美術史・技法

宮廷肖像は誰に宛てて描かれたのか——37ミリの顔が語ること

贈られた顔の、その後

道具として作られた肖像は、役目を終えたあとどうなったのか。ここにも面白い経路がある。

まず、枠が替えられる。細密画は宝飾品でもあるので、持ち主が変われば金具ごと作り直されることがあった。

そして、絵そのものが切り縮められることもある。先ほど見たホルバインの細密画の記録には、縁が切り詰められていることが記されている。

新しい枠に収めるために、絵の端を切る。作品としてではなく、部品として扱われていた証拠である。

相続の目録に現れることもある。誰それの肖像、金の枠付き、というふうに、財産の一項目として記録される。

そこでは値段がつく。顔ではなく、枠の金と宝石に対する評価であることも多かっただろう。

やがて何代か下ると、描かれた人の名前が分からなくなる。目録の記載と実物が対応しなくなるからである。

こうして、外交と婚姻のために作られた顔は、装身具となり、財産となり、最後に「誰か分からない誰かの肖像」になる。

見る側にも技術が要った

当時の人がこれらの絵をどう見ていたかも、考えておきたい。読み取る側にも訓練が必要だった。

綬の色が何の騎士団を指すか。毛皮の種類が何を意味するか。襟の形がどの年代の流行か。

これらは説明されない。分かる人には分かる、という前提で置かれている。

Edward VI as a Child
ホルバイン《幼児のエドワード6世》。赤ん坊が右手を上げ、金の玩具を笏のように握る。下の銘板には、父を超えよと説くラテン語の詩が刻まれている。ハンス・ホルバイン(子)《Edward VI as a Child》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵(CC0)

この絵の場合、意味の一部は文字で書かれている。ラテン語が読めることも、当時の見る側に求められた技術のひとつだった。

つまり宮廷肖像は、読める人に向けて作られた文書である。誰にでも開かれた絵ではない。

私たちがこれらの絵を「よそよそしい」と感じるのは、宛先の外にいるからでもある。暗号の鍵を持たないまま、暗号文を眺めている状態に近い。

もっとも、鍵の一部はいまでも手に入る。綬や紋章の意味は調べれば分かるし、寸法から用途を推し量ることもできる。

読める範囲が増えるほど、この種の絵は面白くなる。美しさより先に、意味の層があると考えたほうがよい。

生きている人だけが描かれたわけではない

もうひとつの用途にも触れておきたい。死者の顔である。

亡くなった人の肖像を作ることは、当時よく行われていた。追悼のためであり、家系の記録のためでもある。

存命中の素描が残っていれば、そこから起こせる。宮廷画家が顔の記録を作り続けていたことが、ここでも効いてくる。

記録がなければ、遺体から型を取ることもあった。顔に石膏を当てて写し取る方法である。

生々しい話に聞こえるが、目的は感傷ではない。誰であるかを間違いなく残すための、実務的な手続きだった。

肖像とは、その人が居なくなったあとも顔を留めておく装置である。写真が普及するまで、これに代わる方法はなかった。

私たちがいま見ている宮廷肖像の多くも、描かれた人はとうにいない。それでも顔だけが残っているのは、装置として正しく働いた結果である。