手に、何かを持たせる——19世紀アメリカの作者不詳の肖像

赤ん坊が、揺り籠の中に座る。
揺り籠は濃い青で、縁が大きく曲がる。木の板を組んだ作りである。
籠の中には、赤い布と、模様のある布が敷かれる。
模様の布には、青い星のような形が並ぶ。継ぎ合わせた布団だと思われる。
赤ん坊の衣は、上が灰緑、袖が赤である。
手は膝の上で組まれる。指が短く、丸い。
顔は丸く、目が大きい。髪はごく薄い。
背景は暗い褐色で、何も描かれない。
手ぶらの一点
この一点だけ、手に物を持っていない。
かわりに、揺り籠と布団が丁寧に描かれる。
持ち物が手になければ、周りに置く。九点を通して、その原則が働いている。
赤ん坊には持たせられない。持てないからである。
だから、寝床そのものが持ち物の役を果たす。

九点で最も人数の多い画面である。五人が並ぶ。
中央の少女は水色の衣を着て、開いた本を持つ。
その左に、赤褐色の服の子どもが立つ。手に細長い棒のようなものを持つ。
後ろに、青い上着の子どもがいる。背が最も高い。
右には、橙の服の子どもが立つ。手を前の子の肩に置く。
手前に、白い衣の子どもが座る。膝に猫を抱える。
猫は白と褐色で、顔がこちらを向く。
床には敷物が広がり、緑と赤の模様が入る。
背景は緑がかった褐色で、右に柱のような形がある。
五人を、一枚に
家族をまとめて描くのは、費用の面で合理的である。
一人ずつ描かせるより安い。壁の場所も一つで済む。
ただし、難しさもある。五人の顔を並べ、背丈と位置を決めなければならない。
この一点では、背の順に並べず、前後に重ねている。手前に座る子を置いて奥行きを作る。
九点のなかで、構図に最も工夫のある一点である。

九点の最後は、題に動作が入る一点である。
少女が胸から上で描かれる。体はわずかに右を向く。
衣は淡い黄で、胸の下に黒い帯が締められる。
襟ぐりは四角く、縁に細かい飾りが並ぶ。
首に赤い珠の飾りを巻く。手首にも同じ飾りがある。
両手のあいだに、小さな鳥がいる。褐色と白で、羽が細かく描かれる。
指先が鳥の嘴に近づく。餌をやる仕草である。
髪は上でまとめられ、後ろに黒いリボンが見える。
背景は緑で、上部が明るい。九点のなかで、背景に緑を使うのはこの一点だけである。
題が、動作を書く
九点の題を並べると、書き方が二通りある。
一つは、持ち物を書くものである。人形を持つ少女、玩具の鶏を持つ少女。
もう一つは、動作を書くものである。鳥に餌をやる、という題がそれにあたる。
動作の題は、絵に時間を持ち込む。次の瞬間が想像される。
持ち物の題は、状態を示すだけである。時間が止まっている。
顔の描き方
九点の顔を並べると、共通する特徴がある。
目が大きく、輪郭がはっきりしている。まつげが一本ずつ描かれることもある。
一方、鼻と口は簡素である。影が少なく、平らに見える。
首から下は、衣の模様に手が掛かる。顔より衣が細かい場合もある。
こうした特徴は、正式な訓練を受けていない画家の仕事に共通すると言われる。
背景の色
九点の背景を見比べると、色に偏りがある。
七点が暗い褐色か緑褐色である。人物だけが浮かぶ。
明るい背景は二点しかない。緑の一点と、幕と窓のある一点である。
暗い背景は、描くのが早い。一色を平らに置けば済む。
短い日数で仕上げる仕事では、この選択が合理的である。
上手さの基準
これらの絵は、技巧の面では洗練されていない。
遠近も、陰影も、都会の画室で描かれた肖像には及ばない。
しかし、注文した側はそれで満足していた。似ていて、家に飾れればよい。
上手さの基準は、一つではない。何のための絵かによって変わる。
九点は、その基準の幅を思い出させる。
誰が持っていたか
九点は、いずれも同じ館に所蔵されている。
こうしたまとまりは、たいてい個人の蒐集から来る。二十世紀に、民衆の絵を集めた人びとがいた。
集められたことで、散逸を免れた。個々の家に残っていれば、多くは失われただろう。
まとめて残ったから、九点を並べて比べられる。
一点ずつ別の場所にあれば、持ち物の型に気づくのは難しい。
名のない絵が、残る理由
作者の分からない絵は、美術館に入りにくいと思われがちである。
実際には、こうした肖像はまとめて収集されてきた。当時の暮らしを伝える資料になるからである。
衣の作り、玩具の形、家具の色。どれも文字の記録には残りにくい。
九点を並べると、五十年ぶんの子どもの服装が見える。それだけでも価値がある。
作者の名がないことは、作品の価値を決めない。
持ち物と、値段
肖像の値段は、大きさと人数で決まることが多い。
全身を描けば高く、胸から上なら安い。人数が増えれば、その分上がる。
持ち物を増やしても、値段はさほど変わらないと思われる。手間としては小さい。
だから、安い肖像でも持ち物は入れられる。九点の小さな一点にも、花籠がある。
少ない費用で、その人らしさを足す方法だったのかもしれない。
手の中のものを見る
最後にもう一度、九点の手を見てほしい。
人形、鶏、木馬、花籠、本、林檎、鳥。そして、揺り籠と猫。
どれも小さく、身近なものである。宝石も、武器も、書類も出てこない。
肖像に何を持たせるかは、その人をどう見せたいかの選択である。
九点の選択は、そろって同じ方向を向いている。子どもは、手の中のもので語られている。








