名画の楽しみ方

同じ画家の名に、二つの語が付く——ベラスケスとティツィアーノ

狩人姿のスペイン王カルロス4世
フランシスコ・ゴヤの工房《狩人姿のスペイン王カルロス4世》1799年から1800年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦46.6センチ、横30センチとされる。番号は1937.1.86。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・ゴヤの工房《狩人姿のスペイン王カルロス4世》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の小さな画面である。

中央に、男が全身で立つ。

黒い上着と、黄色の胴着を身につける。

胸には青い帯が斜めに掛かる。

膝までのズボンと、長い黒い靴。

左手には、長い杖のようなものを持つ。

右手は腰のあたりに置かれる。

足もとに、白い犬が座る。

犬は顔を上げ、主人のほうを見る。

背景は薄い緑と青で、丘と空が広がる。

輪郭はやわらかく、地の色と溶ける。

同じ構図の作品が複数知られている。

工房で繰り返し作られた形式である。

「周辺」と「追随者」

ベラスケスの名に付いた二つの語を比べたい。

周辺は、その画家の身近にいた誰か、という意味である。

弟子かもしれないし、同僚かもしれない。

追随者は、その様式を受け継いだ誰か、という意味だ。

必ずしも身近にいたとは限らない。

九点では、周辺と書かれた一点が教皇の肖像である。

追随者と書かれた一点が、若い男の肖像だ。

同じ画家の名でも、判断が分かれている。

なぜ分かれたのかは、記録に書かれていない。

書かれているのは、いまの結論だけである。

教皇インノケンティウス10世
ディエゴ・ベラスケスの周辺《教皇インノケンティウス10世》1650年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦49.2センチ、横41.3センチとされる。番号は1937.1.80。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ディエゴ・ベラスケスの周辺《教皇インノケンティウス10世》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな画面に、老人の顔が大きく描かれる。

頭に赤い帽をかぶる。丸く、上が平らである。

首には白い襞飾りが回る。

その下は赤い衣で、中央に釦が並ぶ。

顔はやや左を向き、目はこちらを見る。

眉は太く、下がり気味である。

髭は白と赤褐色が混ざる。

肌には赤みが強く、額と鼻に光が集まる。

背景は暗く、何も描かれない。

赤と白と肌の色だけで、画面が成り立つ。

筆は速く、襞飾りの白は数本の線で置かれる。

有名な大画面の肖像と、同じ人物を描く。

若い男の肖像
ディエゴ・ベラスケスの追随者《若い男の肖像》1650年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦59.5センチ、横47.8センチとされる。番号は1937.1.82。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ディエゴ・ベラスケスの追随者《若い男の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い男が、上半身で描かれる。

体は右を向き、顔もその向きに近い。

目は正面をやや外し、遠くを見る。

髪は黒く、額の上で分けられる。

口髭が薄く生える。

首には白い襞飾りが回る。

先の教皇の襞飾りとよく似た形である。

上着は灰褐色で、肩に切れ込みが入る。

その下から、暗い色の袖がのぞく。

背景は褐色一色で、上部がわずかに明るい。

顔の肌はなめらかで、影が薄い。

同じ時代の、同じ地域の様式である。

「または」でつながれる欄

九点のうち一点は、二つの語が「または」で並ぶ。

ティツィアーノの工房または追随者。

工房なのか、追随者なのか、決めていない。

同時代の内部か、後の世代か。

その区別さえ付いていないということだ。

こういう欄は、読む側にとって不便に見える。

しかし、決めてしまうよりは正確である。

決めれば、後で覆すことになりかねない。

覆さずに済むように、選択肢を残す。

年の欄にも、同じ形が見られる。

1566年から1570年ごろ、または1576年から1580年ごろ。

二つの期間が「または」で並ぶ。

作者の欄と年の欄が、そろって幅を持っている。

クピドに目隠しをするウェヌス
ティツィアーノの工房または追随者《クピドに目隠しをするウェヌス》。年は1566年から1570年ごろ、または1576年から1580年ごろとされる。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦122.4センチ、横97.3センチとされる。番号は1952.2.12。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ティツィアーノの工房または追随者《クピドに目隠しをするウェヌス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

中央に、女性が座る。

金色の衣が肩から落ち、胸もとが開く。

髪は結い上げられ、真珠の飾りが編み込まれる。

首と胸に、金の鎖が重なる。

その膝の上に、翼のある幼な子が乗る。

女性は幼な子の目に、布を巻こうとする。

左には、もう一人の幼な子が顔を寄せる。

右上には、赤い布が垂れる。

その奥に、白い塊が見える。

背景の左には、暗い風景が広がる。

肌の色は明るく、衣の金と対をなす。

筆は柔らかく、輪郭が溶ける。

エミーリア・ディ・スピリンベルゴ
ティツィアーノの助手、おそらくジャン・パオロ・パーチェが描き始めた《エミーリア・ディ・スピリンベルゴ》1560年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦122センチ、横106.5センチとされる。番号は1942.9.82。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ティツィアーノの助手、おそらくジャン・パオロ・パーチェが描き始めた《エミーリア・ディ・スピリンベルゴ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点で、いちばん長い作者の欄を持つ一点である。

助手、という帰属に、推定の名が添えられる。

さらに「描き始めた」という語まで入る。

つまり、二人以上の手が入っていると考えられている。

一人が描き始め、別の人が仕上げた。

画面には、若い女性が立つ。

金色の衣に、赤い裾が見える。

衣には細かい織り文様が入る。

右手を石の台の上に置く。

台の向こうには、海と船が見える。

帆船が二隻、波の上に浮かぶ。

空は灰色と青で、雲が厚い。

左は暗い室内で、壁が立つ。

室内と屋外が、画面の左右で分かれる。

語順が、意味を作る

九点の作者の欄を見比べると、語順に規則がある。

修飾語が先、画家の名が後。

工房の、追随者の、周辺の。

いずれも画家の名の前に置かれる。

例外は「に帰される」で、これも前に来る。

日本語では後ろに置かれることが多い言い方だが、位置は同じである。

名の後に来るのは、推定の補足だけだ。

おそらく誰それが描き始めた、という部分である。

主たる帰属を先に、補足を後に。

この順序は、出所の行の作りと同じだった。

主となる情報が先で、付随する情報が後。

記録全体を貫く書き方である。