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絵のなかの橋——ファン・ゴッホ《春の釣り、クリシーの橋》とモネ《アルジャントゥイユの橋》

同じ川、同じ橋を、繰り返し描いた人

橋を描いた画家は、ゴッホだけではない。

むしろ、パリ近郊の川と橋は、印象派がもっとも多く描いた主題のひとつである。

アルジャントゥイユの橋
クロード・モネ《アルジャントゥイユの橋》1874年。油彩・画布。縦60センチ、横79.7センチ。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・モネ《アルジャントゥイユの橋》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

明るい絵である。空は青く、雲は白い。

水面は青と白の細かい筆で埋められ、帆船の白い帆が三角に立つ。

帆は二艘分。水面には、その白がそのまま縦に映り込んでいる。

画面の右から左へ、道路橋が渡っている。橋脚は円柱で、橋桁は水平である。

橋の向こうには対岸の家並みが小さく見える。屋根は赤く、壁は白い。

アルジャントゥイユはパリの北西、セーヌ川沿いの町である。

モネは1871年末からここに住み、1878年まで暮らした。

鉄道でパリから15分ほど。休日には舟遊びの人々が集まる場所だった。

この絵の橋は、普仏戦争で破壊されたあと、再建されたものである。

つまり、新しい橋だった。当時の人にとっては、復興のしるしでもあった。

もっとも、モネがそれを主題として意識していたかどうかはわからない。

絵のなかの橋は、記念碑らしい重さを持っていない。ごく普通に架かっている。

同じ橋を、モネは天気を変えて描いている。

曇りの日のアルジャントゥイユの橋
クロード・モネ《曇りの日のアルジャントゥイユの橋》1876年頃。油彩・画布。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・モネ《曇りの日のアルジャントゥイユの橋》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは灰色である。空は白く濁り、水面は鈍く光る。

小舟が二艘、手前に寄せられている。人の姿は小さい。

帆は畳まれている。舟遊びの日ではない、と読める。

橋の形はほとんど同じである。位置も、画面のなかでの高さも近い。

違うのは光だけだ、と言ってよい。

同じ対象を、条件を変えて何度も描く。のちの連作につながる態度である。

モネの連作については、別のコラムで詳しく扱った。

ここで確認しておきたいことがある。

橋は動かない。天気は動く。

動かないものを画面に置いておくと、動くものの変化がはっきり見える。

橋は、変化を測るための物差しとして働いている。

物差しがなければ、二枚の絵を並べても、違いが空の色だけに見えてしまう。

もうひとつ、この二枚には共通点がある。人がほとんど描かれていないことである。

橋の上にも、対岸にも、人影は見あたらない。

舟にわずかな影があるだけで、顔も服も判別できない。

風景画でありながら、主役は人ではなく、光と水である。

同じ場所を描いても、人を入れるか入れないかで、絵の性格は変わる。

モネはここで、人を入れない側を選んでいる。

線の高さを、どこに置くか

ここで、二枚のモネを見比べてみたい。

1874年の絵では、橋桁は画面のやや上寄りにある。

水面が広く取られ、帆と映り込みが主役になる。

1876年頃の絵では、橋はほぼ同じ高さにありながら、空の割合が増えて見える。

雲が低く垂れ、明るさが上から抑えられているためだと考えられる。

つまり、横線の位置だけでなく、その上下の明るさの配分が印象を決めている。

線を高く置けば、手前の水が広くなり、見る人の視線は下にとどまる。

線を低く置けば、空が広くなり、視線は上へ抜ける。

ゴッホのアニエールの絵では、橋は画面の中ほどよりやや上にあった。

水が広く、視線はしばらく水面をさまよう。そのあいだに筆跡が見えてくる。

構図の選択は、見る時間の設計でもある。

荷を積んだ舟と、煙

橋のある風景には、たいてい産業が写り込む。

ポントワーズの艀
カミーユ・ピサロ《ポントワーズの艀》1876年。油彩・画布。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・ピサロ《ポントワーズの艀》メトロポリタン美術館蔵

前景は暗い緑の木立である。葉が厚く重なり、光をあまり通さない。

その隙間から水面が見える。水には荷を積んだ艀が停まっている。

船体には赤と黒が使われ、画面のなかで強い色になっている。

煙突らしい細い縦の形も見える。舟は動力を持っていると考えられる。

ポントワーズはパリ北西の町で、ピサロが長く住んだ場所である。

オワーズ川が流れ、川沿いには工場と河港があった。

つまり、ここは行楽地ではない。働く場所である。

モネのアルジャントゥイユが休日の川なら、ピサロのポントワーズは平日の川である。

ピサロは、その働く水辺を繰り返し描いた。畑や市場も同じように描いている。

さらに14年後、彼はロンドンでも橋を描いている。

チャリング・クロス橋、ロンドン
カミーユ・ピサロ《チャリング・クロス橋、ロンドン》1890年。油彩・画布。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。カミーユ・ピサロ《チャリング・クロス橋、ロンドン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

淡い絵である。空は白く、水も白っぽい。

画面の中ほどを、鉄道橋が横に渡る。橋の上には低い建物の影が並ぶ。

対岸には塔や建物が霞んで見える。手前の水面には小舟が点々と浮かぶ。

ロンドンの霧のなかでは、遠くのものほど色を失う。

その失われ方を、ピサロは灰と白の段階で描き分けている。

近いものにはわずかに黄と桃色が残り、遠いものは灰一色に近づく。

パリ郊外の橋と、ロンドンの橋。町も国も違う。

しかし画面での役割は同じである。奥行きを区切り、水平をつくる。

橋を境に、手前は色があり、向こうは色が薄い。

その差が、そのまま距離の表現になっている。