美術史・技法

署名は、どの隅に置かれるか——レンブラントからモネまで九点、ナショナル・ギャラリー(ワシントン)

名の下に、町の名が続く

もう一点の左上には、名だけではない。

名の下に、町の名と年が書かれている。

肖像画の署名に地名が入ることは、珍しくない。

描いた場所を記す場合がある。

注文主の住む町を記す場合もある。

どちらであるかは、文字だけでは決められない。

この絵の場合、描かれた人物はその町の住人だった。

画家のほうは、別の土地に住んでいた。

だとすれば、出向いて描いたのだろう。

そう考えるのが自然である。

ただし、館の記録はそこまで書かない。

書かれるのは、名と町の名と年である。

読み手が、そこから先を組み立てるしかない。

アンドルー・W・メロン
ガリ・メルチャーズ《アンドルー・W・メロン》1930年。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦140.3センチ、横104.5センチ。銘記の欄には、左上に名と町の名と年が書かれているとある。番号は1953.11.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ガリ・メルチャーズ《アンドルー・W・メロン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

白髪の男性が、こちらを向いて立つ。

濃紺の三つ揃いに、白いシャツ。

濃い色の細い襟飾りを結ぶ。

左手を上着の内側に軽く差し入れる。

右手は、赤い椅子の背に置かれる。

椅子は画面の左下に、斜めに置かれる。

背景は灰色で、何も描かれない。

床との境も、はっきりしない。

人物は画面の中央よりやや右にいる。

空いた左上に、小さな文字が三行入る。

中央の高さに置かれる、三行の文字

九点のうち一点は、中央の右に文字がある。

そこには三つのことが書かれている。

年齢、年、そして画家の名である。

十七世紀のオランダの肖像には、この型が多い。

まず「二十六歳」と入る。

次に「1638年」と入る。

最後に画家の名が来る。

三つが縦に積まれる。

順序は、人物のことから画家のことへ進む。

つまり、絵の中心は画家ではない。

描かれた人が誰で、いくつだったか。

それが先に来る。

署名は、そのあとに付け足される。

位置も、隅ではなく人物の顔の高さである。

見る人の目が最初に行く高さだ。

そこに年齢を置いている。

襞襟をつけた女性の肖像
ミヒール・ファン・ミーレフェルト《襞襟をつけた女性の肖像》1638年。館の記録では、板に油彩。縦70.5センチ、横57.9センチ。銘記の欄には、中央右に年齢と年と名が三行で書かれているとある。番号は1961.5.4。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ミヒール・ファン・ミーレフェルト《襞襟をつけた女性の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が、胸から上で描かれる。

顔はやや左を向き、目はこちらを見る。

首の周りに、白い大きな襞襟が広がる。

襞は幾重にも折り重なる。

縁に細かい透かし模様が入る。

黒い衣の胸元に、細い金の飾りが並ぶ。

髪は後ろへ撫でつけられ、右耳の上に小さな飾りが付く。

背景は暗い灰緑で、平らである。

右側の、顔と同じ高さのあたり。

そこに文字が三行、小さく置かれる。

大きく書く人と、小さく書く人

九点を並べて、文字の大きさも違うことが分かる。

大きく、はっきり書く人がいる。

背景に溶かして、探さないと見つからない人もいる。

大きさは、館の欄には書かれない。

書かれるのは位置と文字だけである。

だから、大きさを知るには絵を見るしかない。

見れば、すぐ分かる。

風景画の下辺に大文字を並べた一点は、遠くからでも読める。

暗い背景の右上に置かれた一点は、近づいても見つけにくい。

同じ署名という言葉で括られているが、態度が違う。

前者は、絵の一部として文字を扱う。

後者は、絵の外側に置こうとする。

どちらがよいという話ではない。

ただ、記録の欄はその差を書き分けない。

欄は、位置と内容だけを平らに並べる。

差を見るには、並べて比べるしかない。

年だけを書き、名を書かない

九点のうち一点は、署名がない。

正しくは、名が書かれていない。

書かれているのは年だけである。

しかも、その数字の前後に小さな点が打たれる。

数字を挟む形になっている。

なぜ名を書かないのか。

理由は分からない。

館の記録も、理由を書かない。

一つ言えるのは、年は絵の一部だということだ。

名を出さずに年だけ置く例は、他にもある。

年は、絵についての事実である。

名は、絵をつくった人についての事実である。

前者だけを書く判断が、そこにある。

旗手としてのアンドリース・スティルテ
ヨハネス・コルネリス・フェルスプロンク《旗手としてのアンドリース・スティルテ》1640年。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦104センチ、横78.5センチ。銘記の欄には、左下に年だけが書かれ、その前後に点が打たれているとある。番号は1998.13.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヨハネス・コルネリス・フェルスプロンク《旗手としてのアンドリース・スティルテ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い男性が、身体を斜めにして立つ。

つばの広い黒い帽子をかぶる。

帽子には、青と白の羽根が挿してある。

薄紅色の上着に、金の細い飾りが並ぶ。

胸から腰へ、青い帯を斜めに掛ける。

左手に手袋を持ち、右手を腰に当てる。

背後に、大きな青い旗が垂れる。

旗の布は、画面の右上をほとんど埋める。

左上に、小さな紋章が浮かぶ。

床の左下は暗く沈む。

そこに数字が置かれている。

額に隠れる場所と、隠れない場所

絵は、額に入れて掛けられる。

額の内側の縁は、画面の外周を少し覆う。

覆われる幅は、額によって違う。

一センチのこともあれば、三センチのこともある。

つまり、画面のいちばん端は見えないことがある。

署名を端に寄せすぎると、額に隠れる。

実際に、そういう例はある。

額を外したときに初めて全部が読めた、という話だ。

九点の寸法の欄を見ると、額込みの寸法も書かれている。

一点は、画面が縦103センチ、額込みで132.1センチ。

差は29.1センチである。

上下に分ければ、片側でおよそ14センチ。

もちろん、額の縁が全部画面に掛かるわけではない。

外へ広がる部分のほうが大きい。

それでも、数センチは覆われる。

署名の位置を選ぶとき、画家はそこを考えたはずだ。

少なくとも、隠れない場所を選んだ人はいる。

九点のうち、いちばん端に寄っているのは風景画の一点である。

それでも、下辺から指一本ぶんは内側にある。