美術史・技法

作者の名が、ない九枚——十八世紀アメリカの無名の絵

作者の欄には、時代と地域だけが記される。分からないものを分からないと登録する、誠実な記録である。八十年に分布する九点を並べると、正面性や平らな画面という共通点が見えてくる。名は失われても、絵は残っている。

スザンナ・トゥルアックス
アメリカ、18世紀(作者不詳)《スザンナ・トゥルアックス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

作者の名が、ない絵

一枚の肖像から始めたい。

スザンナ・トゥルアックス
作者不詳(十八世紀のアメリカ)《スザンナ・トゥルアックス》1740年ごろ。油彩、カンヴァス。縦92センチ、横73センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、18世紀(作者不詳)《スザンナ・トゥルアックス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が、正面を向いて立つ。

白い衣に、花の模様が散る。

袖と胸元に、濃紺の帯。

首に、小さな飾り。

右手に、花を持つ。

背景の右上に、風景が見える。

作者が、分からない

館の記録を見たい。

作者の欄には、時代と地域だけがある。

つまり、名が分かっていない。

九点とも、作者不詳

この記事で扱う九点は、すべて同じである。

つまり、誰が描いたか分からない。

そして、館は「十八世紀のアメリカ」とだけ記す。

名を、当てはめない

分からないものに、名を当てはめることもできる。

しかし、それは推測である。

そして、誤りが定着する危険がある。

だから、館は空欄のままにする。

名が、なぜ失われるか

理由は、いくつかある。

まず、署名がない場合。

次に、記録が残らない場合。

そして、家を離れて来歴が薄れる場合。

署名しない画家

十八世紀の地方の画家は、署名しないことが多い。

そして、注文の記録も残らない。

つまり、絵だけが残る。

「作者不詳」という登録

美術館は、分からないものを分からないと登録する。

そして、推測で名を当てはめない。

つまり、これは誠実な記録である。

何を、比べるか

帰属の研究では、細部を比べる。

目の描き方、耳の形、手の指。

そして、画布の織り、下地の色。

つまり、癖と材料である。

帰属という研究

もっとも、研究で名が分かることもある。

筆致、材料、来歴を比べて特定する。

そして、名が付けば登録が変わる。

いまは、分からない

九点は、いまのところ作者不詳である。

つまり、将来変わる可能性はある。

館の記録は、その時点の判断である。

名が、残る理由

描かれた人の名は、家に伝わる。

そして、代を経ても受け継がれる。

つまり、絵は家の記録である。

描かれた人の名

一方、この一枚には人物の名がある。

つまり、描かれた人は分かっている。

作者と、描かれた人

作者は分からず、描かれた人は分かる。

これは、しばしばある状態である。

家に伝わるのは、誰を描いたかだからである。

正面という姿勢

姿勢を見たい。

体も顔も、正面を向く。

そして、視線がこちらへ来る。

つまり、まっすぐ向き合う姿勢である。

衣の模様

衣を見たい。

白い地に、花と葉が散る。

そして、赤や緑の小さな点が混ざる。

つまり、刺繍か、あるいは織りの模様である。

首の飾り

首元を見たい。

細い紐に、小さな飾りが下がる。

そして、金色に光る。

つまり、装身具である。

手の描き方

両手を見たい。

左手を胸に当て、右手に花を持つ。

そして、指が細い。

つまり、手まで描かれている。

背景の風景

右上を見たい。

布が捲れ、その奥に風景が見える。

山と、空である。

つまり、幕の向こうに外がある。

大きさ

寸法を見たい。

縦92センチ、横73センチ。

つまり、九点の中では中ほどである。

上半身を大きく描く寸法である。

幕という装置

肖像の背景に幕を置くのは、当時の型である。

そして、その一部を捲って風景を見せる。

つまり、二つの空間を一枚に収める。

ドミノの少女
作者不詳(十八世紀のアメリカ)《ドミノの少女》1790年ごろ。油彩、カンヴァス。縦58.1センチ、横46.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、18世紀(作者不詳)《ドミノの少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

遊びの道具

二点目は、少女である。

卓に向かい、両手を置く。

そして、卓の上に小さな札が並ぶ。

白い衣に、赤い帯。

髪に、赤い紐。

背景の右に、窓と風景。

卓という支え

卓を見たい。

水平の面が、画面を横切る。

そして、その上に腕が乗る。

つまり、姿勢を支える道具である。

題が、道具から付く

題を見たい。

道具の名が入る。

つまり、描かれた人の名ではない。

名が、失われた例

一点目には、人物の名があった。

そして、二点目にはない。

つまり、こちらは名が失われている。

題は、後から付く

作者も名も分からないとき、題は特徴から付く。

そして、館がそれを採用する。

つまり、後世の命名である。

赤い帯

腰を見たい。

赤い帯が、結ばれる。

そして、白い衣の中で目立つ。

つまり、一点だけの強い色である。

卓の上の札

卓を見たい。

小さな四角い札が、いくつも並ぶ。

そして、点が刻まれている。

つまり、遊びの道具である。

子どもと、遊び

十八世紀の子どもの肖像に、玩具はよく描かれる。

そして、その子の暮らしを示す。

つまり、道具が説明になる。

小さめの画面

寸法を見たい。

縦58.1センチ、横46.8センチ。

つまり、九点の中では小さいほうである。

窓の外

背景の右を見たい。

窓があり、その外に木と空。

つまり、室内である。

一点目の幕とは、違う作りである。

蝶を持つ若い女性
作者不詳(十八世紀のアメリカ)《蝶を持つ若い女性》1710年ごろ。油彩、カンヴァス。縦137.3センチ、横104.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、18世紀(作者不詳)《蝶を持つ若い女性》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

大きな画面

三点目は、大きい。

縦137.3センチである。

つまり、九点の中で最も大きい。

白い袖

袖を見たい。

大きく膨らみ、肘で絞られる。

そして、白い。

つまり、下に着た衣の袖だろう。

座る姿

女性が、腰かける。

淡い黄の衣を着ている。

そして、白い袖が膨らむ。

左に、赤い幕。

右に、花のある壺。

手に、花の枝を持つ。

題の蝶

題には、蝶が入る。

つまり、画面のどこかに蝶がいる。

右上の花のあたりだろう。

もっとも、画像では確かめにくい。

手の位置

両手を見たい。

一方が花に触れ、他方が枝を持つ。

つまり、両手が別の仕事をしている。

姿勢に、動きが生まれる。

花と壺

右を見たい。

大きな壺があり、そこから花が伸びる。

そして、花が数種類ある。

つまり、装飾として置かれている。

赤い幕

左を見たい。

赤い布が、上から垂れる。

そして、大きく捲れる。

つまり、幕である。

一点目と同じ道具立てである。

石の台

右下を見たい。

彫りのある台がある。

そして、その上に壺が載る。

つまり、庭か、あるいは室内の設えである。

一七一〇年ごろ

制作年は、一七一〇年ごろとされる。

つまり、九点の中で最も早い。

そして、最も遅い一枚とは八十年以上の差がある。