作品を知る

道が、奥へ入っていく——広重・北斎・バルビゾンの画家ほか九点

斜めの道は、坂である

前の二点では、道が奥へまっすぐ伸びていた。

この一点では、道が斜めに走る。

そして、それは坂を意味している。

道の左端と右端の高さが違う。

その差が、傾きになる。

平らな道を描くなら、道の両側の線は水平に近くなる。

坂を描くなら、斜めに傾ける。

そして、歩いている人の姿勢が、傾きを裏づける。

上る人は前かがみになる。

下る人は後ろへ体を引く。

この版画でも、人の重心がわずかに前後している。

道の角度と、人の姿勢。

二つが一致していないと、坂に見えない。

赤い道、サン・プレ
アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー《赤い道、サン・プレ》1915年。館の記録では、厚紙に貼った紙に油彩。27.3×36.2センチ。額を含めて55.3×46.4×4.8センチ。番号は2004.140.40。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー《赤い道、サン・プレ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点のなかで、いちばん形が崩れている。

色の塊が、画面いっぱいに置かれている。

緑、青、紫、桃色、黄色。

いずれも大きな筆で、一気に塗られている。

輪郭の線はない。

そして、画面の中央から下へ、赤みを帯びた帯が走る。

幅が広く、下へ行くほど広がる。

これが道である。

題にも、赤い道、と入っている。

その両側に、緑と青の塊。

木だろう。

上のほうに、黒い線が数本。

枝か、建物の一部か、判別できない。

どこまで省いても、道に見えるか

この一点で、道は色の帯にすぎない。

轍も、路肩も、砂利も描かれていない。

それでも道に見える。

理由は二つある。

一つは、上が狭く下が広いこと。

奥へ行くほど細くなる形が、道の合図になる。

もう一つは、両側に別の色があること。

道と、その脇のものが分かれている。

この二つがあれば、道に見える。

前の一点の版画では、道に人と建物と崖が付いていた。

情報が多い。

こちらは、それを全部落としている。

そして、それでも通じる。

第一回で、五ミリの人影が目盛りになると書いた。

道も同じで、必要な情報はきわめて少ない。

道が見えない、道の絵

次の二点は、題に道が入っている。

しかし、画面に道が見えない。

カルワリオへの道
クロード・デリュエの周辺《カルワリオへの道》1615年から20年。館の記録では、銅板に油彩。34.4×41.8センチ。額を含めて57.8×64.5×4.4センチ。番号は1996.143.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・デリュエの周辺《カルワリオへの道》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

まず、画面の形が変わっている。

八角形である。

四隅が切り落とされている。

そして、支持体が銅板である。

銅に油彩を描く技法は、十七世紀の前半に流行した。

表面が滑らかなので、細かい描写ができる。

画面には、人が大勢いる。

数十人が、画面いっぱいに詰まっている。

中央に、太い横木を担いだ人物。

そのまわりに、槍を持つ兵士。

馬に乗った人物も見える。

手前には、うずくまる女性たち。

赤、青、黄の衣が並ぶ。

奥に、崩れた建物と、青い空。

そして、道はどこにも見えない。

人で埋まっているからである。

人の列が、道になる

この絵で、道は人の並び方で示されている。

画面の左奥から右手前へ、人の群れが帯を作る。

その帯が、道の位置を示す。

つまり、道そのものは描かれていないが、そこを人が通っていることは分かる。

前の三点では、道が空いていた。

だから、線として見えた。

こちらは、道が埋まっている。

だから、線が見えない。

同じ道でも、混んでいるかどうかで見え方が変わる。

そして、混んでいる絵のほうが、出来事を伝える。

空いている道は、風景である。

埋まっている道は、事件である。

カルワリオへの道
ハウスブックの画家《カルワリオへの道》1475年から80年。館の記録では、生成りの簀の目紙にドライポイント、黒。画面12.9×19.3センチ。番号は1958.299。ドイツ。シカゴ美術館蔵。ハウスブックの画家《カルワリオへの道》シカゴ美術館蔵

線だけの版画である。

前の一点と、同じ場面を描いている。

しかし、作り方がまるで違う。

中央下に、人物が倒れている。

その上に、太い横木が斜めに載る。

まわりに、兵士が数人。

槍と、旗竿が斜めに立つ。

右に、馬に乗った人物。

いずれも、細い線の集まりで描かれる。

輪郭線と、影の斜線。

色はない。

そして、背景には岩と草がわずかに描かれるだけである。

こちらも、道は見えない。

銅の板と、金属の版

この二点は、どちらも金属に関わる。

一点は、銅の板に絵具で描いたもの。

もう一点は、金属の版を彫って刷ったもの。

記録の技法の欄に、ドライポイントとある。

版の面を、鋭い針で直接ひっかく技法である。

ひっかいた縁に、金属のささくれが残る。

そこにインクが溜まり、線が柔らかくにじむ。

そして、刷るたびにささくれが潰れる。

だから、刷れる枚数がきわめて少ない。

数十枚で線が痩せる。

第十五回で、同じ図柄が何枚も刷られる話を書いた。

この技法だけは、例外に近い。

ほとんど一点ものに近い版画である。

街路という道

吉原の街の場面
菱川師宣《吉原の街の場面》1680年ごろ。館の記録では、木版画、紙本墨摺。25.7×38.6センチ。番号はJP809。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。菱川師宣《吉原の街の場面》メトロポリタン美術館蔵

墨だけの版画である。

第十七回で読んだ、同じ画家の別の一点と同じ形式である。

画面の左に、二階建ての建物が斜めに立つ。

一階は格子で仕切られている。

その格子の向こうに、人が座っている。

二階には、縁があり、そこにも人がいる。

建物の線が、左上から右下へ斜めに走る。

その線が、奥行を作っている。

そして、右下の空いた部分が、街路である。

そこに、人が七、八人歩いている。

いずれも輪郭線だけで描かれる。

笠をかぶった人、手を振る人、しゃがむ人。

道の面には、何も描かれていない。

白いままである。