作品を知る

犬は、画面のいちばん下にいる——ティントレット・春信・是真ほか九点

絵のなかの犬は、人の足もと、階段の下、地面の上にいる。上を歩く犬はいない。九点で、その高さを測りたい。館の記録は、犬について一言も書いていない場合が多い。犬の色は、九点のうち三点が黒である。名前に犬の語が入る一点も混じる。

思いやり
鈴木春信《思いやり》メトロポリタン美術館蔵

画面のいちばん下にいる

前の回で、曲面に置かれた絵を見た。

置き場所が、絵の形を決めていた。

今回は、画面のなかの位置である。

犬である。

絵のなかで、犬はほとんど下にいる。

人の足もと、階段の下、地面の上。

上を歩く犬はいない。

そして、たいてい小さい。

九点を並べて、その位置を確かめたい。

九点のうち二点には、犬がいない。

その理由も、あとで書く。

思いやり
鈴木春信《思いやり》1768年ごろ。館の記録では、木版画。紙に墨と色。高さ25.4センチ、幅18.6センチ。番号はJP870。メトロポリタン美術館蔵。鈴木春信《思いやり》メトロポリタン美術館蔵

版画である。

二五・四掛ける一八・六センチ。

館の写真には、左端に灰色の目盛が写り込んでいる。

第十五回で書いたとおり、色と大きさを確かめるための帯である。

画面には、縁側がある。

板の床が、右下から左上へ伸びる。

手すりがある。

その上に、女性が立つ。

薄い紅色の衣。

裾が長く、床に広がる。

顔は下を向いている。

そして、その足もとに、もう一人いる。

しゃがんだ人物である。

小さく描かれている。

子どもだろう。

さらにその手前、右下の隅に犬がいる。

黒い小さな犬である。

体を丸めている。

しゃがんだ人物のほうを向いている。

つまり、画面の右下の隅である。

いちばん低い位置にいる。

そして、いちばん小さい。

背景には、格子の建具がある。

左のほうに、庭のような場所が見える。

上部に、文字が並ぶ。

館の記録では、これは詩である。

第九回で、版画に添えられた詩について書いた。

そして、画面の上に字、下に犬。

この上下の配置は、偶然ではないだろう。

影のなかの犬

盆の提灯に灯を入れる
柴田是真《盆の提灯に灯を入れる》1860年ごろ。館の記録では、錦絵。紙に墨と色。23.2×16.2センチ。番号はJP2743。メトロポリタン美術館蔵。柴田是真《盆の提灯に灯を入れる》メトロポリタン美術館蔵

これも版画である。

二三・二掛ける一六・二センチ。

前の一点より、少し小さい。

こちらの写真にも、目盛の帯が写る。

画面には、女性が一人立つ。

濃い青の衣である。

模様が入っている。

髪を結い、簪を挿す。

そして、両手を上げている。

頭の上に、提灯がある。

四角い形で、赤と青の菱形が描かれている。

上に、飾りのようなものがついている。

つまり、提灯を吊り下げている最中である。

館の記録の題が、それを言っている。

盆の行事のための提灯である。

第九回で、季節の行事を描いた版画について書いた。

そして、その足もとに犬がいる。

黒い犬である。

小さく、前を向いている。

女性の裾のすぐ横にいる。

画面の下から三分の一ほどの高さである。

背景は無地である。

何も描かれていない。

つまり、人物と提灯と犬だけの画面である。

前の一点と同じで、犬は右下ではなく左下にいる。

だが、位置の高さは同じである。

人の膝より下である。

象牙の上の犬

メアリー・アール・ホイットロック
アラメンタ・ダイアンシー・ヴェイル《メアリー・アール・ホイットロック》1843年。館の記録では、象牙に水彩。10.7×8センチ。番号は2006.235.258。メトロポリタン美術館蔵。アラメンタ・ダイアンシー・ヴェイル《メアリー・アール・ホイットロック》メトロポリタン美術館蔵

細密画である。

一〇・七掛ける八センチ。

九点のなかで、いちばん小さい。

第十八回で、この形式について書いた。

象牙の薄い板に、水彩で描く。

館の写真には、額も写っている。

黒い板で、四隅が切り込まれている。

上に、金色の飾りがついている。

そのなかに、金の細い枠がある。

画面には、少女が立つ。

水色の衣である。

袖が短く、裾が膝の下まである。

白い靴下と、暗い色の靴。

髪は真ん中で分けられている。

背景は、緑と灰色である。

左に、手すりのようなものがある。

そして、少女の右手が下に伸びる。

細い棒を持っている。

鞭か、紐だろう。

その先、右下に犬がいる。

黒と白の小さな犬である。

少女のほうを向いている。

つまり、ここでも右下の隅である。

そして、少女の持つ棒が、犬とつながっている。

飼い犬であることを示す小道具である。

第十八回で、持ち物が人物を示すと書いた。

この一点では、犬そのものが持ち物に近い。

館の記録の題は、人物の名だけである。

犬の語は入っていない。

嵐と羊飼い

嵐を避ける羊飼いの少年たちと犬
トマス・バーカー《嵐を避ける羊飼いの少年たちと犬》1789年から1790年ごろ。館の記録では、カンヴァスに貼った紙に油彩。全体28.5×22.8センチ。額を含めて43.5×38.4センチ。番号は1956.9.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。トマス・バーカー《嵐を避ける羊飼いの少年たちと犬》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな油彩である。

二八・五掛ける二二・八センチ。

支持体が変わっている。

紙に描き、それをカンヴァスに貼っている。

第十五回で、この方法について書いた。

紙は傷みやすい。

だから、布に貼って補強する。

画面は暗い。

木立のなかである。

上のほうに、大きな木の幹と葉が広がる。

右には、岩か土手がある。

そして、中央に少年が立つ。

長い杖を持つ。

顔を上げて、上を見ている。

その左に、もう一人が座っている。

さらに左に、犬がいる。

こちらを向いて座っている。

淡い色の犬である。

つまり、三者が横に並んでいる。

立つ者、座る者、犬。

高さが順に下がる。

そして、犬がいちばん低い。

館の記録の題に、犬の語が入っている。

九点のうち、題に犬が入るのはこの一点だけである。

つまり、この犬は主題の一部である。

添え物ではない。

羊飼いと犬は、一組で働くからである。

群衆のなかの犬

病者を癒すキリスト
クリスティアン・ヴィルヘルム・エルンスト・ディートリヒ《病者を癒すキリスト》1742年。館の記録では、カンヴァスに油彩。89.2×105.1センチ。番号は85.9。メトロポリタン美術館蔵。クリスティアン・ヴィルヘルム・エルンスト・ディートリッヒ《病者を癒すキリスト》メトロポリタン美術館蔵

横長の絵である。

八九・二掛ける一〇五・一センチ。

全体に暗い。

背景は、洞窟のような空間である。

上のほうが闇に消える。

右のほうに、白い衣の人物が立つ。

腕を前に伸ばしている。

その周りに、大勢が集まる。

数えられないほどである。

三十人以上いるだろう。

そして、画面の下のほうに、横たわる人がいる。

白い布に包まれている。

運ばれてきた病者だろう。

その手前、画面のいちばん下に犬がいる。

淡い色の犬である。

横を向いて立っている。

そして、犬の右にも、もう一匹いるように見える。

暗くて判別しにくい。

つまり、この大人数の場面でも、犬は最下部にいる。

第十二回で、群像の構成について書いた。

大勢を描くとき、手前を空けなければ奥が見えない。

だから、画面の下は人の密度が低くなる。

そして、その空いた部分に犬が置かれる。

犬は小さいから、視界を遮らない。

そして、下にいるのが自然である。

つまり、構図の都合と、犬の習性が一致している。

総督の足もと

救い主に引き合わされる総督アルヴィーゼ・モチェニーゴ
ヤコポ・ティントレット《救い主に引き合わされる総督アルヴィーゼ・モチェニーゴ》おそらく1577年。館の記録では、カンヴァスに油彩。97.2×198.1センチ。番号は10.206。メトロポリタン美術館蔵。ヤコポ・ティントレット《救い主に引き合わされる総督アルヴィーゼ・モチェニーゴ》メトロポリタン美術館蔵

非常に横長である。

九七・二掛ける一九八・一センチ。

幅が二メートル近い。

高さの二倍以上ある。

第五回で、横長の画面について書いた。

壁の高い位置に掛けるための形式がある。

そして、この形は場面を横に並べるのに向く。

画面の中央に、石の階段がある。

その上に、赤い衣の人物がひざまずく。

館の記録によれば、これが総督である。

そして、その右に人々が並ぶ。

白や黄や青の衣を着ている。

左には、階段があり、その上に人が集まる。

上のほうに、雲と天使のような姿がある。

つまり、上下二層の構成である。

地上の人と、天上の姿。

そして、総督の前、階段の下に犬がいる。

黒に近い色である。

小さく、うずくまっている。

画面の中央よりやや左、いちばん下の段である。

館の記録の題には、犬の語がない。

主題は、総督が救い主に引き合わされることである。

犬は、その場面の付属物である。

だが、位置は決まっている。

権力者の足もとである。

第十八回で、持ち物が身分を示すと書いた。

犬もまた、そうした印として使われてきた。

犬を指す

素描帖より
トマス・サリー《素描帖より》1810年から1820年。館の記録の題は、倒れかかる男、犬のほうを指す男、そして木立のそばの柱に寄りかかる女を並べている。紙にインクと淡彩。22.9×29.2センチ。番号は53.182.15表。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《素描帖より》メトロポリタン美術館蔵

前の回でも、この作者の素描帖を見た。

同じ帖の、別の一葉である。

番号の枝番が違う。

二二・九掛ける二九・二センチ。

大きさは同じである。

紙は灰色に見える。

インクの線だけで描かれている。

一枚の紙に、いくつもの図が散らばる。

左上に、倒れかかる人物がいる。

体が斜めになり、腕が伸びる。

その下に、二人が組み合っている。

中央から右にかけて、立つ人物がいる。

腕を横に伸ばしている。

そして、左下に犬がいる。

二匹いるように見える。

線が少なく、輪郭だけである。

耳と尾と脚が読める。

館の記録の題が、犬を指す男と言っている。

つまり、腕を伸ばした人物が、犬を示している。

右のほうには、女性が立つ。

柱に寄りかかり、衣が長い。

こちらは、しっかり描き込まれている。

つまり、一枚の紙のなかで、描き込みの度合いが違う。

第十七回で、素描帖について書いた。

思いついた形を、その場で書き留める。

だから、完成度が揃わない。

そして、犬は左下にある。

紙の隅である。

ここでも、犬は下にいる。

犬のいない狩の道具

巻き上げ機つきの弩
ヨハン・ゴットフリート・ヘーニッシュ(父)《巻き上げ機つきの弩》。館の記録では、弩が1720年から1730年ごろ、巻き上げ機が1575年から1600年ごろ。館の記録では、鋼、胡桃材、鹿角、銅合金、麻、革、絹、金、鉄合金、羊毛。弩の長さ68.4センチ、幅75.8センチ、重さ6329グラム。番号は29.158.650。メトロポリタン美術館蔵。ヨハン・ゴットフリート・ヘーニッシュ(父)《巻き上げ機つきの弩》メトロポリタン美術館蔵

武器である。

弩と呼ばれる形式の弓である。

木の台に、鋼の弓が横向きに取りつけてある。

台の長さは六八・四センチ。

弓の幅は七五・八センチ。

重さは六三二九グラム。

六キロを超える。

台には、細かい象嵌がある。

館の記録が挙げる鹿角だろう。

白い模様が、台の全面に散る。

そして、巻き上げ機が付属する。

弦を引くための道具である。

第十八回で、弓を引く力について書いた。

強い弓は、手では引けない。

だから、歯車と紐で巻き上げる。

館の記録は、面白いことを書いている。

弩と巻き上げ機の年代が、百三十年ほど違う。

つまり、別々の時代のものが組になっている。

第十七回で、組物の年代差について書いた。

道具は、使えるかぎり使い続けられる。

そして、この一点に犬はいない。

装飾のなかにもいない。

では、なぜここに混ざったのか。

狩の道具だからである。

弩は、獣を撃つために使われた。

そして、狩には犬が伴う。

つまり、犬と結びつく品ではある。

だが、犬そのものは写っていない。

大きさの幅

九点の寸法を並べたい。

いちばん大きいのが、総督の一点である。

九七・二掛ける一九八・一センチ。

次が、群衆の一点で八九・二掛ける一〇五・一センチ。

次が、四人を描いた一点で四五・六掛ける六一・七センチ。

次が、羊飼いの一点で二八・五掛ける二二・八センチ。

素描帖と版画二点が、二十センチ台である。

そして、細密画が一〇・七掛ける八センチ。

つまり、面積で言えば二百倍以上の差がある。

そして、大きさと犬の描き込みに関係がある。

大きい二点では、犬が小さすぎて細部が読めない。

黒い塊、淡い塊にしか見えない。

小さい細密画では、犬の模様まで分かる。

黒と白の斑が見える。

第十五回で、大きさと描き分けについて書いた。

画面が大きくても、犬の実寸は変わらない。

犬は犬の大きさで描かれる。

だから、画面が大きいほど、犬の占める割合が小さくなる。

そして、細部が省かれる。

犬の高さを測る

七点の絵で、犬の位置を測りたい。

画面の下から、どのくらいの高さにいるか。

春信の一点は、下から五分の一ほどである。

是真の一点は、下から三分の一ほど。

細密画は、下から四分の一ほど。

羊飼いの一点は、下から三分の一ほど。

群衆の一点は、下から十分の一ほど。

総督の一点も、下から十分の一ほど。

素描帖は、下から四分の一ほど。

つまり、すべて下半分にいる。

そして、五点は下から三分の一より低い。

上半分に犬がいる絵は、九点のなかに一点もない。

これは当然のようだが、確かめる価値がある。

犬は四本足で、背が低い。

人が立っていれば、犬は膝より下にいる。

だから、絵でもそうなる。

つまり、絵は身体の高さをそのまま写している。

第五回で、画面のなかの高さについて書いた。

上にあるものは、遠いか、高いか、重要である。

下にあるものは、近いか、低いか、従属している。

犬は、そのうち低いに当たる。

そして、しばしば従属してもいる。

名前だけの犬

四人のドッグリブの人々
ジョージ・カトリン《四人のドッグリブの人々》1855年から1869年。館の記録では、厚紙に貼った台紙に油彩。全体45.6×61.7センチ。番号は1965.16.165。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョージ・カトリン《四人のドッグリブの人々》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

前の回でも、この作者の一点を見た。

同じ形式である。

四五・六掛ける六一・七センチ。

楕円に切り抜かれ、台紙に貼ってある。

上に、小さな札が貼られている。

画面には、四人が立つ。

横に並んでいる。

左から、若い男、年配の男、女性、そして子ども。

いずれも正面を向く。

衣は毛皮のように見える。

年配の男は、頭に羽根の飾りをつけている。

背景は淡い緑と青である。

地面と空だけで、何も描かれていない。

下部に、細い字が書かれている。

そして、この画面に犬はいない。

一匹もいない。

館の記録の題に、犬を意味する語が含まれている。

だが、それは人々の呼び名の一部である。

前の回でも、谷の名が花束だった一点があった。

同じことが、ここでも起きている。

固有名詞のなかに、普通の語が入っている。

そして、絞り込みはそれを拾う。

第十七回で、この問題について書いた。

語で絞ると、必ずこうした外れが混じる。

そして、外れは画像を見なければ分からない。

犬の色と大きさ

七点の犬を見比べたい。

黒い犬が三点。

春信の一点、是真の一点、総督の一点。

黒と白の犬が一点。

細密画である。

淡い色の犬が二点。

羊飼いの一点と、群衆の一点。

そして、素描帖は線だけで色がない。

つまり、黒が多い。

理由は、はっきりしている。

犬は小さく、下にいる。

そして、下は影になりやすい。

暗い色にすれば、影と馴染む。

明るい色にすると、目立ちすぎる。

第十三回で、画面のなかの明暗について書いた。

主題を明るく、周辺を暗くする。

犬は周辺である。

大きさも数えたい。

七点とも、犬は人物より小さい。

そして、多くは人物の頭の三倍ほどの長さである。

つまり、小型か中型の犬である。

羊飼いの一点だけが、やや大きい。

働く犬だからだろう。

誰の足もとか

七点の犬が、誰の足もとにいるかを見たい。

春信の一点は、しゃがんだ子どものそばである。

是真の一点は、女性の裾の横。

細密画は、少女の右下。

羊飼いの一点は、座る少年の横。

群衆の一点は、誰の足もとでもない。

画面の手前に、独立して立つ。

総督の一点は、ひざまずく総督の前。

素描帖は、腕を伸ばす男の先。

つまり、六点は特定の人物と結びついている。

そして、その多くが女性か子どもである。

七点のうち三点が、女性か少女の足もとである。

第十八回で、持ち物と性別の関係について書いた。

剣は男の持ち物として描かれた。

扇は、どちらも持った。

犬は、この九点では女性と子どものそばに多い。

ただし、羊飼いと総督の二点は男である。

つまり、決まりというほどではない。

働く犬と、飼われる犬の違いだろう。

三百年と五つの地域

九点の年を並べたい。

いちばん古いのが、一五七五年から一六〇〇年ごろの巻き上げ機。

次が、おそらく一五七七年の総督の一点。

次が、一七二〇年からの弩。

次が、一七四二年の群衆の一点。

次が、一七六八年ごろの版画。

次が、一七八九年ごろの羊飼い。

次が、一八一〇年からの素描帖。

次が、一八四三年の細密画。

次が、一八五五年からの四人の一点。

そして、一八六〇年ごろの版画。

つまり、三百年ほどの幅がある。

地域も広い。

イタリア、ドイツ、英国、米国、日本。

五つの地域にわたる。

それでも、犬の位置は変わらない。

どの絵でも、下にいる。

第十七回で、地域をまたぐ比較について書いた。

同じ扱いが各地で現れるとき、理由は身体にある。

犬の背の高さは、どこでも同じである。

犬が見えるまで

最後に、書いておきたいことがある。

九点のうち七点に犬がいる。

だが、そのうち何点かは、探さないと見つからない。

群衆の一点がそうである。

三十人以上が描かれた画面である。

犬は下の隅にいて、暗い。

総督の一点もそうである。

幅が二メートル近い画面である。

そのなかで、犬は数センチしかない。

館の記録は、犬について何も書いていない。

題にも、説明にも出てこない。

つまり、記録を読むだけでは、犬の存在が分からない。

前の回でも、同じことを書いた。

見えているものと、書かれていることは一致しない。

そして、犬のような細部は、まず書かれない。

だから、こうして九点を並べる意味がある。

画像を見て、位置を測り、色を数える。

記録に現れない共通点が、そこで初めて見える。

部門と技法

九点の部門を確かめたい。

欧州絵画部門が二点。

米国部門が二点。

アジア部門が二点。

武具部門が一点。

そして、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートが二点。

技法も並べたい。

カンヴァスに油彩が二点。

紙に描いて布に貼ったものが一点。

厚紙に貼った台紙に油彩が一点。

木版画が二点。

紙にインクと淡彩が一点。

象牙に水彩が一点。

そして、金属と木の組み合わせが一点。

つまり、九点で七つの技法にわたる。

前の回までと同じ広がりである。

そして、犬が現れるのは、絵と版画と素描だけである。

器や家具や武器の装飾には、この九点では出てこない。

第十八回で、刀装具の意匠を数えたときは、植物が多かった。

装飾には植物が向き、場面には動物が向く。

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