプシャー》1872年。灰緑色の紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦20.6センチ、横36センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。E・L・マグーン師の寄贈、1880年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《チョコルア山の日没、ニューハンプシャー》メトロポリタン美術館蔵

左手前に、針葉樹が数本まとまって立つ。輪郭が黒く、縦に伸びる。

中央から右へ、水面が広がる。岸辺は浅く、草が水に映る。

奥の山は横になだらかで、中央がわずかに高い。

空は上部が白く、下へ向かって薄い青になる。細い雲が水平に何本も走る。

日没と題にあるが、赤や橙はほとんど使われていない。光は白に近い。

水面には、小さな黒い点がいくつか浮かぶ。鳥かもしれない。

手前の岸には、白っぽい岩が点在する。不透明水彩で明るく置かれている。

この白は、塗り残しではない。上から足した白である。

灰緑の紙なら、そうするしかない。技法の欄の記述と、画面の作りが一致する。

つまり、技法の欄は絵の作り方の手がかりになる。素材の一覧ではない。

白黒でしか見られない二点

九点のうち二点は、公開画像が白黒である。

灰色の濃淡だけで、色が写っていない。古い写真をそのまま公開しているのだと思われる。

このうち一点は、記録によれば薄い黄褐色の紙に描かれている。もう一点は灰緑色の紙である。

つまり、紙の色が書かれているのに、画像では色そのものが存在しない。

こうした食い違いは、公開画像ではときどき起こる。当サイトは記録も画像もそのまま扱っている。

イーグルズ・ネスト、フランコニア・ノッチ
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《イーグルズ・ネスト、フランコニア・ノッチ》1873年。薄い黄褐色の紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦32.7センチ、横24センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。スーザン・ドワイト・ブリス遺贈、1966年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《イーグルズ・ネスト、フランコニア・ノッチ》メトロポリタン美術館蔵

九点で唯一の縦長である。縦が横のおよそ1.4倍ある。

画面の中央に、大きな木が立つ。幹は細く、上へまっすぐ伸びる。

その左に、枯れた木が斜めに倒れかかる。枝の先が折れている。

背後には、切り立った岩壁がそびえる。上端は雲に接する。

手前には丸い石がいくつも転がる。右下に細い道が通る。

白黒の画像なので、色については何も言えない。ただし、明暗の配分はよく分かる。

岩壁が最も明るく、手前の木立が最も暗い。奥へ行くほど明るくなる。

縦長にした理由

同じ土地を、前の一点では横長で描いている。

同じ谷の名が題に入る。フランコニア・ノッチである。

横長のときは、谷の広がりが主題になった。縦長では、木と岩壁の高さが主題になる。

紙の形を変えれば、同じ場所が別の絵になる。何を見せたいかで判型が決まる。

九点のうち八点が横長なのは、広がりを見せる仕事が多かったからだと考えられる。

チョコルア山と湖
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《チョコルア山と湖》1873年。灰緑色の紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦20.8センチ、横36.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。E・L・マグーン師の寄贈、1880年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《チョコルア山と湖》メトロポリタン美術館蔵

これも白黒の画像である。

中央奥に、尖った峰が立つ。左右に稜線が下る。

その手前に湖が横たわり、水面が明るい帯になる。

手前は林で、木の茂りが濃い。右に大きな木が一本、枝を広げる。

下辺には道が横切り、その上に小さな人影と馬車らしい形がある。

空は雲が厚く、上部が暗い。峰の周りだけが明るい。

前に見た日没の一枚と同じ山だが、天気も時刻も違う。同じ山を二度描いている。

明暗だけを見る

白黒の画像には、思わぬ利点がある。

色に気を取られず、明暗の配分だけを見られる。

二点とも、手前が暗く、中景が明るく、奥がやや暗い。三層の構成である。

色の付いた画像でも、同じ構成が使われている。目を細めれば確かめられる。

失われた情報の代わりに、別の情報が見えることもある。

二度描くということ

九点には、同じ地名が二度出てくる組が二つある。

フランコニア・ノッチが二点、チョコルア山が二点である。

同じ場所を二度描くのは、一度で終わらなかったからである。天気、時刻、立ち位置を変えれば別の絵になる。

そして、二度描いた絵は、館に入る道筋も別になった。片方は1880年の寄贈、片方は1966年の遺贈である。

生まれは同じ土地でも、その後の道は分かれる。

センター・ハーバーの日暮れ、ニューハンプシャー
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《センター・ハーバーの日暮れ、ニューハンプシャー》1874年。灰緑色の紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦22.5センチ、横34.6センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。E・L・マグーン師の寄贈、1880年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《センター・ハーバーの日暮れ、ニューハンプシャー》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、最も暖かい色の一枚である。

空の上部は薄い青で、下へ向かって橙になる。雲が細く横に浮かぶ。

中景に湖が細く光る。その向こうに山が低く連なる。

手前は草地で、赤茶と黄土が混ざる。低木が点々と生える。

左に木が一本立ち、葉が黄色く色づく。右にも数本ある。

山の斜面には、薄い紫が置かれる。夕方の光を示している。

前の二点と違い、輪郭がやわらかい。線よりも色で形を作っている。

寄贈者が、束を作る

九点のうち六点は、同じ人の寄贈である。

受入は1880年。番号も同じ大きな番号の下に並ぶ。

つまり、この六点はまとめて館に入った。個別に集められたのではない。

一人の蒐集家が、同じ画家の同じ時期の作を六点持っていたことになる。

残る三点は、1966年の遺贈が二点、1978年の寄贈が一点である。三つの経路がある。

番号と年が、一年ずれる

遺贈の二点には、小さな食い違いがある。

館の記録は、受入を1966年と書く。ところが受入番号は、1967年を示す数字で始まる。

一年のずれである。遺贈の申し出と、登録の作業に時間差があったのだろう。

こうしたずれは、大きな所蔵では珍しくない。年の欄と番号の年が合わないことがある。

当サイトはどちらも直していない。直せば揃うが、記録の跡は消える。

パラダイスからパーガトリーへ、ニューポート
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《パラダイスからパーガトリーへ、ニューポート》1878年。生成りの紙に水彩、不透明水彩、鉛筆。館の記録では、縦25.4センチ、横36.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。スーザン・ドワイト・ブリス遺贈、1966年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《パラダイスからパーガトリーへ、ニューポート》メトロポリタン美術館蔵

山ではなく、海辺の一枚である。

手前に、大きな岩が斜めに突き出る。灰色に青と緑が混ざる。

岩のあいだに草が生え、鮮やかな緑が置かれる。九点のなかで最も色が強い。

中央奥に、低い海岸線が伸びる。その先に海が見える。

空は薄く、雲が横に流れる。上端に近いほど青みが出る。

右手前の斜面は暗く、木が密に茂る。

紙は生成りだと記録にある。ここでは色の付いた紙を使っていない。

コーンウォールの海岸
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《コーンウォールの海岸》1878年ごろ。生成りの紙に鉛筆。館の記録では、縦25.4センチ、横36.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ウォルター・ナイト・スタージズの寄贈、1978年。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《コーンウォールの海岸》メトロポリタン美術館蔵

最後の一点は、絵具を使っていない。

鉛筆の線だけで、海岸の岩が描かれる。線は細く、薄い。

画面の中央に水平線が引かれる。上は空で、何も描かれていない。

左と右に岩の塊があり、細かい線で面が刻まれる。

下辺には、波打ち際らしい線がわずかに走る。

紙の大部分が白いままである。描かれた部分は三割ほどしかない。

前の一点と寸法がまったく同じである。同じ束の紙を使ったと考えられる。

色を書くか、書かないか

技法の欄に紙の色を書くのは、手間のかかる仕事である。

九点のうち、鉛筆だけの一点にも紙の色が書かれている。線しか乗らない紙にも、色の情報が付く。

書かない館も多い。紙、とだけ書いて終わることもある。

書けば、実物を見ていない人にも素材の条件が伝わる。書かなければ、伝わらない。

九点の記録は、細かく書くほうを選んでいる。読む側にとっては、確かめられない情報でもある。

見えないものを、どう扱うか

当サイトでは、画像から読み取れないことは書かない方針をとっている。

紙の色は、その典型である。記録にはあるが、画面では確認できない。

だから本文では、記録によれば、という言い方を繰り返した。

回りくどいが、これは必要な手続きである。書き手が見ていないことを、見たように書かないためである。

同じ問題は、紙の白をどう見るかにも関わる。波の白は、紙の白か、絵具の白か——ウィリアム・トロスト・リチャーズでも扱った。

誰が集めたか

六点をまとめて寄贈した人物は、聖職者として記録されている。

十九世紀のアメリカには、こうした個人の蒐集が数多くあった。館の土台になっている。

同じ画家の作を六点も持つのは、たまたまではない。継続して買っていたということである。

寄贈の年は1880年である。九点の制作年からは、六年から八年しかたっていない。

つまり、当時の新しい絵がそのまま館に入っている。同時代の作品を集めた寄贈である。

九枚のあいだの六年

九点の年を並べると、1872年から1878年ごろに収まる。

前半の六点は山、後半の三点は海と岩である。題材が移っている。

紙の色も変わる。色の付いた紙から、生成りの紙へ動く。

これが好みの変化なのか、手に入る紙の変化なのかは分からない。記録は理由を書かない。

ただ、技法の欄を並べるだけで、こうした移り変わりが見えてくる。欄は、思っているより雄弁である。

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