美術史・技法

宮廷肖像は誰に宛てて描かれたのか——37ミリの顔が語ること

顔以外に書かれていること

肖像が伝えるのは、顔立ちだけではない。フランソワ・クルーエによる《フランス王アンリ3世の肖像》を見てみたい。

フランス王アンリ3世の肖像
縦58ミリ、横44ミリ。青い地に、真珠の耳飾り、金のボタン、そして肩から斜めにかかる淡い青の綬。フランソワ・クルーエ《フランス王アンリ3世の肖像》メトロポリタン美術館蔵(CC0)

縦58ミリ、横44ミリ。これも手のひらに収まる大きさである。青い地を背に、王が斜めを向いている。

見るべきものが顔以外にいくつもある。まず耳に真珠。髪の上には宝石をあしらった小さな飾り。黒い上着には金のボタンが並ぶ。

そして肩から斜めにかかる、淡い青の綬である。アンリ3世は1578年に聖霊騎士団という騎士団を創設しており、その団員は青い綬で見分けられた。この綬もおそらくそれだろう。

だとすれば、この小さな画面には身分がいくつも書き込まれていることになる。王であること、その騎士団の長であること、それにふさわしい富を持つこと。

顔は、それらの情報を載せる台のようなものだ。誰の顔かを示しつつ、まわりの品々が肩書きを説明する。

現代の証明書に例えるなら、顔写真の隣に印字された所属や資格に当たる。読み取れる人にだけ意味が通じる記号が、画面のあちこちに置かれている。

逆に言えば、当時この絵を見た人は、私たちが気づかないものをいくつも読んでいたことになる。綬の色、宝石の種類、襟の形。それぞれが情報だった。

似せる、という技術の中身

「似ている」とは何かについても、少し考えておきたい。宮廷画家が売っていたのは、この技術である。

顔の似姿には、二つの水準がある。造作が正確であることと、その人らしく見えることだ。

この二つは一致しない。骨格を正確に写しても、印象が違う絵になることがある。逆に、造作を単純化したほうが似て見えることもある。

似顔絵が少ない線で似るのは、後者の原理による。特徴を選び、それ以外を捨てるほど、印象は際立つ。

宮廷肖像は、この二つを同時に要求される。相手に会ったときに間違えない程度に正確で、なおかつ格を損なわない程度に整っていること。

そして注文主の期待もある。実物より少し良く、しかし嘘にならない範囲で。

この匙加減を外すと、実務に支障が出る。婚姻の交渉で相手を落胆させれば、絵の責任として問われかねない。

現代の証明写真が「実物より少し良い」ものを求められるのと、心理としては同じである。四百年前から、人は自分の顔の扱いに敏感だった。

顔を複製する仕組み

もうひとつ、実務としての側面を見ておきたい。同じ顔の肖像が、どうやって何点も作られたのかという話である。

まず素描で顔を写す。宮廷画家の本業のひとつは、この記録を作ることだった。

次に、その素描を油彩に起こす。必要が生じるたびに、同じ素描から何度でも起こせる。

輪郭を写し取る方法も使われた。紙の輪郭線に沿って針で細かい穴を開け、その上から炭の粉を叩く。下の板に点線が写る。

これは版画の技術ではなく、工房の日常的な手続きである。同じ顔を、同じ形で、複数の板に移すための道具立てだった。

だから宮廷肖像には、判で押したように似た構図の作品が並ぶ。手抜きではなく、そういう生産の仕組みだったのである。

この事情は、作者を特定しにくくする原因にもなっている。誰の素描を、誰が油彩に起こしたのか。工房の中では、その区別が記録されないことも多い。

美術館の作者欄に「工房」「〜に帰属」といった書き方が並ぶのは、このためでもある。

複製されることを前提にすると、顔そのものも管理の対象になる。

もっとも徹底したのは、イングランドのエリザベス1世の宮廷だとされる。女王の肖像は、認められた原型に基づいて描くよう管理され、勝手な似姿の流布は望ましくないものとされた。

年齢を重ねても、公式の顔は若いまま保たれた。皺を描かない、という指示が実際に働いていたわけである。

顔が個人のものではなく、国家の道具になっている。ここまで来ると、肖像は広報物そのものだと言ってよい。

日本の武将の肖像や、近代の元首の写真を思い浮かべても、事情はさほど変わらない。公式の顔とは、管理された画像のことである。

大きさは、用途である

ここまで見てきた作品を、寸法で並べ直してみたい。

直径37ミリの円形細密画。縦58ミリの長方形の細密画。縦31センチの小さな板絵。そして縦156センチの騎馬像。

フランス王アンリ2世の肖像
《フランス王アンリ2世の肖像》は縦156センチ、横135センチ。同じ工房の細密画とは、置かれる場所も見る人も違う。フランソワ・クルーエ《フランス王アンリ2世の肖像》メトロポリタン美術館蔵(CC0)

同じ一族の工房が、これだけの幅を引き受けている。技術の問題ではない。宛先が違うのである。

細密画は個人に手渡される。板絵は部屋に置かれ、限られた人が見る。156センチの騎馬像は広間の壁に掛けられ、そこを訪れる全員が見上げる。

見る人数が増えるほど、顔は個人から遠ざかっていく。一対一で渡す品なら顔が主役でよいが、大勢に見せる絵では、王であること自体を伝えるほうが優先される。

寸法は、そのまま宛先の広さを表している。手渡す相手が一人なら小さく、大勢に見せるなら大きく。単純だが、当時の絵の作られ方を考えるうえで有効な物差しである。

美術館では、これらが同じ壁に並べて展示されることもある。だが本来、それぞれは違う場所に置かれ、違う人が違う距離で見ていた。

細密画は、本来なら手に取って傾けながら見る品である。ガラス越しに30センチ離れて眺めるのは、作られたときの見られ方とはかなり違う。

私たちが美術館で受け取っているのは、当時の見え方の一部でしかない。そう思って見ると、小ささそのものが情報として立ち上がってくる。