美術史・技法

展示歴の欄に、何が並ぶか——シカゴ美術館

都市名、会場名、展覧会の題、会期、目録番号。展示歴は、この五つの要素の繰り返しでできている。同じ絵が、時代ごとに違う題で呼ばれてきた記録も残る。一点の絵が百年かけて動いた跡を、長い欄から読みたい。日本を巡回した一点も、会期まで残っている。

ゼラニウムのある静物
アンリ・マティス《ゼラニウムのある静物》シカゴ美術館蔵

展示歴という欄

美術館の記録には、展示歴という欄がある。

その作品が、これまでどの展覧会に出たかを並べたものだ。

九点の展示歴を読むと、書き方がそろっている。

まず都市の名。次に会場の名。

そして展覧会の題と、会期の日付。

最後に、目録の番号が添えられる。

一件が、この五つの要素でできている。

九点の欄には、それが数十件ずつ並ぶ。

いちばん長い欄では、五千字を超える。

一点の絵が、百年以上のあいだに動いた記録である。

題が、その都度変わる

展示歴を読んでいて驚くのは、題の扱いである。

各件の末尾に、こういう注記が付くことがある。

その展覧会では、こういう題で出された、という記述だ。

ある一点では、その注記が何度も現れる。

ゼラニウム。静物。静物、ゼラニウム。

ゼラニウムの鉢と果物のある静物。

同じ絵が、展覧会ごとに違う題で呼ばれている。

館の記録は、その全部を書き留めている。

いまの題に統一すれば、欄は短くなる。

しかし、それでは過去の文献と照合できない。

ゼラニウムのある静物
アンリ・マティス《ゼラニウムのある静物》1906年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦100.3センチ、横81.5センチとされる。番号は1932.1342。シカゴ美術館蔵。アンリ・マティス《ゼラニウムのある静物》シカゴ美術館蔵

台の上に、鉢植えのゼラニウムが置かれる。

鉢は褐色で、細い茎が上へ伸びる。

葉は緑と黄で、丸く広がる。

赤と桃色の花が、点々と咲く。

その左に、白い小さな像が横たわる。

右にも、別の白い像が置かれる。

いずれも人体の形をしている。

台の手前には、赤い実が数個並ぶ。

白い器と、青い模様のある壺も見える。

背景は青と緑で、筆の跡が粗く残る。

輪郭線は青や黒で引かれる。

色は輪郭からはみ出す。

面と線が、わざとずらされている。

年も、その都度変わる

題だけでなく、年も変わる。

同じ一点が、ある展覧会では1905年の作とされる。

別の展覧会では1908年とされる。

さらに別の場所では、1906年ごろとされる。

いまの記録は1906年としている。

つまり、判断は何度も動いてきた。

その動きが、展示歴の欄に残っている。

作者の欄や年の欄には、最新の判断しか書かれない。

過去の判断は、展示歴の中にだけ見える。

別の記事で、行が動かないことの意味を書いた。

展示歴の欄は、動いた跡を保存する場所でもある。

黄色い椅子のセザンヌ夫人
ポール・セザンヌ《黄色い椅子のセザンヌ夫人》1888年から1890年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦80.9センチ、横64.9センチとされる。番号は1948.54。シカゴ美術館蔵。ポール・セザンヌ《黄色い椅子のセザンヌ夫人》シカゴ美術館蔵

女性が、椅子に腰かける。

体は正面をやや外し、顔もこちらを向く。

髪は中央で分けられ、後ろでまとめられる。

顔は面長で、目は大きい。

表情は動かず、こちらを見ているようで見ていない。

衣は暗い赤褐色で、上から下まで一続きである。

袖は長く、手首で終わる。

両手を膝の上で組む。

椅子は黄土色で、背もたれに模様が入る。

背景は緑がかった灰色で、平らである。

右には、壁の縁らしい線が横に走る。

絵具は面として置かれ、輪郭が硬い。

「おそらく」が、展示歴にも入る

展示歴の各件の頭に、留保の語が付くことがある。

おそらく、この展覧会に出た、という書き方である。

古い図録に載っている作品が、この一点かどうか確定できない。

同じ画家の似た主題の作品が複数あれば、判別は難しい。

だから「おそらく」を頭に置く。

九点の欄にも、この語が何度か現れる。

年の欄や作者の欄と、同じ道具である。

館の記録は、どの欄でも同じ姿勢を取る。

確かなことと、そうでないことを書き分ける。

展示歴のような長い欄でも、その原則は崩れない。

一件ずつに、確からしさの段階が付いている。

目録番号が、書かれる理由

展示歴の各件には、目録の番号が添えられる。

その展覧会の図録で、何番として載ったかである。

番号があれば、図録を開いて確かめられる。

図録には、当時の解説や図版が載っている。

つまり、目録番号は文献への入口になる。

一方、番号のない件もある。

そういう場合は、図録がなかったと注記される。

図録のない展覧会は、記録が残りにくい。

館は、その差も書き分けている。

図録の有無まで書くのは、後の調べのためである。

ムーラン・ド・ラ・ギャレット
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》1889年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦88.5センチ、横101.3センチとされる。番号は1933.458。シカゴ美術館蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》シカゴ美術館蔵

室内の場面である。

手前に、木の柵と長椅子がある。

その手前に、女性が二人座る。

一人は横顔を見せ、帽をかぶる。

もう一人は、赤い髪をまとめる。

右には、黒い上着の男が座る。

肘を台に置き、こちらを見ない。

台の上に、白い皿が二枚置かれる。

背後には、大勢の人が集まる。

踊る人、立ち話をする人。

いずれも輪郭だけで描かれる。

色は褐色と緑に沈む。

手前の三人だけが、はっきりと描かれる。

描かれた年に、もう展示されている

いま見た一点の展示歴は、1889年から始まる。

制作年も1889年である。

つまり、描かれた年のうちに展覧会へ出ている。

同時代の画家では、こういうことが起きる。

描いてすぐ発表し、評価を受ける。

一方、九点の中には、そうでないものもある。

十九世紀半ばの作品で、最初の展示が二十世紀という例もある。

制作年と、最初の展示の年。

二つの差を見ると、その作品がいつ人目に触れたかが分かる。

差が大きければ、長く私的な場所にあったということだ。

サント=アドレスの浜
クロード・モネ《サント=アドレスの浜》1867年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦75.8センチ、横102.5センチとされる。番号は1933.439。シカゴ美術館蔵。クロード・モネ《サント=アドレスの浜》シカゴ美術館蔵

横長の画面に、浜と海が広がる。

手前は白い砂利の浜である。

浜に、黒い小舟が引き上げられる。

舟の周りに、人が数人立つ。

一人は白い服、一人は黒い服を着る。

中景には、青い海が横たわる。

海の上に、帆が二つ見える。

左奥には、低い崖が伸びる。

崖の上には、白い建物が並ぶ。

空は画面の半分を占める。

雲は灰色と白で、厚く重なる。

砂利の一粒ずつが、細かい点で描かれる。

移動した展覧会は、続けて書かれる

展示歴には、巡回展の書き方がある。

最初の会場を書いたあと、次の会場を続けて書く。

都市名と会場名と会期だけを、簡潔に足す。

一つの展覧会が、三つの都市を回ることもある。

九点の中には、日本を回った例もある。

東京、福岡、京都。

1985年から1986年にかけての巡回である。

そのときの会期まで、記録に残っている。

日本で公開された絵が、いまシカゴにある。

そういうことも、展示歴の欄から分かる。

ロンシャンの競馬
エドゥアール・マネ《ロンシャンの競馬》1866年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦44センチ、横84.2センチとされる。番号は1922.424。シカゴ美術館蔵。エドゥアール・マネ《ロンシャンの競馬》シカゴ美術館蔵

横長の画面に、競馬場が描かれる。

中央に、馬の一団がこちらへ走ってくる。

馬は褐色と黒で、脚が伸びる。

騎手の色とりどりの上着が見える。

正面から見た構図のため、奥行きが強い。

左には、観客が柵の向こうに並ぶ。

いずれも小さく、輪郭だけで描かれる。

右にも、人の群れが続く。

奥には、木立と緑の丘が広がる。

さらに奥に、白い建物と塔が見える。

空は青灰色で、雲が横に流れる。

筆は速く、形が溶ける。

会期が、日まで書かれる

展示歴の会期は、日まで書かれることが多い。

何月何日から、何月何日まで。

年だけでは足りない理由がある。

同じ年に、同じ館で複数の展覧会が開かれるからだ。

日付があれば、どの展覧会かが特定できる。

また、作品がいつ館を離れていたかも分かる。

貸し出しの期間が、正確に追える。

来歴の欄では、年だけの記載が多かった。

展示歴のほうが、日付が細かい。

これは、記録の残り方の違いによる。

展覧会には、必ず会期の告知がある。

売買には、そういう公の記録がない。

欄によって、書ける細かさが違う。

一九三三年の展覧会が、四点に出てくる

九点の展示歴を読み比べると、同じ展覧会が繰り返し現れる。

シカゴで1933年に開かれた大きな展覧会である。

翌年にも、続きの展覧会が開かれている。

九点のうち四点が、その二つに出品されている。

館の収蔵品が、まとめて展示された機会だったのだろう。

同じ展覧会名が複数の作品の欄に出てくると、そこに一つの出来事があったと分かる。

展示歴を横断して読むと、館の歴史が浮かぶ。

一点ずつ読んでいては、気づかない。

複数の欄を並べて、はじめて見えることである。

ムーカンにて
ウィリアム・グラッケンズ《ムーカンにて》1905年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦122.4センチ、横92.1センチとされる。番号は1925.295。シカゴ美術館蔵。ウィリアム・グラッケンズ《ムーカンにて》シカゴ美術館蔵

飲食店の一角が描かれる。

手前の卓に、白い布が掛かる。

その向こうに、女性と男性が座る。

女性は青い衣を着て、大きな帽をかぶる。

帽には黒い羽根飾りが揺れる。

肘を卓に置き、頬に手を当てる。

男性は黒い上着に、赤い蝶結びを付ける。

顔は赤みを帯び、こちらを見る。

卓の上には、細い脚の杯が二つ。

その隣に、白い花が生けられる。

背後には鏡があり、店内が映る。

鏡の中にも、人物が並ぶ。

即興第30番(大砲)
ワシリー・カンディンスキー《即興第30番(大砲)》1913年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦111センチ、横111.3センチとされる。番号は1931.511。シカゴ美術館蔵。ワシリー・カンディンスキー《即興第30番(大砲)》シカゴ美術館蔵

ほぼ正方形の画面である。

色の面と、黒い線が入り混じる。

左上には、青と白の大きな面がある。

中央には、赤と黄の帯が斜めに走る。

右上には、緑と桃色の面が重なる。

下部には、黒い線が交差する。

その線の一部は、車輪や砲身に見える。

左下には、傾いた建物のような形がある。

塔のような縦の形も見える。

色は明るく、輪郭に囚われない。

形は具体と抽象のあいだにある。

題の括弧の中に、大砲という語が入る。

画面の中の形を指す手がかりである。

魔法にかけられた水車小屋
フランツ・マルク《魔法にかけられた水車小屋》1913年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦130.2センチ、横90.8センチとされる。番号は1931.522。シカゴ美術館蔵。フランツ・マルク《魔法にかけられた水車小屋》シカゴ美術館蔵

縦長の画面が、色の面で分割される。

中央に、白い大きな弧が幾重にも重なる。

滝か、水の流れのように見える。

左上には、赤い円が置かれる。

円の中に、放射状の線が入る。

車輪の形である。

その下には、青と緑の面が重なる。

右には、黄と赤と緑の小さな面が並ぶ。

その中に、動物らしい形が見える。

上部には、白い建物が小さく描かれる。

屋根と窓が、はっきり分かる。

色は強く、境目が鋭い。

先の一点と、同じ収集から来ている。

二点が、同じ収集の名を持つ

いま見た二点の出所の行は、同じである。

ある収集家の名を冠した記念コレクション。

番号も、1931.511と1931.522。

同じ年の、近い通し番号である。

そして展示歴にも、同じ展覧会が並ぶ。

その収集家の収集を紹介する展覧会が、二度開かれている。

一度目は1922年、二度目は1931年。

二度目は、館に入る直前である。

つまり、収集として展示されたあとに、館へ渡った。

展示歴と出所の行が、同じ出来事を別の角度から記している。

ベアタ・ベアトリクス
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《ベアタ・ベアトリクス》1871年から1872年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦87.5センチ、横69.3センチとされる。番号は1925.722。シカゴ美術館蔵。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《ベアタ・ベアトリクス》シカゴ美術館蔵

金色の額に収められた作品である。

額には文字が刻まれ、年と句が読める。

画面の下部にも、別の場面を描いた横長の板が付く。

主画面には、女性が上半身で描かれる。

顔は上を向き、目は閉じられる。

髪は赤みを帯びた褐色で、肩に落ちる。

衣は緑で、袖が広い。

両手を膝の上で組む。

その手のそばに、赤い鳥が舞い降りる。

鳥は白い花を落とす。

背景は霞み、遠くに橋と建物が見える。

右奥には、日時計のような形がある。

寸法の欄には、下部の板の寸法も別に書かれる。

額に、文字が刻まれる一点

九点のうち一点は、額そのものに文字がある。

館の記録は、その文字を銘記の欄に写している。

上の左右に、それぞれ年と句。

下にも、別の句が刻まれる。

いずれも、絵の主題に関わる言葉である。

額は、後から取り替えられることが多い。

しかしこの一点では、額が作品の一部として扱われている。

寸法の欄にも、額を含めた数字が書かれる。

さらに、下部に付く別の板の寸法も別に記される。

一点の記録に、三つの寸法が並ぶ。

多翼祭壇画の書き方と、考え方は近い。

一つの作品が、複数の部分でできている場合の書き方である。

出所の行も、六通り

九点の出所の行を数えると、六通りある。

三つは、収集家の名を冠したコレクションである。

一つは、記念のコレクション。

一つは、基金による購入。

そして一つは、市民の団体による収集である。

九点のうち、館が買ったのは二点だけだ。

残る七点は、収集として、あるいは寄贈として入っている。

別の記事で扱った館と、比率は似ている。

寄贈が多く、購入は少ない。

これは、多くの美術館に共通する形なのだろう。

一つの館の九点からでも、その傾向は読み取れる。

制作年が、四十年に収まる

九点の制作年を並べてみる。

1866年、1867年、1871年から1872年、1888年から1890年。

1889年、1905年、1906年、1913年が二点。

いちばん早い一点と、いちばん遅い一点で四十七年ひらく。

十九世紀後半から二十世紀初めに集中している。

これは、展示歴の長い作品を選んだ結果でもある。

この時期の絵画は、展覧会という制度と共に育った。

描いてすぐ発表し、批評を受け、売れる。

その循環の中で、展示の記録が積み重なる。

もっと古い時代の作品では、そもそも展覧会がない。

展示歴の欄が長いかどうかは、時代とも関わっている。

図録に、図版が載ったかどうか

展示歴の各件には、もう一つ細かい注記がある。

図録に図版が載ったかどうかを示す記号である。

載っていれば、その旨が括弧で添えられる。

色図版なのか、白黒なのかまで書かれることもある。

これも、後の調べのための情報だ。

図版があれば、当時の状態が分かる。

洗浄の前と後で、色が違うこともある。

古い図版を並べれば、変化が追える。

館の記録は、そういう使い方まで想定して書かれている。

一件あたりの文字数は増えるが、情報は残る。

長い欄は、そうやってできあがっている。

欄の長さが、何を示すか

九点の展示歴の長さを比べると、差が大きい。

いちばん長い欄は五千字を超える。

いちばん短い欄でも、三千字を超える。

つまり九点は、いずれもよく展示されてきた作品である。

これは、こちらが選んだ結果でもある。

館の公開データを見ると、展示歴の欄が空の作品も多い。

未使用の作品で数えると、欄が埋まっているのは半数ほどだ。

展示歴が長い作品は、それだけ人目に触れてきた。

貸し出しの依頼が多く、図録にも載る。

欄の長さは、その作品の知られ方を示している。

展示歴は、貸し出しの記録でもある

展示歴に他館の名が並ぶということは、貸し出しがあったということだ。

作品を梱包し、輸送し、保険を掛け、返す。

そのたびに、作品には負担がかかる。

だから貸し出しには慎重な判断が要る。

九点の欄には、数十件の他館名が並ぶ。

それだけの回数、館の外へ出たことになる。

寸法や重さの記録は、こういうときに使われる。

輸送の箱を作るにも、壁の強度を測るにも、数字が要る。

記録の欄は、研究のためだけにあるのではない。

作品を動かすための実務にも使われる。

一つの欄に、百年が入る

九点の展示歴は、いずれも百年を超える期間を覆う。

最初の展示から、直近の展示まで。

その間に、題が変わり、年の判断が変わり、持ち主が変わる。

会場の都市も、欧州から北米へ、そして日本へと広がる。

一つの欄を通して読むと、その作品の一生が見える。

来歴の欄が所有の歴史なら、展示歴は公開の歴史である。

二つは重なりながら、別のことを記している。

所有は私的で、展示は公的だ。

そして館に入ったあとは、所有の欄は止まり、展示歴だけが伸び続ける。

九点の欄は、いまも伸びている途中である。

次の展覧会に出れば、また一件が足される。

都市名、会場名、題、会期、目録番号。

同じ形式で、同じ順に書かれるだろう。

百年前の一件と、これから足される一件が、同じ形をしている。

形式を変えないことが、比較を可能にする。

番号の設計と、同じ考え方である。

骨格を変えず、末尾に足していく。

記録の欄は、そうやって長く使われる。

長く使われるほど、比べられる範囲が広がる。

九点の展示歴は、その積み重ねの一例である。

読むには時間がかかる欄だが、報われる欄でもある。

題の移り変わりを追うだけでも、面白い。

同じ絵が、時代ごとに違う呼ばれ方をしてきた。

いまの題も、いつか変わるかもしれない。

変わったとしても、この欄には前の題が残る。

残るからこそ、いまの題が正しいかどうかを確かめられる。

展示歴は、題の欄の証人でもある。

そして、絵が人前に出てきた回数の記録でもある。

館の壁に掛かっていない時間も、そこには含まれる。

貸し出され、運ばれ、別の壁に掛かる。

その繰り返しが、数十件の行になっている。

行の数だけ、旅があったということだ。

九点の欄を合わせれば、数百の旅になる。

その全部が、五つの要素で淡々と書かれている。

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