美術史・技法

手に、何かを持たせる——19世紀アメリカの作者不詳の肖像

足元の箱

いま見た一点には、玩具の箱が描かれている。

手に持つ物のほかに、床にも物が置かれている。

これは、持ち物を増やす工夫である。一つでは足りないときに、周りに置く。

見る側は、その箱から持ち主の暮らしを読む。玩具が複数あることが分かる。

肖像は、人だけを描くものではない。人の周りにあるものを一緒に描く。

木馬のいる子ども
作者不詳(アメリカ、十九世紀)《木馬のいる子ども》1850年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦103.2センチ、横68.6センチとされる。額を含むと、縦125.1センチ、横90.8センチ、奥行き7.3センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《木馬のいる子ども》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点で最も背の高い画面の一つである。子どもが全身で立つ。

衣は鮮やかな橙で、裾に緑の葉と花の模様が並ぶ。

袖は短く、肩から白い袖口が出る。腰にひだが寄る。

裾の下から、白い下履きが見える。膝下まであり、縁に飾りが付く。

靴は黒で、甲に留め具がある。

右手を、大きな木馬の首に掛ける。木馬は青灰色で、鬣が白い。

木馬の胴には、青と黒の模様が並ぶ。揺り台が弧を描く。

背景の左に赤い幕が垂れ、その隙間から窓が見える。窓の外に木と空がある。

九点のなかで、最も色の多い一点である。

幕と、窓

背景に幕を垂らし、その隙間から外を見せる。これは古くからある型である。

室内にいながら、外の広がりを示せる。画面が閉じない。

十九世紀のアメリカの肖像でも、この型はよく使われた。

九点のうち、窓や外の景色が入るのはこの一点だけである。ほかは平らな背景である。

型を使えるかどうかは、画家の技量にもよる。窓の外を描くのは手間がかかる。

花籠を持つ少女
作者不詳(アメリカ、十九世紀)《花籠を持つ少女》1830年ごろ。板に油彩。館の記録では、縦35.6センチ、横26センチとされる。額を含むと、縦39.3センチ、横30.4センチ、奥行き2.5センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《花籠を持つ少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点で最も小さい一点である。縦は36センチほどしかない。

顔の周りを、大きな白い縁飾りが囲む。帽子の縁である。

飾りは細かい網目で、光を受けて明るい。

肩から胸にかけて、白いレースが広がる。衣は濃い青である。

胸の前に、黄色い籠を抱える。編み目が斜めに描かれる。

籠の中には、橙と赤の花が盛られる。葉は濃い緑である。

顔は丸く、目が大きい。頬に赤みが差す。

背景は暗い緑で、上部がわずかに明るい。

小さくても、細かい

この一点は小さいが、描き込みは少なくない。

帽子の縁飾りは、一つずつの弧が描かれる。籠の編み目も同様である。

大きな画面のほうが細かいとは限らない。むしろ小さい画面のほうが、密度が高いこともある。

小さい画面は、近くで見るものである。手に取って眺める距離で作られる。

九点の寸法の幅は、飾る場所の違いを示している。

青い服の少年
作者不詳(アメリカ、十九世紀)《青い服の少年》1820年から1830年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦111.4センチ、横70.5センチとされる。額を含むと、縦122.2センチ、横81.8センチ、奥行き5.1センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《青い服の少年》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点で最も大きい部類の画面である。縦は1メートルを超える。

少年が全身で立つ。両足をそろえる。

衣は濃い青の上下で、首に白い襟が広がる。襟は丸く、縁に飾りが付く。

上着には金色の釦が二列に並ぶ。腰から房飾りが下がる。

右手に、赤い本を持つ。表紙の縁が金色に光る。

床には、緑地に花模様の敷物が広がる。模様は左右に規則正しく並ぶ。

敷物の模様は、少年の身長ほどの範囲に描かれる。

背景は暗い褐色で、何も描かれない。

本という持ち物

本は、玩具とは違う持ち物である。

学びと結びつく。読めること、あるいは読む予定があることを示す。

九点のうち二点で、子どもが本を持つ。どちらも表紙が見えるように持たれる。

中身は描かれない。開かれた本が出てくる一点でも、文字は書かれていない。

本であることが分かればよい。中身は必要とされていない。

林檎を持つアニス・クックか
作者不詳(アメリカ、十九世紀)《林檎を持つアニス・クックか》1830年ごろ。板に油彩。館の記録では、縦81.9センチ、横59.5センチとされる。額を含むと、縦97.8センチ、横75.9センチ、奥行き8.8センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《林檎を持つアニス・クックか》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点で唯一、子どもではない人物である。

年配の女性が、椅子に座る。上半身が画面に入る。

頭に白い帽子を載せる。縁に細かい襞が並ぶ。

肩から胸にかけて、白い布が大きく掛かる。三角に折られている。

衣は黒で、光をほとんど返さない。

左手に、黄色い林檎を持つ。指が実を軽く支える。

右手は膝の上に置かれる。指が細く、皺が描かれる。

顔には皺が刻まれ、口元が引き締まる。目はこちらを見る。

題には、たぶん、を示す語が入る。人物の特定が確定していない。

子どもだけではない

九点を選ぶとき、子どもの肖像を中心にした。

しかし、いま見た一点は年配の女性である。持ち物の型は、子どもに限らない。

大人の肖像でも、手に何かを持たせる。本、手紙、扇、道具。

持ち物は年齢に応じて変わる。子どもには玩具、大人には仕事や教養の品が選ばれる。

林檎は、そのどちらにも入りにくい。だからこの一点は目を引く。

名前に、留保が付く

九点の題を見ると、人物の名が入るのは二点だけである。

一点は家の名、一点は個人の名である。

そして個人の名のほうには、たぶん、という語が付く。

館は、誰であるかを断定していない。伝えられてきた名を、留保付きで残している。

作者の名も分からず、描かれた人の名も確かでない。それでも絵は残っている。