作品を知る

舟は、水平線を示すために置かれる——広重・北斎・ターナーほか九点の遠景

幻想的風景
フランチェスコ・グアルディ《幻想的風景》1765年ごろ。館の記録では、布に油彩。不定形で155.6×273.1センチ。番号は41.80。メトロポリタン美術館蔵。フランチェスコ・グアルディ《幻想的風景》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、いちばん大きい。

幅が二メートル七十三センチある。

そして、寸法の欄に、不定形と書かれている。

画面の上端が、なだらかな弧を描いているためである。

四角ではない。

画面の左半分に、石の廃墟。

崩れた壁と、太い柱。

その中央に、大きな半円の門が開く。

門の向こうに、明るい空が見える。

手前に、小さな人影が数人。

右半分は、水である。

淡い青緑で、静かに広がる。

そこに、帆柱の高い船が二隻浮かぶ。

さらに右にも、小さな帆。

対岸に、低い建物の列。

空は水色で、白い雲が浮かぶ。

額の形が、画面の形になる

この一点の上端が弧を描いているのは、装飾のためである。

部屋の壁の、決まった位置に嵌め込むために作られた。

第十七回で扱った、家具や建物から外された絵と同じである。

置く場所が、画面の形を決めている。

そして、その形に合わせて構図が作られる。

弧の下がいちばん高いので、そこに空を置く。

左右の低い部分に、廃墟と建物を置く。

船は、その中間の高さに浮かぶ。

画面の形が変われば、船を置ける場所も変わる。

鍔
本荘義胤《鍔》19世紀。館の記録では、鉄・金・銅。高さ7センチ、幅6.8センチ、厚さ0.5センチ、重さ104.9グラム。番号は2012.528.2。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。本荘義胤《》メトロポリタン美術館蔵

刀の鍔である。

地は鉄で、赤黒い色をしている。

表面は平らではなく、細かい起伏がある。

中央に、細長い穴。

その左に、もう一つ楕円の穴。

上のほうに、細い線が斜めに何本も走る。

葦のようである。

その間に、鳥が三羽ほど。

いずれも小さく、輪郭だけである。

左下に、低く盛り上がった形がある。

舟らしい。

そして、右のほうに、細い金の線が一本。

金は、この一点だけである。

全体に、彫りがきわめて浅い。

光の角度を変えないと、形が読めない。

見えにくく作るということ

この鍔は、意図して見えにくく作られている。

地の色と、彫られた形の色が同じである。

高さの差だけで、形を示している。

腰に差した刀の鍔は、ふだんは目立たない。

近づいて、手に取り、光にかざしてはじめて見える。

そういう見られ方を前提にした作りである。

第十四回で読んだ小柄とは、方針が違う。

あちらは、金と銀で色をはっきり付けていた。

こちらは、色を消している。

同じ刀装具でも、見せ方が二通りある。

舟の中にいる

ここまでの五点は、船を外から見ていた。

次の一点は違う。

両国橋下の隅田川の舟遊び
喜多川歌麿《両国橋下の隅田川の舟遊び》1796年ごろ。館の記録では、木版画六枚続のうちの一枚、紙本着色。38.3×25.9センチ。番号はJP146。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《両国橋下の隅田川の舟遊び》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

画面の下半分に、木の板が斜めに並ぶ。

舟の床である。

その上に、女性が四人いる。

一人は身をかがめ、一人は座り、二人は身を寄せる。

衣は赤、黒、白で、大きな文様が入る。

髪は結い上げられ、櫛が挿さる。

画面の上のほうに、太い横木が渡る。

橋の裏側である。

その向こうに、水面と、小さな舟が数艘。

さらに遠くに、対岸の建物。

つまり、見ている位置が舟の上にある。

視点が舟の上にあると、水は見えない

舟の中から見ると、水面はほとんど見えない。

足もとは板だからである。

水が見えるのは、舷の外側だけになる。

この版画でも、水は画面の上のほうに細く覗くだけである。

代わりに、舟の床が画面の半分を占める。

板の並びが、斜めに走る。

その線が、奥行を作っている。

外から船を見る絵では、船が水面を示す。

中から見る絵では、船が床になる。

同じ船でも、視点が変われば役目が入れ替わる。

そして、記録の題には、六枚続のうちの一枚とある。

第十七回で扱った、続きものの一枚である。

左右にも同じ場面が続いていたはずである。

ヴェネツィア、サン・カッシアーノ運河
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、サン・カッシアーノ運河》1885年。館の記録では、生成りの簀の目のない紙に黒インクと鉛筆。31×23.3センチ。番号は99.38.3。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、サン・カッシアーノ運河》メトロポリタン美術館蔵

インクの線だけで描かれている。

縦長の画面である。

中央に、石の橋が架かる。

半円の孔が一つ。

その左右に、建物が立ち上がる。

窓が規則正しく並ぶ。

壁には、細かい線で影が引かれる。

橋の下、水面すれすれに、細長い舟が一艘。

先が高く反り上がっている。

人が一人、後ろに立っている。

舟の下に、水面の反射が短い線で示される。

水そのものは、ほとんど白いままである。

水を、線の間隔で描く

この一点で、水は白い紙のままである。

しかし、短い横線が何本か引かれている。

その線が、水の揺れを示す。

線の間隔が広いところは、水が静かである。

密なところは、波立っている。

線の濃さと数だけで、水面が作られている。

そして、舟の底の線が、水面の高さを決めている。

その線がなければ、水がどこにあるか分からない。

第一回で読んだ絵にも、同じ工夫があった。

板の木目が空に見えていたように、白い紙が水に見える。

見えていないものを、まわりから読ませている。

オマグアの村——舟のスケッチ
ジョージ・カトリン《オマグアの村——舟のスケッチ》1854年から69年。館の記録では、厚紙に貼った板紙に油彩。47.5×62.9センチ。番号は1965.16.280。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョージ・カトリン《オマグアの村——舟のスケッチ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

前の回でも、この画家の別の一点を見た。

同じく、楕円の枠が描かれている。

その外側は、灰緑色に塗られている。

楕円の中は、川岸である。

奥に、密な樹木の列。

その手前に、黄土色の平地。

そこに、人が大勢いる。

数十人が、点と線で描かれる。

いずれも一センチに満たない。

そして、画面の手前、下端に近いところに、細長い舟が一艘。

黒く、水に浮かぶ。

人が数人乗っている。

舟は、この絵でいちばん手前にある。