美術史・技法

作者の名が「散逸した写本の画家」である——インドの細密画九点

聖仙ヴィシュヴァーミトラを助ける少年時代のラーマとラクシュマナ、散逸したラーマーヤナの一葉
ナインスク《聖仙ヴィシュヴァーミトラを助ける少年時代のラーマとラクシュマナ、散逸したラーマーヤナの一葉》1780年ごろ。館の記録では、紙にインクと不透明水彩。縦24.5センチ、横35.4センチ。番号は1976.14。インド、パンジャーブ丘陵、カーングラー王国。メトロポリタン美術館蔵。ナインスク《聖仙ヴィシュヴァーミトラを助ける少年時代のラーマとラクシュマナ、散逸したラーマーヤナの一葉》メトロポリタン美術館蔵

同じ画家の名を持つ、別の一葉である。

こちらも横長で、横は同じ三五・四センチである。

縦だけ、わずかに短い。

画面は、白い建物の並ぶ町である。

二層の家が階段状に並び、そのあいだに人物がいる。

上のほうの窓から、人が顔を出している。

右下に、行列らしい一群。

左に、木と壁。

黒い縁が、画面を囲んでいる。

館の記録は、この二点の産地を書き分けている。

一方はグレール、他方はカーングラー王国。

近い地域だが、同じではない。

同じ画家の名で、産地が違う。

工房が移動したのかもしれないし、名が広く使われたのかもしれない。

館は、そこまで説明していない。

縦長の一葉と、四十年の幅

貴婦人と付き添いの女、散逸したラシカプリヤーの一葉
イブラーヒーム《貴婦人と付き添いの女、散逸したラシカプリヤーの一葉》1685年から1692年。館の記録では、紙にインクと不透明水彩。全体で縦24.1センチ、横14.3センチ。番号は1975.410.3。インド、ラージャスターン、ビーカーネール。メトロポリタン美術館蔵。イブラーヒーム《貴婦人と付き添いの女、散逸したラシカプリヤーの一葉》メトロポリタン美術館蔵

九点でいちばん細長い一葉である。

縦二四・一センチ、横一四・三センチ。

縦横の比が、およそ五対三になる。

画面の上半分に、赤い壁の建物がある。

その壁の上に、白い天蓋のようなものが見える。

下半分は、桃色の地である。

そこに、女性が二人立っている。

一人は長い衣、もう一人は肩掛けをまとっている。

右に、大きな木が一本。

左端に、緑の帯。

色は少なく、面がはっきりしている。

ラシカプリヤーは、恋の類型を分類した詩である。

館の記録は、その内容を括弧で補っている。

「恋する者の手引き」。

原題だけでは分からないので、意味を添えている。

写本の作者は、誰か

ドヴァーラカーへ向かうクリシュナと乙女たち
サー・ナーナー《ドヴァーラカーへ向かうクリシュナと乙女たち》1520年から1530年ごろ。館の記録は、題にバーガヴァタ・プラーナの一葉と添える。館の記録では、紙にインクと不透明水彩。画面は縦17.1センチ、横22.9センチ。紙は縦17.8センチ、横23.8センチ。番号は1972.238。メトロポリタン美術館蔵。サー・ナーナー《ドヴァーラカーへ向かうクリシュナと乙女たち》メトロポリタン美術館蔵

はじめに見た《ナンダとヴァスデーヴァ》と、紙の寸法が同じである。

縦一七・八センチ、横二三・八センチ。

同じ写本の別の葉である可能性が高い。

ただし、作者の欄は違う。

一方は「散逸したバーガヴァタ・プラーナの画家」。

他方は「サー・ナーナー」という名である。

同じ写本を、複数の画家が分担して描いていたのだろう。

一人が名を残し、他は残さなかった。

そして、名を残さなかった画家には、写本の名から作られた呼び名が与えられた。

画面は、やはり上下二段である。

上に、赤い地と人物。

下に、青緑の地と、行列。

右端に、白い建物が縦に伸びる。

輪郭は太く、色は面で置かれる。

前の一葉と、同じ様式である。

文化の欄にも、同じ語がある。

「初期ラージプート、チャウラパンチャーシカー様式」。

様式の名が、そろっている。

亡くなった年が、紀元前である

カルパ・スートラの一葉
バドラバーフ《カルパ・スートラの一葉》15世紀。館の記録は、作者の欄に紀元前356年ごろ没の人物名を置く。紙にインク、不透明水彩、金。71葉の平均で縦11.4センチ、横28.9センチ。番号は57.51.38.1。インド、グジャラート。メトロポリタン美術館蔵。バドラバーフ《カルパ・スートラの一葉》メトロポリタン美術館蔵

この一葉の記録には、目を引く点が二つある。

一つは、作者の欄である。

紀元前三五六年ごろに没した人物の名が入っている。

十五世紀の一葉なのに、である。

これは、写本の内容を書いた人の名である。

絵を描いた人ではない。

インドの写本では、著者と写字生と絵師が別である。

館は、その著者を作者の欄に置いた。

前の回に見た中国絵画の伝称とは、事情が違う。

伝えられた画家名ではなく、書物の著者名である。

読む側は、その区別に気をつけたい。

もう一つは、寸法の欄である。

「一から七一までの平均」と断り書きがある。

つまり、この写本は七十一葉あり、一葉ずつではなく平均の寸法が書かれている。

番号も、五七・五一の三八の一である。

三八までが写本、その先の一が葉の番号にあたる。

七十一葉が、一つの写本として館に入っている。

そして、その一葉ずつに枝番が付いている。

前の回に見た画帖と、同じ作りである。

画面は、横に長い。

縦一一・四センチ、横二八・九センチ。

縦横の比が、およそ一対二・五である。

これは、椰子の葉に書いていた時代の形をそのまま残している。

紙に替わっても、判型は変わらなかった。

左の四分の三は、赤い罫線を引いた文字である。

右の四分の一に、青い地の小さな絵がある。

金が、細部に使われている。

色は、面で置かれる

九点の技法の欄は、ほとんど同じである。

紙にインクと不透明水彩。

一点だけ、これに金が加わる。

不透明水彩は、下の色を覆う絵具である。

前に見た西洋の素描で使われていた白のグワッシュと、性質は近い。

この絵具を使うと、色は面になる。

塗り重ねても、下が透けない。

だから、輪郭を引いて、その内側を一色で埋めることができる。

九点の画面は、どれもその作りである。

赤い地、緑の地、橙の地、桃色の地。

一つの場面が一つの色を持ち、隣の場面が別の色を持つ。

色そのものが、場面の仕切りになっている。

十六世紀の二点では、この作りがとくにはっきりしている。

上の段が赤、下の段が青緑。

境目に線はない。

色が変わるところが、そのまま境目である。

十八世紀のパンジャーブ丘陵の二点では、事情が変わる。

緑が手前と奥で濃さを変え、空が水色になる。

奥行きが作られている。

同じ「紙にインクと不透明水彩」でも、二百年で扱いが変わっている。

技法の欄は同じでも、絵の作りは同じではない。