作品を知る

夕方が八点、朝は一点——バンス・シャントルイユ・ビーチほか九点

日の出と日の入りは一日に二度だけ起きる。九点で数えると、夕方が八点で、朝は彫刻の一点だけだった。太陽が描かれるのは三点で、残りは光だけである。空の色は黄と橙で、赤はほとんど使われない。太陽の位置は、いずれも水平線のすぐ上にある。

ヴェネツィア、サン・ジョルジョの日没
ウィリアム・ゲドニー・バンス《ヴェネツィア、サン・ジョルジョの日没》スミソニアン協会蔵

日が沈み、水面が金色になる

一枚の油彩に、日没の海がある。

74×91.4センチ。

横長の画面である。

画面のほぼ全体が、金色と黄色でできている。

上のほうは、薄い黄に青が混ざる。

絵具は短く置かれ、点の集まりに見える。

中央のやや右に、大きな帆船がいる。

帆は三角形で、二枚立っている。

帆は黄と橙で、光を受けている。

船体は暗い。

その左に、町の輪郭が小さく見える。

塔と丸屋根が並ぶ。

いずれも金色に染まっている。

下半分は水面である。

水は空と同じ色を映す。

境目は、細い横線だけである。

つまり、画面の上下がほぼ同じ色になっている。

館の記録に、制作年はない。

記述の欄もない。

題は、地名と日没だけである。

ヴェネツィア、サン・ジョルジョの日没
ウィリアム・ゲドニー・バンス《ヴェネツィア、サン・ジョルジョの日没》制作年不詳。館の記録では、油彩・カンヴァス、繊維板に貼る。74×91.4センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ウィリアム・ゲドニー・バンス《ヴェネツィア、サン・ジョルジョの日没》スミソニアン協会蔵

日の出と日の入りは、一日に二度だけ起きる。

そのあいだ、光は横から来る。

横からの光は、影を長くし、色を変える。

だから絵にしやすい。

九点を並べて、その扱いを数えたい。

夕方が、八点を占めた

集めかたは、館の記録の題によっている。

日の出、日の入り、夕暮れ、暁にあたる語が入るものを拾った。

九点のうち、夕方が八点だった。

朝は、一点だけである。

これは、はっきりした偏りである。

理由は、いくつか考えられる。

一つは、画家が朝に外へ出にくいことだろう。

日の出は早い。

夏なら四時台に始まる。

もう一つは、夕方のほうが人が外にいることである。

働き終えた時間だから、場面が作りやすい。

そして三つ目に、言葉の問題がある。

夕暮れを指す語は、日本語にも英語にも多い。

夕方、宵、日没、黄昏。

朝を指す語は、それより少ない。

語が多ければ、題にも入りやすい。

夕日は、水平線の上にある

夕方の八点で、太陽の位置を見たい。

太陽そのものが描かれているのは、三点だった。

残る五点では、太陽は画面の外にある。

見えるのは、その光だけである。

太陽を描いた三点のうち一点は、油彩である。

額なしで47.6×99.2センチ。

幅が高さの二倍以上ある。

画面の下半分は、荒れた地面である。

土は白っぽく、掘り返された跡がある。

低い草が、まばらに生える。

中央から左へ、水の溜まった窪みがある。

奥には、木立が横一列に続く。

その上に、細い雲が幾筋も並ぶ。

雲は橙と桃色で、下から照らされている。

太陽は、木立のすぐ上にある。

小さく、白く光る。

館の記述によれば、この場所は泥灰土を掘る場である。

泥灰土は、土を改良する材として使われた。

つまり、これは作業場の風景である。

館の記録の技法欄が、変わっている。

紙に油彩で描き、それを厚紙に貼り、さらに合板に貼っている。

三層の支持体である。

ミュルサンの泥灰土採掘場、夕暮れ
アントワーヌ・シャントルイユ《ミュルサンの泥灰土採掘場、夕暮れ》1857年以後。館の記録では、紙に油彩、厚紙に貼り、合板に貼る。額なしで47.6×99.2センチ。番号は1980.245。クリーヴランド美術館蔵。アントワーヌ・シャントルイユ《ミュルサンの泥灰土採掘場、夕暮れ》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、水彩とグワッシュである。

紙は44×36.4センチ。

縦長の画面である。

画面の下半分に、赤茶の丘がある。

丘の面は、大きな筆で塗られている。

その上に、細い木が数本立つ。

木は黒に近い緑で、輪郭が鋭い。

上半分は、空である。

空は白と灰色で、雲が広がる。

雲の下のほうに、わずかな黄がある。

太陽は、丘の向こうに隠れている。

館の記録によれば、台紙に題が書かれていた。

その台紙は、いまは外されている。

書かれていた文字も、記録に残されている。

日が丘に沈む、という意味の言葉である。

しかも、同じ語が一度書かれて消され、また書かれている。

館は、その書き直しまで記録している。

丘に沈む夕日
アルフォンス・ルグロ《丘に沈む夕日》十九世紀後半。館の記録では、水彩とグワッシュ。紙は44×36.4センチ。番号は1969.276。クリーヴランド美術館蔵。アルフォンス・ルグロ《丘に沈む夕日》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、掛幅である。

画面は126.9×55.2センチ。

表装を含めると214.9×68.8センチになる。

二メートル十を超える。

画面には、切り立った岩山が積み上がる。

岩は輪郭線で描かれ、内側に細かい点が打たれる。

木は多く、幹と枝が入り組む。

中ほどに、小さな建物が見える。

上のほうに、書き込みがある。

館の記録は、その詩の訳を載せている。

会話と秋の色を楽しむうちに道を忘れた。

道は紅い木々と白い雲のあいだへ入っていった。

小道の跡が、僧たちの孤庵へ続いていた。

そういう内容である。

夕日そのものは、画面に描かれていない。

題にあるだけである。

秋の山の夕日
帆足杏雨《秋の山の夕日》1869年。館の記録では、掛幅。絹に墨と淡彩。画面126.9×55.2センチ。表装を含めて214.9×68.8センチ。番号は1976.151。クリーヴランド美術館蔵。帆足杏雨《秋の山の夕日》クリーヴランド美術館蔵

光だけが残る画面

太陽を描かない五点を見たい。

一点目は、油彩である。

全体で18.4×26.7センチ。

九点のなかで、いちばん小さい絵である。

画面の左に、大きな風車が立つ。

羽根は四枚で、細い骨組みが見える。

その右に、川が広がる。

川には、帆を張った舟が数艘いる。

帆は白く、光を受けている。

水面には、その帆が映る。

空は暗い灰色で、雲が厚い。

雲の下のほうだけ、黄色い帯がある。

日が沈んだ後の空である。

手前の岸には、小舟と杭がある。

人影も、わずかに見える。

館の記録に、記述の欄はない。

題に、夕暮れの語が入っているだけである。