夕方が八点、朝は一点——バンス・シャントルイユ・ビーチほか九点
日の出と日の入りは一日に二度だけ起きる。九点で数えると、夕方が八点で、朝は彫刻の一点だけだった。太陽が描かれるのは三点で、残りは光だけである。空の色は黄と橙で、赤はほとんど使われない。太陽の位置は、いずれも水平線のすぐ上にある。

日が沈み、水面が金色になる
一枚の油彩に、日没の海がある。
74×91.4センチ。
横長の画面である。
画面のほぼ全体が、金色と黄色でできている。
上のほうは、薄い黄に青が混ざる。
絵具は短く置かれ、点の集まりに見える。
中央のやや右に、大きな帆船がいる。
帆は三角形で、二枚立っている。
帆は黄と橙で、光を受けている。
船体は暗い。
その左に、町の輪郭が小さく見える。
塔と丸屋根が並ぶ。
いずれも金色に染まっている。
下半分は水面である。
水は空と同じ色を映す。
境目は、細い横線だけである。
つまり、画面の上下がほぼ同じ色になっている。
館の記録に、制作年はない。
記述の欄もない。
題は、地名と日没だけである。

日の出と日の入りは、一日に二度だけ起きる。
そのあいだ、光は横から来る。
横からの光は、影を長くし、色を変える。
だから絵にしやすい。
九点を並べて、その扱いを数えたい。
夕方が、八点を占めた
集めかたは、館の記録の題によっている。
日の出、日の入り、夕暮れ、暁にあたる語が入るものを拾った。
九点のうち、夕方が八点だった。
朝は、一点だけである。
これは、はっきりした偏りである。
理由は、いくつか考えられる。
一つは、画家が朝に外へ出にくいことだろう。
日の出は早い。
夏なら四時台に始まる。
もう一つは、夕方のほうが人が外にいることである。
働き終えた時間だから、場面が作りやすい。
そして三つ目に、言葉の問題がある。
夕暮れを指す語は、日本語にも英語にも多い。
夕方、宵、日没、黄昏。
朝を指す語は、それより少ない。
語が多ければ、題にも入りやすい。
夕日は、水平線の上にある
夕方の八点で、太陽の位置を見たい。
太陽そのものが描かれているのは、三点だった。
残る五点では、太陽は画面の外にある。
見えるのは、その光だけである。
太陽を描いた三点のうち一点は、油彩である。
額なしで47.6×99.2センチ。
幅が高さの二倍以上ある。
画面の下半分は、荒れた地面である。
土は白っぽく、掘り返された跡がある。
低い草が、まばらに生える。
中央から左へ、水の溜まった窪みがある。
奥には、木立が横一列に続く。
その上に、細い雲が幾筋も並ぶ。
雲は橙と桃色で、下から照らされている。
太陽は、木立のすぐ上にある。
小さく、白く光る。
館の記述によれば、この場所は泥灰土を掘る場である。
泥灰土は、土を改良する材として使われた。
つまり、これは作業場の風景である。
館の記録の技法欄が、変わっている。
紙に油彩で描き、それを厚紙に貼り、さらに合板に貼っている。
三層の支持体である。

二点目は、水彩とグワッシュである。
紙は44×36.4センチ。
縦長の画面である。
画面の下半分に、赤茶の丘がある。
丘の面は、大きな筆で塗られている。
その上に、細い木が数本立つ。
木は黒に近い緑で、輪郭が鋭い。
上半分は、空である。
空は白と灰色で、雲が広がる。
雲の下のほうに、わずかな黄がある。
太陽は、丘の向こうに隠れている。
館の記録によれば、台紙に題が書かれていた。
その台紙は、いまは外されている。
書かれていた文字も、記録に残されている。
日が丘に沈む、という意味の言葉である。
しかも、同じ語が一度書かれて消され、また書かれている。
館は、その書き直しまで記録している。

三点目は、掛幅である。
画面は126.9×55.2センチ。
表装を含めると214.9×68.8センチになる。
二メートル十を超える。
画面には、切り立った岩山が積み上がる。
岩は輪郭線で描かれ、内側に細かい点が打たれる。
木は多く、幹と枝が入り組む。
中ほどに、小さな建物が見える。
上のほうに、書き込みがある。
館の記録は、その詩の訳を載せている。
会話と秋の色を楽しむうちに道を忘れた。
道は紅い木々と白い雲のあいだへ入っていった。
小道の跡が、僧たちの孤庵へ続いていた。
そういう内容である。
夕日そのものは、画面に描かれていない。
題にあるだけである。

光だけが残る画面
太陽を描かない五点を見たい。
一点目は、油彩である。
全体で18.4×26.7センチ。
九点のなかで、いちばん小さい絵である。
画面の左に、大きな風車が立つ。
羽根は四枚で、細い骨組みが見える。
その右に、川が広がる。
川には、帆を張った舟が数艘いる。
帆は白く、光を受けている。
水面には、その帆が映る。
空は暗い灰色で、雲が厚い。
雲の下のほうだけ、黄色い帯がある。
日が沈んだ後の空である。
手前の岸には、小舟と杭がある。
人影も、わずかに見える。
館の記録に、記述の欄はない。
題に、夕暮れの語が入っているだけである。