三つの町の甲冑師——ロッホナー、グロースシェーデル、ペッフェンハウザー
一そろいの甲冑
四点目は、一領そろっている。

兜から足先まで、ひととおり組まれている。
兜は丸く、面頬が前へ出る。
肩には、上へ立ち上がる小さな板が付く。
胸当ては、中央に縦の稜が入る。
腹から腿へ、板が重なって垂れる。
腕と脚は、それぞれ細い板で構成される。
手には、指の分かれた籠手がはめられる。
表面は磨かれ、光を返す。
総重量は、およそ25.4キロと記録されている。
一式という考え方
この作品の題には、一式という言葉がある。
これは、部品を差し替えて用途を変えられる甲冑を指す。
戦場用の部品と、馬上槍試合用の部品。
同じ胴に、別の肩当てや面頬を取り付ける。
そうすれば、一領で複数の用途に使える。
十六世紀の甲冑は、この方式が発達した。
注文主にとっては、費用の節約になる。
工房にとっては、設計の腕の見せ場である。
部品の互換性を、あらかじめ計算しておく必要がある。
部品の重さを、細かく記す
この作品の記録は、非常に細かい。
兜が3463グラム。
喉当てが907グラム。
胸当てと腰当てで6669グラム。
背当てが2591グラム。
右の肩当てが978グラム。
籠手が622グラムと547グラム。
こうして足し上げると、25.4キロになる。
部品ごとの重さが分かると、着たときの感覚が想像できる。
肩に何キロ、腕に何キロ。
体の各所にかかる負担が、数字で見える。
人と馬、両方の甲冑
五点目は、人と馬の組である。

馬の模型の上に、甲冑姿の騎手が座る。
馬の頭には、面が付く。
首と胸と尻に、鉄の覆いが掛かる。
騎手は、槍を構える姿勢を取る。
胴の右側には、槍を受ける金具が突き出る。
兜は丸く、面頬が長い。
肩当ては大きく、上へ張り出す。
腿から脛まで、鉄で覆われる。
年代の違う部品
この一領には、注意すべき点がある。
人の甲冑が一五三五〜四〇年ごろ。
馬鎧が一五五四年在銘。
つまり、十五年以上の開きがある。
いま組み合わされているが、もとから一組とは限らない。
館の記録も、推定として名前を挙げている。
さらに、鞍の鉄具は後年の補修と記されている。
三つの時期のものが、一つの姿になっている。
そのことを知って見るかどうかで、印象が変わる。
ランツフートという町
グロースシェーデルは、ランツフートの甲冑師である。
活動期は、一五一七年ごろから六二年ごろとされる。
ランツフートは、ニュルンベルクより小さい町である。
しかし、甲冑の産地として名が知られていた。
とくに、細い筋を並べた装飾で知られる。
ニュルンベルクの作と比べると、線がより細かいとされる。
もっとも、こうした産地の特徴は、あくまで傾向である。
職人は町を移り、技法も伝わる。
厳密に分けられるものではない。
寄せ集めの一領
六点目は、来歴が複雑である。

一領の甲冑として立っている。
兜は丸く、面頬は開いている。
胸当て、肩当て、腕、腰、脚。
ひととおり揃っている。
しかし記録によれば、産地が一つではない。
ランツフートとアウクスブルク、そして喉当てはイタリア製とされる。
さらに、籠手だけが十八年後に別の基金で購入されている。
つまり、複数の産地と複数の購入が、一つの姿になっている。
組み合わせの甲冑という分類
館は、これを組み合わせの甲冑と分類している。
異なる出自の部品を集めて構成した、という意味である。
十九世紀の収集では、これが広く行われた。
完全な一領は稀で、部品だけが市場に出る。
それを買い集め、一領に見えるよう組む。
見栄えはよくなるが、資料としては混乱する。
現在の美術館は、この事情を明記する方針を取っている。
見た目の完全さより、記録の正確さを優先する。
甲冑を、どう立たせるか
美術館で甲冑を展示するには、支えが要る。
内側に、人の形をした台を入れる。
木や金属で作られた芯である。
その上に、部品を順に組み付けていく。
順序を間違えると、うまく収まらない。
着る手順と、組む手順はほぼ同じである。
足元から始め、胴、腕、最後に兜。
つまり、展示のたびに着せる作業が発生する。
九点の姿勢が、いずれも直立なのはそのためである。
動きのある姿勢にすると、支えが難しくなる。
磨きと、いまの見え方
九点の表面は、いずれも光を返している。
磨かれた鋼の面である。
しかし、五百年前と同じ状態ではない。
錆を落とし、磨き直した結果である。
磨きすぎれば、彫った線まで浅くなる。
だから、どこまで磨くかは判断が要る。
近年は、控えめにする方針が主流だとされる。
表面に残る古い層も、資料と考えるからである。
九点の表面の調子の差には、手入れの歴史も含まれている。