道が、奥へ入っていく——広重・北斎・バルビゾンの画家ほか九点
道は、見る側を絵のなかへ引き込む。手前で広く、奥で細くなる。その細り方が、距離を決める。九点で、道の消え方を読みたい。曲がる道と、まっすぐな道では、伝わる距離が違う。道の上を歩く人が、距離の目安になっている。

目を、奥へ運ぶ線
前の回で橋を見た。
橋は、画面を横切る線だった。
今回は道である。
道は、橋と違って奥へ伸びる。
そして、曲がることができる。
その二つの性質が、絵のなかで奥行を作る。
九点を並べて、道が何をしているかを読みたい。

きわめて簡素な頁である。
第二十六回で読んだ写生帖の、別の一枚である。
画面の下端から、二本の線が引かれている。
左下と右下から始まり、上へ向かって近づいていく。
そして、画面の中ほどで一点に交わる。
その一点より上には、何もない。
つまり、道である。
手前で広く、奥で狭くなる。
そして、その道の上に、格子の構造が横に架かっている。
橋である。
細かい斜めの線で、鉄の骨組みが示される。
それ以外、何も描かれていない。
木も、人も、空もない。
遠近法の図そのもの
この頁は、風景を写したものではない。
道がどう見えるかを、線で確かめたものである。
二本の線が一点に集まる。
これが、一点透視という作図法の骨格である。
第十七回で、この方法を扱った。
床と天井と柱の線が、画面の奥の一点に集まる形式である。
この頁は、その一点だけを取り出している。
そして、そこに橋を渡した。
道は奥へ行くほど狭くなるが、橋は横に架かるので幅が変わらない。
二つの線の性質が、一枚に並んでいる。
写生帖の頁だから、完成した絵ではない。
しかし、道が絵のなかで何をするかを、これほど端的に示す一枚も少ない。
曲がらない道

横長の小さな板絵である。
画面の中央に、道が奥へまっすぐ伸びる。
手前で広く、奥で細くなる。
色は淡い黄土色。
その両側に、木が並ぶ。
右手の木は暗く、密である。
左手の木は細く、間隔が空いている。
道の奥、いちばん細くなったあたりに、小さな人影が二つ。
そのさらに奥は、白い空と地面の境である。
空は灰青色で、雲が薄く広がる。
画面の上半分を占める。
前の頁の線図に、木と空と人を足すと、この絵になる。
構造は同じである。
道の幅が、奥行を測る
道が奥へ行くほど細くなる。
その細くなり方が、奥行の速さを示す。
急に細くなれば、急に遠ざかる。
ゆるやかに細くなれば、なだらかに続く。
この一点では、細くなり方が急である。
だから、道の先が遠く感じられる。
そして、道の奥に人を置く。
前の回で書いたとおり、人は大きさの目盛りである。
道の幅と人の大きさが、同時に奥行を示す。
二重の目盛りになっている。
曲がる道

こちらの道は、まっすぐではない。
画面の右下から始まり、左へ曲がりながら奥へ向かう。
色は淡い桃色がかった土の色。
その左側に、大きな木が二本立つ。
一本は葉が茂り、暗い。
もう一本は細く、枝だけが見える。
右側にも、木が並ぶ。
道の上に、人が二人と犬が一匹。
いずれも小さい。
奥へ向かって歩いている。
空は灰色で、雲が厚い。
画面の上半分を占める。
左下に、署名がある。
曲がることで、時間が生まれる
まっすぐな道と、曲がる道の違いは何か。
まっすぐな道では、目が一気に奥まで行く。
曲がる道では、目が曲線をたどる。
その分、時間がかかる。
そして、曲がった先が見えない。
見えないことが、その先への関心を生む。
前の一点では、道の終わりが見えていた。
この一点では、木の陰に隠れている。
同じ道でも、見えるか隠れるかで、絵の性格が変わる。
歩いている二人は、その隠れた先へ向かっている。
見る側の目も、そこについて行く。

縦長の版画である。
画面の左下から右上へ、道が斜めに走る。
坂になっている。
その道の上に、人がいる。
数人が、荷を担ぎ、笠をかぶって歩く。
一人は、駕籠を担いでいる。
道の左側に、茶屋らしい建物が並ぶ。
黄色い屋根と、赤い縁。
道の右側は、崖である。
その下に、青い海が広がる。
海には、白い帆の船が三艘。
さらに小さな舟が数艘。
対岸に、緑の岬が伸びる。
上端は、桃色の空。
右上に、題箋がある。
撮影の帯が、写り込んでいる
広重の版画の画像には、下端に細長い帯が写っている。
黒から白へ、段階的に明るさが変わる目盛りである。
その下に、数字と目盛りの列。
寸法を測るための定規でもある。
第十八回で、こうした撮影の道具について何度か書いた。
色見本の帯、方眼紙、階調表。
いずれも、記録のための撮影で使われる。
作品だけを撮るのではなく、色と明るさと大きさの基準を一緒に写す。
そうしておけば、後から色が正しいかを確かめられる。
版画は退色しやすい。
とくに紅は、光に当たると褪せる。
いま画面の上端が桃色に見えているのも、もとはもっと濃かったかもしれない。
階調表と定規が一緒に写っているのは、そのための備えである。
作品の像であると同時に、測定の記録でもある。
縦の版画に、道を描く
広重の一点は、縦長である。
九点のうち、縦長はこの一点と、線図の頁だけである。
縦長の画面に、奥へ伸びる道を描くのは難しい。
道は横に広がるものだからである。
そこで、この版画は道を斜めにした。
左下から右上へ走らせる。
すると、縦の画面でも道の長さが取れる。
さらに、その斜めが坂を意味することになる。
一石二鳥の工夫である。
そして、道の右側を崖にして、海を覗かせている。
縦の画面の上半分に、海と空を入れる余地が生まれる。
画面の形が、構図の選択を強いている。
第十七回で、判型と構図の関係を何度か書いた。
同じことが、ここでも起きている。