作品を知る

段は、六から二十のあいだに収まる——リュノワール・プッサン・ブロンデルほか九点

階段は高さの違う床を並べたものである。九点で数えると、段が数えられるのは六点で、いずれも六段から二十段のあいだだった。多すぎれば潰れ、少なすぎれば階段に見えない。梯子と、階段のない素描も混じる。段の高さがそろうと、人の歩幅も決まる。

河岸の階段を下りる洗濯女たち
アレクサンドル・リュノワ《河岸の階段を下りる洗濯女たち》クリーヴランド美術館蔵

女が、荷を背負って段を下りている

一枚の石版画に、河岸の階段がある。

画面は57.1×41.8センチ、紙は64.7×49センチある。

九点のなかでは大きいほうだ。

階段は画面の左から右下へ、斜めに下りていく。

石の段は十五段ほど数えられる。

段の上に、二人の女性がいる。

上のほうの一人は、背中に大きな包みを負っている。

体を前に折り、頭を低くしている。

包みの重さで、背中が丸く盛り上がっている。

下のほうの一人は、こちらを向いている。

腰のあたりに、丸い包みを抱えている。

顔には濃い影が落ちている。

目のあたりが暗く、表情は読めない。

階段の右には、低い手すりが付く。

その向こうに、川と橋が見える。

橋のアーチが二つ、水の上に架かる。

空は白い。

館の記述によれば、この版画は十九世紀半ばの油彩を写したものである。

同じ記述は、細部が写し替えられているとも書く。

とくに、女性の顔の影を強めたという。

労働の重さを強調するためだ、と館は書いている。

河岸の階段を下りる洗濯女たち
アレクサンドル・リュノワ《河岸の階段を下りる洗濯女たち》1888年。館の記録では、転写リトグラフ。画面57.1×41.8センチ。紙は64.7×49センチ。番号は2021.141。クリーヴランド美術館蔵。アレクサンドル・リュノワ《河岸の階段を下りる洗濯女たち》クリーヴランド美術館蔵

階段は、床の変形である。

平らな床を、高さを変えながら並べたものだ。

だから階段の絵には、必ず高さの差がある。

同じ画面のなかに、上の人と下の人がいる。

その差が、そのまま画面の奥行きになり、力の差にもなる。

九点で、その使われ方を数えたい。

段は、数えられる

集めかたは、館の記録の題によっている。

階段、段、石段にあたる語が入るものを拾った。

九点のうち、実際に階段が描かれているのは七点だった。

残る二点は、梯子と、階段の描かれていない素描である。

まず、段の数を数えたい。

数えられたのは、六点である。

河岸の階段は十五段ほど。

廃墟の外階段は、二十段以上ある。

聖家族の絵では、五段が横に長く伸びる。

円天井の階段では、十段ほどが二方向に分かれる。

広間の階段は、左右から上がる形で十数段ずつ。

ヴァチカンの階段は、手前に六、七段が見える。

段の数は、六から二十のあいだに収まっている。

これは偶然ではないと思われる。

段が少なすぎると、階段に見えない。

多すぎると、一段ずつが細くなって潰れる。

画面に収まる段の数には、適した幅があるらしい。

段は、人を並べるための台になる

十七世紀の油彩を見たい。

額なしで73.3×105.8センチ。

画面の中央に、五段ほどの石の段がある。

段は画面の左右いっぱいに伸びている。

その上に、人が五人並んでいる。

中央に、青い衣の女性が座る。

膝の上と傍らに、二人の幼子がいる。

左には、頭巾をかぶった年配の女性が身を乗り出す。

右には、赤い衣の男が肘をついている。

手には、細長い器具を持っている。

館の記述によれば、それは大工の道具である。

背景には、石造りの建物と、青い空と白い雲がある。

左手前には、大きな鉢に植えた木がある。

この画面で、段は舞台の役をしている。

高さの違う面が並ぶので、人を重ならずに配置できる。

前列と後列を、はっきり分けられる。

館の記述は、この構成が幾何学的に組まれていると書く。

色も、赤と青と黄の単純な組み合わせにまとめられている。

館の記録には、寸法が三通り書かれている。

額を含めた寸法、額なしの寸法、そして「かつての寸法」である。

かつての寸法は、額なしより一センチほど小さい。

つまり、この絵の大きさは途中で変わっている。

館は、変わった経緯までは書いていない。

階段の聖家族
ニコラ・プッサン《階段の聖家族》1648年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで73.3×105.8センチ。番号は1981.18。クリーヴランド美術館蔵。ニコラ・プッサン《階段の聖家族》クリーヴランド美術館蔵

階段は、大きさを測る目盛りになる

階段の段は、人の足に合わせて作られる。

だから段の高さは、どこでもだいたい同じである。

その一定さが、画面の中で目盛りとして働く。

十九世紀の素描が、その例だった。

紙は24.1×16.8センチと小さい。

灰色と茶色の淡彩で描かれている。

画面には、尖ったアーチの巨大な廃墟がある。

アーチは画面の上端で切れている。

その内側に、外階段が斜めに架かる。

段は二十以上あり、上のほうは影に消える。

石には蔦がからみ、隙間から草が伸びる。

階段の下のほうに、三人の人物が小さく描かれる。

館の記述によれば、男と女と子どもだという。

三人の背丈は、アーチの高さの二十分の一ほどしかない。

段の一段が人の膝ほどだと分かるので、建物の高さも見当がつく。

館の記述は、この対比が神の大きさと人の小ささを示すと書く。

なお、この紙の裏には書き込みがある。

館の記録は、その文面を写している。

そこには別の土地の廃墟の眺めだと書かれている。

題と裏書きが、必ずしも一致しない。

ゴシック建築の廃墟の外階段
ドメニコ・クアーリオ《ゴシック建築の廃墟の外階段》1830年。館の記録では、灰色と茶色の淡彩、ペンと黒インクの枠線。紙は24.1×16.8センチ。画面23.2×15.2センチ。番号は1980.218。クリーヴランド美術館蔵。ドメニコ・クアーリオ《ゴシック建築の廃墟の外階段》クリーヴランド美術館蔵

階段のある広間は、舞台の図でもある

十八世紀の素描を二点、続けて見たい。

一点目は、円天井の下の階段である。

紙は44.1×28.2センチ、台紙まで含めると52.9×38.7センチ。

茶色のインクと淡彩で描かれている。

画面の上半分は、大きな丸天井で占められる。

その下に、二段構えの階段がある。

手前の階段は左右へ分かれ、奥で合流する。

階段の上には、白い彫像が立つ。

彫像の左右に、小さな人影が散る。

下の暗がりにも、人が数人いる。

館の記録によれば、扉の上の板に文字が書かれている。

その文字は、画家の依頼主の名を指すらしい。

館は「らしい」という言い方で書いている。

さらに、台紙の裏には別の画家の名が赤いチョークで書かれている。

かつて、その画家の作と考えられていた時期があるのだろう。

館は、その書き込みも記録に残している。