斜線は、二つの意味を持つ——ティツィアーノとルーベンスの年の欄

横長の画面に、二人の人物が並ぶ。
左の女性は、赤い衣と褐色の上着をまとう。
顔は下を向き、鍵盤に手を置く。
右の人物には翼がある。
白い衣をまとい、手に楽譜を持つ。
その背後に、縦に並ぶ管が見える。
小型の楽器である。
二人の視線は、どちらも楽器へ向かう。
背景は暗く、何も描かれない。
女性の赤い衣が、画面の中で最も強い色である。
天使の白い衣が、それと対をなす。
二人の描き方には差がある。
肌の色も、輪郭の硬さも、わずかに違う。
手直しを、年の欄に書く
もう一つ、興味深い形がある。
1629年から1630年、おそらく1640年代半ばに手直し。
制作の年と、手直しの年が並ぶ。
作者の欄にも、二人目の名が推定で添えられる。
つまり、描き上げたあとで別の手が入っている。
その事実を、年の欄が記録している。
手直しの年には「おそらく」が付く。
制作の年には付かない。
確かなことと、推定を書き分けている。
一つの欄の中で、確度の違う情報が並ぶ。

石造の柱廊の下に、母と四人の子が集まる。
母は緑の衣に白い頭巾をつけ、椅子に座る。
膝の上に、白い産着の赤ん坊を抱く。
その右に、白い衣の幼児が立つ。
さらに右に、黒い衣の少女が二人並ぶ。
一人は本らしいものを持つ。
左には赤い幕が垂れ、上へ大きく広がる。
右奥には柱と、その上の彫像が見える。
彫像の下に、青い空と水が覗く。
床は石で、手前に犬らしい姿がある。
人物はいずれも正面か、こちらを向く。
家族の記念として作られた画面である。
「ごろ」を二つ、斜線でつなぐ
九点でいちばん複雑な年の欄がある。
1540年代ごろ、から、1560年から1565年ごろ。
「ごろ」が二回出てくる。
しかも後半は、幅を持った期間である。
つまり、幅のある二つの時点が斜線でつながれている。
これは、制作が二段階だったことを示すと考えられる。
作者の欄にも、ティツィアーノと工房、とある。
親方が始め、工房が仕上げたのかもしれない。
あるいは、二十年後に手を加えたのかもしれない。
記録は、そこまでは書かない。
書くのは、二つの時期があるという事実だけである。

横長の画面に、二人の人物が絡む。
左に、裸の女性が背を向けて座る。
体は大きくひねられ、腕を伸ばす。
右の男の腰に、両手を回す。
男は立ち上がろうとする姿勢である。
赤い布を腰に巻き、槍を持つ。
その足もとに、犬が三頭いる。
紐でつながれ、右へ向かおうとする。
左手前には、翼のある幼な子が眠る。
背後には木立があり、右上に光が差す。
雲の切れ間から、斜めの光が落ちる。
肌の色は明るく、周囲の暗さと対をなす。
板と厚みの記録
九点の技法の欄を見ると、板が三点ある。
そのうち二点には、厚みが記録されている。
0.5センチと0.6センチ。
いずれも薄い板である。
厚みが書かれるのは、板絵では珍しくない。
反りや割れの状態に関わるからだ。
カンヴァスの作品には、厚みの記載がない。
布に厚みを書いても、意味がないためだろう。
支持体の種類によって、記録すべき項目が変わる。
これは、寸法の欄の設計の問題である。
すべての作品に同じ項目を並べるのではない。
必要な項目だけを、必要な作品に書く。
だから欄の長さが、作品ごとに違ってくる。
偽の署名と、記録の年
九点のうち一点には、変わった銘記がある。
館の記録は、こう書いている。
偽って署名され、年が記されている、と。
画面の下には、別の画家の名と1746年という年が書かれている。
しかし館は、その署名も年も採らない。
作者の欄には、別の画家の名を書く。
年の欄には、1715年から1730年ごろと書く。
そのうえで、おそらく1725年に近い、と添える。
絵の上に書かれた年と、記録の年が食い違っている。
こういうとき、館は絵の側を信じない。
信じない理由は、様式や来歴の検討にある。
そして、食い違いを消さずに銘記の欄へ残す。
読む側は、両方を見て判断できる。

女性が椅子に座り、こちらを向く。
顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。
髪は後ろでまとめられ、額が出る。
耳の上に、細い巻き毛が一筋垂れる。
衣は青灰色で、光沢がある。
袖口から、白い襞飾りが出る。
胸もとは開き、白い布が縁を作る。
左肘を、石の台の上に置く。
背後は暗い褐色で、右に柱らしい形がある。
衣の青が、画面の中で最も強い。
肌はなめらかで、影が薄い。
年の欄には、幅と、その中の推定が並ぶ。
「おそらく1725年に近い」という言い方である。
幅の中でも、どのあたりかを示している。