作者の欄に、時代と地域だけ——十九世紀アメリカの無名の絵
作者の欄に名が入らず、代わりに「十九世紀のアメリカ」とだけ書かれる。百年と一つの国という、きわめて広い括りである。九枚は主題も判型もばらばらで、共通するのは名がないことだけになる。名のない絵を、記録はどう扱うのかを見る。

名のない絵
美術館の記録には、作者の欄が必ずある。
もっとも、そこに名が入らないことがある。
この記事の九枚が、それにあたる。
九枚という範囲
この記事で扱うのは九枚である。
いずれも、作者の名がない。
そして、いずれも同じ館にある。
つまり、比べやすい。
選び方
主題の違う九枚を選んだ。
つまり、幅を見るためである。
作者の欄が、時代と地域
一枚から始めたい。

きわめて横長の画面である。
左上に、赤い太陽が昇る。
その下に、崩れた建物がある。
中央に、木と人々がいる。
右に、白い馬の引く馬車が走る。
奥に、青い海が広がる。
そして、帆船が浮かぶ。
作者の欄
館の記録の作者欄を見たい。
十九世紀のアメリカ、とある。
時代という括り
十九世紀は、百年である。
つまり、広い括りになる。
二つの語
十九世紀という時代と、アメリカという地域。
つまり、二つだけである。
名が、ない
つまり、誰が描いたか分かっていない。
空欄との差
空欄なら、書き忘れにも見える。
そして、時代と地域を書けば、意図が分かる。
欄という枠
作者の欄は、必ず埋められる。
つまり、空欄にはしない。
時代と、地域だけ
分かるのは、いつごろ、どこで描かれたかである。
つまり、それ以上は書かない。
一つの欄に、多く
同じ欄に多くの作品が入る。
つまり、集合を指す名である。
まとまった数
この作者欄の作品は、館に百点を超える。
つまり、少なくない。
九枚とも、同じ
この記事で扱う九枚は、すべて同じ作者欄である。
つまり、名が伝わっていない。
根拠という条件
帰属には、証拠が要る。
つまり、似ているだけでは足りない。
帰属という作業
似た絵から作者を推す作業を、帰属という。
そして、それは推測である。
推測で、当てない
似た絵から作者を推すこともできる。
もっとも、館はそうしない。
後から、分かること
研究が進めば、名が分かることもある。
つまり、空けておく意味がある。
誠実な記録
分からないものを分からないと書く。
つまり、これは誠実な記録である。
表記の統一
当サイトは、作者不詳と括弧で書く。
つまり、形を揃える。
当サイトも、同じ
当サイトは、作者不詳と書く。
そして、時代と地域を添える。
人々の姿
中央に、着飾った人々が立つ。
そして、子どももいる。
一枚目の姿
左に太陽、右に海。
そして、中央に人々がいる。
最も横が長い一枚
縦77.6センチ、横167センチ。
つまり、横が縦の二・一倍ある。
横の長さ
横167センチである。
つまり、一メートル六十を超える。
小さい絵
小さければ、家に掛けやすい。
もっとも、館の記録は用途を書かない。
面積で比べる
およそ12959平方センチである。
つまり、九枚で最も広い。
判型という選択
横に長い画面は、広い眺めに向く。
つまり、主題が判型を決める。
光の描き方
太陽から、白い線が放射する。
そして、雲が薄い。
太陽という要素
左上に、赤い太陽が昇る。
そして、光が放射する。
九枚目の姿
黒い衣の女性が、椅子に座る。
そして、少年が立つ。
卓の上
白い布を掛けた卓に、器が並ぶ。
そして、花もある。
題という言葉
題に、新しい世界という語がある。
つまり、寓意だろう。
「ごろ」という語
年には、ごろ、が付く。
つまり、確かめられていない。
一枚目の年
年の欄を見たい。
1830年ごろである。
何を意味するか
館の記録は、説明していない。
だから、当サイトは断定しない。
対比という構え
崩れた建物と、走る馬車。
つまり、古いものと新しいものが並ぶ。
崩れた建物
左に、崩れた建物がある。
つまり、古い時代を示すのだろう。
もっとも、館の記録は説明しない。
二枚目は、子ども

幼い子が、座る。
白いレースの衣を着る。
そして、両手に何かを持つ。
足に、青い靴を履く。
膝の上に、桃色の花がある。
背景は、暗い褐色である。
題という言葉
題は、無垢、である。
つまり、性質を表す語である。
顔の描き方
顔は、丸く、目が大きい。
そして、頬に赤みがある。
二枚目の姿
白いレースの衣を着る。
そして、青い靴を履く。
名ではなく、概念
人の名ではなく、概念が題になる。
つまり、誰かは分からない。
手に持つもの
両手に、小さな物を持つ。
もっとも、種類までは分からない。
花という細部
膝の上に、桃色の花がある。
そして、葉も描かれる。
肖像か、寓意か
実在の子を描いたのか、型としての子か。
つまり、決められない。
二枚目の年
年の欄を見たい。
1830年ごろである。
二枚目の寸法
縦68.9センチ、横56.5センチ。
つまり、縦長である。
記録は、書かない
館の記録は、説明していない。
だから、当サイトは断定しない。
三枚目は、果物

中央に、大きな鉢がある。
その中に、果物が盛られる。
上に、青緑の幕が垂れる。
そして、房飾りが下がる。
手前に、木目の卓がある。
卓に、皿と刃物が置かれる。
果物の種類
葡萄、林檎、瓜らしきもの。
つまり、数種類が盛られる。
三枚目の鉢
鉢は、大きく、取っ手が付く。
そして、金色である。
幕という飾り
上から、幕が下がる。
つまり、舞台のような構えである。
幕の色
上の幕は、青緑である。
そして、房飾りが下がる。
刃物という細部
卓に、皿と刃物が置かれる。
つまり、切って食べる場面だろう。
卓の木目
卓に、細かい木目が描かれる。
つまり、木を模した塗りだろう。
三枚目の年
年の欄を見たい。
1830年ごろである。
つまり、三枚が同じ年ごろになる。
三枚目の寸法
縦78.5センチ、横98.8センチ。
つまり、大きい。
静物という主題
九枚のうち、三枚が果物の絵である。
つまり、静物が多い。
三枚の共通
一枚目から三枚目まで、いずれも1830年ごろである。
そして、いずれも同じ館にある。
四枚目という位置
三枚ずつ見ていく。
そして、四枚目に移る。
三枚の主題
寓意、子ども、そして静物。
つまり、主題が分かれる。
四枚目は、籠

編んだ籠が、中央にある。
その中に、果物が積まれる。
上に、赤い薔薇と黄色い花がある。
葡萄の房が、左に垂れる。
背景は、淡い灰緑である。
輪郭が、はっきりしている。
籠の編み目
籠の編み目が、細かく描かれる。
そして、規則正しい。
四枚目の姿
編んだ籠に、果物が積まれる。
そして、花が添えられる。
花の色
赤い薔薇と、黄色い花。
つまり、二色が目立つ。
葡萄の房
左に、葡萄の房が垂れる。
そして、粒が細かい。
板に描く
技法の欄を見たい。
油彩、板とある。
木の板
薄い板に、直接描く。
そして、下地を塗る。
板という支持体
板は、重く、割れることがある。
そして、たわまない。
九枚のうち、二枚
板に描かれるのは、二枚である。
そして、七枚は布である。
二枚の内訳
四枚目と七枚目が、板である。
つまり、二枚である。
選び方
小さな絵には、板が使われることが多い。
もっとも、館の記録は理由を書かない。
板と、布
板は、たわまない。
そして、布は軽い。
面積で比べる
およそ1597平方センチである。
つまり、一枚目の八分の一ほどになる。
最も小さい一枚
縦35.1センチ、横45.5センチ。
つまり、九枚で最も小さい。
背景の色
背景は、淡い灰緑である。
そして、平らに塗られる。
四枚目の年
年の欄を見たい。
1830年ごろである。
つまり、四枚が同じ年ごろになる。
輪郭という描き方
果物の輪郭が、はっきり引かれる。
つまり、影よりも線で形を作る。
五枚目は、農場

中央に、白い家が建つ。
その屋根は、赤い。
左に、細長い納屋がある。
手前に、柵と牧場がある。
牛が、数頭いる。
奥に、低い丘が続く。
納屋の形
左に、細長い納屋がある。
そして、屋根が低い。
五枚目の姿
白い家と、赤い屋根。
そして、柵と牛がある。
柵という区切り
牧場を、柵が囲む。
そして、白い。
牛の描き方
牛が、数頭並ぶ。
そして、色が違う。
題に、地名
題に、州と町の名が入る。
つまり、場所が特定されている。
二つの地名
州の名と、町の名。
つまり、二段で示される。
場所という情報
地名があれば、土地が分かる。
つまり、名の代わりになる。
名は、なくても
作者の名は分からない。
もっとも、場所は分かる。
五枚目の年
年の欄を見たい。
1890年ごろである。
五枚目の寸法
縦67センチ、横93.2センチ。
つまり、横に長い。
最も遅い一枚
年の欄を見たい。
1890年ごろである。
つまり、九枚で最も遅い。
六十年という長さ
六十年あれば、様式も変わる。
つまり、九枚は一まとまりではない。
六十年の差
最も早いのは1830年ごろである。
つまり、六十年の差がある。
六枚目は、街角

左に、建物が並ぶ。
その上に、看板の文字がある。
中央に、馬に乗る人がいる。
そして、白い馬が跳ねる。
周りに、多くの人がいる。
右に、記念柱が立つ。
記念柱
右に、高い柱が立つ。
そして、上に像がある。
六枚目の姿
馬に乗る人が、中央にいる。
そして、周りに人が集まる。
街という主題
建物が並び、人が行き交う。
つまり、都市の場面である。
看板の文字
左の建物に、文字が見える。
もっとも、画像では読み切れない。
八枚目の姿
白い皿に、西瓜が載る。
そして、切った断片が並ぶ。
皿の白
皿は、白い。
そして、縁が薄い。
種の描き方
赤い果肉に、黒い種が点在する。
そして、粒が揃う。
年の書き方
年の欄を見たい。
一八四九年またはそれ以後、とある。
一八四九年
その年より前ではない、という意味である。
つまり、下限が決まる。
下限だけ
つまり、始まりだけが書かれる。
開いた記録
始まりだけがあり、終わりがない。
つまり、片側だけである。
上限が、ない
いつまでかは、書かれていない。
つまり、片側だけの記録である。
画面という根拠
描かれた建物や旗から、年代を推す。
つまり、絵の中に手がかりがある。
なぜ、そう書くか
画面に、その年以後のものが描かれるのだろう。
もっとも、館の記録は根拠を書かない。
六枚目の寸法
縦90.4センチ、横131.5センチ。
つまり、二番目に大きい。
五通りの年
九枚の年の書き方は、五通りある。
つまり、揃っていない。
七枚目は、競馬

左に、馬と馬車が走る。
中央に、白い建物がある。
その屋根に、旗が立つ。
手前に、多くの人が集まる。
奥に、水面と丘が見える。
空に、白い雲がある。
七枚目の姿
馬と馬車が走る。
そして、人々が見物する。
七枚目の人々
手前に、多くの人が集まる。
そして、帽子をかぶる。
旗という細部
建物の屋根に、旗が立つ。
そして、風になびく。
寸法の但し書き
寸法の欄を見たい。
彩色面、という語が付く。
二つの語
全体、そして彩色面。
つまり、二通りある。
他の八枚は、全体
他の八枚には、全体、という語が付く。
つまり、書き方が違う。
二つの数字
板の全体と、絵の面。
つまり、測る範囲が違う。
板の縁
板に描くとき、縁を残すことがある。
つまり、絵の面が板より小さい。
何が、違うか
板の全体と、絵の具の載った面。
つまり、範囲が違う。
数字の差
二つの数字の差は、記録に書かれない。
だから、当サイトは推測しない。
縁が、塗り残される
板の縁が塗られていなければ、二つの数字は違う。
つまり、但し書きが要る。
七枚目の年
年の欄を見たい。
1860年ごろである。
記録の細かさ
どこを測ったかを書き添える。
つまり、数字の意味が定まる。
八枚目は、西瓜

白い皿の上に、西瓜が載る。
大きな一玉が、右にある。
その左に、切った断片が並ぶ。
赤い果肉に、黒い種が見える。
背景は、淡い灰色である。
下に、暗い帯がある。
年の書き方
年の欄を見たい。
十九世紀の半ば、とある。
半ばという語
世紀の半ばは、二十年ほどだろう。
もっとも、幅は書かれていない。
世紀という単位
つまり、幅が広い。
八枚目の寸法
縦45.7センチ、横61センチ。
つまり、小さいほうである。
五通りの内訳
ごろが五枚、以後が一枚、半ばが一枚。
そして、ごろの年が四通りある。
三つの言い方
ごろ、以後、半ば。
つまり、三通りの表現である。
段階のある留保
ごろ、以後、半ば。
つまり、確かさの示し方が違う。
段階を、保つ
当サイトは、留保を消さない。
つまり、そのまま伝える。
訳という作業
原語の表現を、日本語に移す。
つまり、意味を保つ必要がある。
当サイトの扱い
当サイトは、その段階をそのまま伝える。
つまり、平らにしない。
九枚目は、室内

右に、黒い衣の女性が座る。
赤い椅子に掛ける。
左に、少年が立つ。
そして、紺の衣を着る。
中央に、白い布を掛けた卓がある。
上に、赤い幕が垂れる。
奥に、窓が開く。
題という言葉
題は、室内の場面、である。
つまり、内容を示す語である。
窓の外
奥の窓から、緑の景色が見える。
そして、明るい。
誰かは、分からない
描かれた二人の名は、記録にない。
つまり、伝わっていない。
記録の限界
分かるのは、寸法と技法と年ごろである。
つまり、人については分からない。
二重の空白
作者の名も、描かれた人の名もない。
つまり、二つが分からない。
九枚目の寸法
縦71.1センチ、横60センチ。
つまり、縦長である。
それでも、残る
名がなくても、絵は残る。
そして、記録が付く。
年の並び
1830年ごろが四枚、1840年ごろ、1849年以後。
そして、1860年ごろ、半ば、1890年ごろ。
九枚の年
1830年ごろが四枚、1840年ごろ、1849年以後。
そして、1860年ごろ、十九世紀の半ば、1890年ごろ。
一八三〇年ごろが、四枚
九枚のうち四枚が、同じ年ごろである。
つまり、最も多い。
六十年の幅
つまり、六十年に散らばる。
静物という群
果物の絵が、三枚ある。
つまり、最も多い主題である。
九枚の主題
寓意、子ども、静物が三枚、農場、街角、競馬、室内。
つまり、主題が広い。
様式の違い
輪郭の強い絵と、柔らかい絵。
つまり、同じ手とは限らない。
誰が、描いたか
いずれも、名が分かっていない。
つまり、共通するのはそこだけである。
一つの欄に、多くの絵
同じ作者欄に、多くの作品が入る。
つまり、一人を指す欄ではない。
名がない絵の数
館の記録には、この作者欄の作品が多くある。
つまり、珍しくない。
売られるという経路
絵が家を離れると、記録が切れる。
そして、名が失われる。
なぜ、名が消えるか
家に伝わり、売られ、記録が切れる。
つまり、絵だけが先へ進む。
画像から
画面に署名らしき文字は見当たらない。
もっとも、画像では確かめられない。
署名の有無
署名があれば、名が残る。
もっとも、館の記録は署名に触れない。
埋めない
推測で名を当てれば、後の人が困る。
つまり、空けておくほうがよい。
分からないと、書く
館は、推測で名を当てない。
そして、当サイトもそれに倣う。
分かることと、分からないこと
分かるのは、寸法・技法・年・所蔵である。
そして、分からないのは、作者の名である。
空白を、空白のまま
当サイトは、空欄を推測で埋めない。
そして、そのことを書き添える。
当サイトの
作者の名が、ない九枚でも、
同じ作者欄の絵を扱った。





