絵のなかの橋——ファン・ゴッホ《春の釣り、クリシーの橋》とモネ《アルジャントゥイユの橋》
水辺を、点で描きはじめた人
同じアニエールの水辺を、別の方法で描いた画家がいる。

小さな板である。手のひらに乗る大きさと言ってよい。
草地は黄緑と橙の短い筆で埋められている。
一本ずつの筆跡が見える。混ぜずに、隣り合わせて置かれている。
手前には白い衣服が置かれ、人が横たわっている。
その向こうに水があり、遠くに橋のような横線が見える。
スーラはこの種の板絵を、屋外で何十枚も描いた。
そして画室で、大画面《アニエールの水浴》に組み立てた。
板絵は下絵であり、記録でもある。色と光の配置を、その場で確かめる道具だった。
ゴッホがクリシーの橋を描いたのは1887年である。
スーラの習作は、その3、4年前にあたる。
つまり二人は、ほぼ同じ川辺を、数年ちがいで見ていたことになる。
もっとも、二人が同じ場所に同時に立った証拠はない。ここは推測にとどめたい。
確かなのは、同じ郊外が、性格の違う二人の画家を引き寄せていたことである。

こちらも小さな板である。手前に舟が一艘、暗い調子で置かれている。
水面は灰と緑で、対岸は低く沈む。
明るさを抑えた画面である。のちの点描の華やかさはまだない。
若い画家が、川と光をどう扱うか手さぐりしている段階だと考えられる。
この二枚を並べると、変化の向きがわかる。
暗い調子から、色を分けて置く方法へ。数年でそこまで動いている。
スーラの習作については、別のコラムでも扱う。
川の絵を、もう一枚
同じ時期、オワーズ川を描いた画家もいる。

水は静かで、対岸の木立を映している。
画面の左寄りに白い帆が一枚立つ。空は水色で、雲は薄い。
構図は単純である。水平の帯が三本、重なっているだけとも言える。
水の帯、木立の帯、空の帯。その三つで画面ができている。
ここには橋がない。だからこそ、逆のことがわかる。
橋がない画面では、対岸の木立が横線の役を引き受けている。
つまり画家たちが必要としていたのは、橋そのものではない。
画面を横に区切る、はっきりした一本である。
橋は、その役をもっとも自然に果たす人工物だった。
しかも橋は、人が渡る場所である。人の気配を、無理なく画面に呼び込める。
シスレーの水辺については、別のコラムでも触れている。
江戸の橋も、横に長い
ここでもう一枚、まったく別の場所の橋を見ておきたい。

版画ではない。絹に描かれた掛軸である。
画面の上部に橋が横たわる。橋の上には小さな人影が並ぶ。
橋の左右には家並みが続き、右手には木立と社らしい屋根が見える。
水面は広い。手前は淡い墨だけで塗り残され、霞のように見える。
右下には葦が生え、水鳥が二羽浮かぶ。
構図を単純にすると、上に橋の横線、下に水の面、という二層になる。
ヨーロッパの川の絵と、構造がよく似ている。
ただし、水面の扱いは違う。ここでは水がほとんど描かれていない。
余白そのものが水になっている。筆を置かないことで、広さを出している。
1887年、ゴッホはパリで広重の版画を油彩に写している。
そのうちの一点は、雨のなかの大橋を描いた図であった。
つまり彼は、橋を横切らせる構図を、日本の版画からも受け取っていたことになる。
ここに掲げた掛軸は、その写しの元になった作品ではない。
広重が同じ主題をどう扱ったかを見るための、別の一点である。
日本の版画が西洋の絵に与えた影響は、別のコラムで扱った。
広重の雨と雪と夜については、こちらのコラムがある。
縦の線が、横の線を支える
ここまで横の線ばかり見てきた。縦の線にも触れておきたい。
モネの絵では帆柱が縦に立つ。ゴッホのモンマルトルでは街灯が三本立っていた。
ピサロのロンドンでは、対岸の塔がわずかに縦を作る。
横線だけの画面は、落ち着くが、動かない。
そこに短い縦が数本入ると、画面に呼吸が生まれる。
縦の線は、たいてい人が立てたものである。帆柱、街灯、煙突、塔。
自然の風景であっても、そこに人の営みが入ると、縦が現れる。
橋という主題は、その両方を一度に持ち込む。
橋桁の横と、橋脚の縦。人がつくった直交が、風景のなかに置かれる。
画家がこの主題を手放さなかった理由の一端は、そこにあると考えられる。
見に行く前に、線を数えておく
ここまで九点を並べてきた。すべて当サイトで公開している作品である。
いずれも権利表示を確かめたうえで扱っている。名古屋の出品作とは別の作品である。
そのうえで、ひとつの見方を提案したい。
秋に《跳ね橋》の前に立ったら、まず横の線を数えてみてほしい。
水面の線、対岸の線、橋桁の線。おそらく三本前後が見つかるはずである。
その線の高さが、画面のどのあたりに置かれているか。
高ければ水が広くなり、低ければ空が広くなる。
ゴッホがアルルで選んだ高さは、パリ郊外で選んだ高さと同じだろうか。
比べる材料は、この記事に並べた九点で足りる。
もうひとつ、筆の長さも見てほしい。
アニエールの水面では、筆はごく短く、方向がそろっていた。
南の光のもとで、それがどう変わるか。あるいは変わらないか。
絵を見るとは、細部を覚えることだけではない。
構造を測ること。同じ画家の別の絵と、静かに引き比べること。
そのための下ごしらえとして、川と橋の絵を見ておく価値はある。
なお会期と料金、休館日は変わることがある。
名古屋市美術館の公式サイトで、来場前に確かめてほしい。








