作品を知る

帳面に、番号が付いている——ウィリアム・トロスト・リチャーズの第七帖

題に「第七帖より」とある。七冊目、という意味である。同じ一冊のなかで、野の写生から海の写生へ主題が移り、鉛筆の頁とインクの頁が並ぶ。細い枠を引いた頁だけが、絵として閉じている。その差を読みたい。寸法がそろっているからこそ、描き方の差が見えてくる。

野と木の眺め、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《野と木の眺め、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

帳面に、番号が付いている

メトロポリタン美術館の目録に、こういう題がある。

《野と木の眺め、第七帖より》。

第七帖。

つまり、この帳面には番号が振られている。

一冊目、二冊目と数えていって、七冊目である。

誰が数えたのかは、記録に書かれていない。

画家自身かもしれないし、あとから整理した人かもしれない。

いずれにせよ、この帳面は一冊きりの品ではない。

連なりのなかの一冊である。

作者は、ウィリアム・トロスト・リチャーズ。

館の記録は、フィラデルフィア生まれ、ロードアイランド州ニューポート没と書く。

一八三三年から一九〇五年。

そして、この帖の頁はすべて一八八六年である。

一年ぶんの記録が、一冊に収まっている。

野と木の眺め、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《野と木の眺め、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に鉛筆。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のaの表。写真は、帳面を開いた状態で撮られている。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《野と木の眺め、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

写真を見ると、帳面が開かれている。

左の頁と右の頁が、両方写っている。

そして、右の頁にだけ絵がある。

左の頁は、ほとんど白い。

遠くに水平の線が一本引かれ、その上に薄い調子がある。

右の頁には、木の茂みが濃く描かれている。

その手前に、野原と草の線。

画家は、見開きを一つの画面として使いながら、重さを右に寄せている。

左の余白は、空と水になる。

余白があるのではなく、余白が景色になっている。

一冊の中に、二つの季節がある

この帖の九点を並べると、途中で主題が変わる。

前半は、野原である。

畑と、木と、働く人と、雲。

後半は、海である。

岩と、波と、しぶき。

同じ一冊のなかで、内陸から海辺へ移っている。

木の習作、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《木の習作、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に鉛筆。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のaの裏。前の図版と同じ一枚の紙の、裏の面である。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《木の習作、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

最初の紙の裏である。

こちらも見開きで撮られている。

左の頁に、低い建物と木立。

右の頁に、大きな木が一本。

線は前の頁より濃い。

幹の輪郭を引き、枝を伸ばし、葉のかたまりを短い線で埋める。

下の余白に、細かい書き込みらしいものが見える。

館の記録は、この文字を翻刻していない。

野で働く人々の習作、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《野で働く人々の習作、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に鉛筆。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のc。この頁には、表と裏の別が付いていない。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《野で働く人々の習作、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

三枚目の頁である。

ここで、番号の形が変わる。

「一のc」とだけあって、表とも裏とも書かれていない。

前の二点は「一のaの表」「一のaの裏」だった。

つまり、この帳面では、両面に描かれた紙だけが表と裏に分かれる。

片面しか使われていない紙は、面の別を書かない。

数え方の規則が、紙の使われ方に従っている。

描かれているのは、三人の人物である。

腰をかがめた姿が二つ、立った姿が一つ。

顔は描かれていない。

姿勢だけを取っている。

まわりの余白は、白いままである。

枠を引くと、頁が絵になる

この帖でいちばん目を引くのは、枠である。

岩に砕ける波のある海景、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《岩に砕ける波のある海景、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に黒インク。記録は紙の記述を二度繰り返している。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のjj。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《岩に砕ける波のある海景、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

頁の中央に、細い線で長方形が引かれている。

そして、絵はその長方形の中だけに描かれている。

外側は白い。

左に岩の塊、その足元で波が砕ける。

右へ海面が広がり、遠くに水平線。

砕けた波の白は、紙の白をそのまま残して作られている。

まわりを黒い線で埋め、白を残す。

インクの仕事である。

技法の欄は「白みがかった織り目の紙に黒インク」とある。

ただし、その後に同じ語がもう一度続いている。

「白みがかった織り目の紙に」が二回書かれている。

紙を紙に貼ったという意味かもしれない。

入力の重複かもしれない。

記録からは、どちらとも決められない。

岩のある海景、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《岩のある海景、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に黒インク。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のkk。頁の中央に枠が引かれ、その中だけに絵がある。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《岩のある海景、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

次の頁も、同じ作りである。

枠があり、その中に岩がある。

こちらの岩は、画面のほぼ中央にある。

三角形に近い塊が、波に囲まれている。

枠の下の余白に、水平の線がいくつか引かれている。

書き込みか、あるいは波の練習か。

この二点を見ると、枠の役割が分かる。

枠を引いた瞬間に、頁は帳面の頁ではなくなる。

絵になる。

上下左右が決まり、構図が決まる。

帳面のまま描けば、余白はどこまでも続く。

枠を引けば、そこで終わる。

枠を引かない頁もある

砕ける波のある海景、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《砕ける波のある海景、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に鉛筆。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のnn。前の二点と違い、枠がなく、頁いっぱいに描かれている。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《砕ける波のある海景、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

同じ海でも、こちらは枠がない。

線は頁の端まで届いている。

上の空は、斜めの線で一様に埋められている。

その下に水平線、手前に波の起伏。

左端に、黒い岩の塊。

鉛筆で、しかも速い。

前の二点がインクで丁寧に作られているのに対し、こちらは短時間の記録である。

同じ帖のなかに、二つの速さがある。

枠を引いてインクで詰める頁と、鉛筆で流す頁。

前者は、あとで使うための図案に近い。

後者は、目の前のものを写しただけである。

どちらも同じ一冊に綴じられている。

空だけを描く頁

嵐雲を破る日の光、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《嵐雲を破る日の光、第七帖より》1886年。館の記録は、この一点の題で帖の番号を「第六、一帖」と誤って記している。白みがかった織り目の紙に鉛筆。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のh。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《嵐雲を破る日の光、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

この頁には、地面がない。

雲だけが描かれている。

上から下へ、斜めに線が走っている。

雲の切れ目から、光が差している形である。

下の縁に、わずかに水平の線がある。

海か、地平か、判別がつかない。

そして、この一点の題には、小さな不備がある。

帖の番号が、第七帖ではなく「第六、一帖」となっている。

数字のあいだに読点が入り込んでいる。

他の八点はすべて第七帖である。

明らかな入力の揺れだが、館の記録はそのまま公開されている。

当サイトも、そのまま引き継いでいる。

書き換えれば見た目は整うが、もとの記録との対応が切れる。

空の習作、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《空の習作、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に鉛筆。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のi。右半分だけに、密な斜線が引かれている。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《空の習作、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

その次の頁も、空である。

こちらは、さらに簡素である。

頁の左半分は、ほとんど白い。

右半分に、細かい斜線が上から下へ引かれている。

雨脚のようにも、雲の陰のようにも見える。

題は《空の習作》。

風景画家にとって、空の練習は独立した仕事である。

雲の形と、光の差し方を覚える。

そのための頁が、続けて二つ並んでいる。

嵐雲を破る光と、空の習作。

同じ日の空だったのかもしれない。

干し草と、馬と、人

野の主題も見ておきたい。

二頭の馬が引く干し草車と人々、第七帖より
ウィリアム・トロスト・リチャーズ《二頭の馬が引く干し草車と人々、第七帖より》1886年。館の記録では、白みがかった織り目の紙に鉛筆。縦12.7センチ、横19.1センチ。番号は1992.2.1のfの表。頁のほぼ中央に、小さく描かれている。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・トロスト・リチャーズ《二頭の馬が引く干し草車と人々、第七帖より》メトロポリタン美術館蔵

頁のなかで、描かれた部分がとても小さい。

中央に、荷車と馬と人が集まっている。

そのまわりは、ほとんど白い。

画家は、遠くにあるものを、遠いままの大きさで描いた。

近づいて大きく写すのではない。

視界のなかでの比率を、そのまま紙に写している。

干し草を積む季節だから、夏だろう。

同じ帖に嵐の空があり、海の波がある。

一八八六年の、ある季節の記録である。

帳面を買った年

出所の行は、九点とも同じである。

「購入、スティーヴン・ディー・ルービン氏を記念する寄付により、一九九二年」。

寄贈ではない。

館が購入している。

そして、その購入資金は、ある人を記念する寄付でまかなわれている。

亡くなった人の名を、購入の記録に残す。

この書き方は、アメリカの館でよく見られる。

作品を買う金の出どころを、名前として残す仕組みである。

番号の頭は一九九二・二。

一九九二年に受け入れた、二番目の件になる。

年のはじめのほうに入っている。

そして枝番は、一九九二・二の一のa、と続く。

「二の一」まではまとまりの番号で、そこから先が頁である。

つまり、一九九二・二という件の中に、一という帳面があり、その中に頁がある。

三段の階層になっている。

第七帖という題も、この階層と対応しているのだろう。

一冊が、百点になる

当サイトが公開しているこの帖の頁は、百点を超える。

枝番はaから始まり、zを過ぎ、aa、bbと続き、nnまで来ている。

紙の枚数にすれば四十枚ほど。

小さな帳面である。

縦一二・七センチ、横一九・一センチ。

手のひらより少し大きいくらいである。

上着の隠しに入る大きさだろう。

その一冊が、百件以上に分かれて記録されている。

ここまで見てきた四冊と、同じことが起きている。

ただし、この帖には他と違う特徴がある。

頁ごとの性格の差が、はっきりしている。

枠を引いた頁と、引かない頁。

インクの頁と、鉛筆の頁。

見開きを使う頁と、片面で完結する頁。

数え方の規則も、それに応じて揺れている。

両面に描いた紙だけが、表と裏に分かれる。

同じ寸法が、九回並ぶ

この帖の寸法の欄には、九点とも同じ数字が入っている。

縦一二・七センチ、横一九・一センチ。

前回のホイッスラーの帖では、九点の寸法が一つも重ならなかった。

こちらは、九点が完全にそろっている。

この差が、そのまま二つの帖の性格の差である。

貼り込み帖の紙は、外から来る。

写生帖の紙は、綴じたときから決まっている。

だから寸法の欄を見れば、どちらの帖かがすぐ分かる。

そして、そろった寸法には別の効き目もある。

九点を並べたとき、大きさの比較ができる。

同じ大きさの紙に、大きく描いた頁と、小さく描いた頁がある。

《二頭の馬が引く干し草車と人々》は、中央にごく小さく描かれている。

《砕ける波のある海景》は、端まで使い切っている。

紙が同じだからこそ、この差が意味を持つ。

画家が何をどれくらいの大きさで見ていたかが、そのまま残る。

海辺の町と、画家

館の記録は、この画家の没した場所をロードアイランド州ニューポートと書く。

海に面した町である。

生まれはフィラデルフィアで、内陸の都市である。

一八八六年は、その画家が五十三歳になる年にあたる。

この帖に野と海の両方が入っているのは、そういう暮らしの反映かもしれない。

ただし、館の記録に旅程は書かれていない。

どの野で、どの海岸で描いたのかも書かれていない。

題にあるのは、見えたものの名だけである。

野。木。働く人々。干し草車。空。嵐雲。岩。波。

地名が一つも出てこない。

前回のハンティントンの写生帖には、地名が入っていた。

こちらには、ない。

同じ写生帖でも、書き込む習慣が違う。

地名を書かなければ、あとから場所は分からなくなる。

分からなくなったものは、目録にも書かれない。

小さいことの、利点

この帳面は小さい。

縦一二・七センチ、横一九・一センチ。

開いても、横は四十センチに届かない。

小ささには、はっきりした利点がある。

持ち歩ける。

立ったまま描ける。

風が強い海辺でも、片手で押さえられる。

そして、描く時間が短くて済む。

大きな紙を前にすると、埋めなければならない気になる。

小さければ、要点だけを取って次へ進める。

《野で働く人々の習作》は、三人の姿勢だけである。

《空の習作》は、右半分の斜線だけである。

どちらも、それ以上描く必要がない。

必要なところで止められるのは、紙が小さいからでもある。

ただし、小ささは弱点にもなる。

海の広がりは入らない。

だから枠を引いて、入る範囲を先に決める。

小さい紙で広い景色を扱うための工夫が、あの細い長方形である。

記録の細かさには、いつも段差がある。

年は一年まで決まっているのに、場所は一つも書かれていない。

紙の質は書かれているのに、書き込みの文字は写されていない。

書かれる欄と、書かれない欄。

その選び方は、目録を作った時期の方針で決まる。

素描の目録では、銘記の欄を持たないことが多い。

だから頁の下の文字は、写真の中にだけ残る。

一年ぶんの、一冊

九点の年の欄は、すべて一八八六年である。

推定の幅がない。

「一八八六年ごろ」でも「一八八〇年代」でもない。

一八八六年、と言い切っている。

これは、帖のどこかに年が書かれているからだろう。

表紙か、最初の頁か、あるいは各頁の書き込みか。

館の記録は、その根拠を書いていない。

しかし、言い切っている以上、根拠はあると考えてよい。

一年ぶんの記録が一冊に収まっているとすれば、この帳面は使い切られている。

四十枚ほどの紙を、一年で使った。

多いとも少ないとも言えない。

比べる相手がいないからである。

第一帖から第六帖までがどれくらいの期間だったかは、分からない。

分からないまま、第七帖だけがここにある。

波の白は、紙の白である

インクで描かれた二点を、もう一度見ておきたい。

《岩に砕ける波のある海景》と《岩のある海景》。

どちらも、砕けた波の白い部分に、線が引かれていない。

紙の白を、そのまま白として使っている。

まわりを密に埋めることで、白が浮かび上がる。

黒を足して、白を作る。

版画の考え方に近い。

この画家は版画も手がけたと考えられるが、記録には書かれていない。

分かるのは、この二点の描き方が、鉛筆の頁とは別の系統だということである。

鉛筆なら、濃淡を連続して作れる。

インクの線では、それができない。

線の密度で調子を作るしかない。

だから枠が要る。

枠の内側だけを埋めれば、そこが画面になる。

枠と、線の密度と、残された白。

三つがそろって、小さな頁が一つの海景になっている。

頁の順に、並べ直す

九点を枝番の順に並べると、こうなる。

aの表、aの裏、c、fの表、h、i、jj、kk、nn。

前半のaからiまでが、野と空である。

後半のjj以降が、海である。

そのあいだに、jからzまでと、aaからiiまでが飛んでいる。

公開されていない頁が、たくさんある。

したがって、この並びから帖全体の構成を決めることはできない。

言えるのは、公開されている範囲では、前半が野で後半が海だということだけである。

それでも、この並びには意味がある。

帳面は、前から順に使う。

だから枝番の順は、描いた順に近い。

野を描いていた人が、途中から海を描き始めた。

そのあいだに、空の習作が二つ挟まっている。

嵐雲を破る光と、空の習作。

野から海へ移る境目に、空がある。

偶然かもしれない。

しかし、目のはたらきとしては、つながって見える。

地面から目を離し、空を見て、それから水を見た。

写真の中に残ったものは、いつか読まれる。

読まれれば、記録に足される。

目録は、一度書いて終わりではない。

写生帖に、番号を振る人

第七帖という呼び方には、整理した人の手が入っている。

画家が自分で背に番号を書いた可能性もある。

遺族が、残された帳面を並べて番号を振った可能性もある。

館が受け入れたときに付けた可能性もある。

記録には書かれていない。

ただ、番号が題の一部になっていることは確かである。

館は、この番号を捨てなかった。

捨てれば、《野と木の眺め》という題だけが残る。

同じ画家の同じ題の素描は、他にもあるだろう。

区別がつかなくなる。

第七帖という語が付いていれば、どの帳面の頁かが分かる。

番号は、区別のための道具である。

そして区別のための道具は、いったん付くと、なかなか外れない。

外すと、もとに戻せなくなるからである。

第七帖という名

最後に、題に入っている「第七帖」に戻りたい。

これは、他の帖の存在を前提とした言い方である。

第一帖があり、第六帖があり、第八帖があるはずである。

館がそう呼ぶ以上、どこかにその番号の体系がある。

同じ館に残っているのか、散っているのかは分からない。

しかし、番号があるということは、かつて誰かがまとめて数えたということである。

まとめて数えた人がいて、そのあとで一冊が頁に分けられた。

数える単位は、二度変わっている。

最初は冊の集まりとして。

次は一冊として。

いまは頁として。

同じものが、扱う人によって三通りに数えられてきた。

そして、そのすべてが題と番号のなかに残っている。

《野と木の眺め、第七帖より》。

この題を読むと、一冊の帳面と、その帳面が属していた一群が、同時に見える。

一点という単位は、一つに決まらない。

決まらないまま、記録のなかで折り重なっている。

SAME ARTIST同じ画家のコラム

RELATEDあわせて読みたい

作品を知るの記事一覧