展覧会・イベント

印象派の前に立っていた三人——ミレー《七面鳥の群れのいる秋の風景》、コロー、クールベ

裸の人物を、野の光のなかに置く

ミレーの別の一枚を見たい。

水浴する女
ジャン=フランソワ・ミレー《水浴する女》1846年から1848年。油彩・画布。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジャン=フランソワ・ミレー《水浴する女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い女性が水辺に立ち、身体をかがめている。

背景は葦と草。褐色と暗緑が主調である。

肌は明るいが、周囲との対比はやわらかい。

輪郭は溶け、形の一部は影に沈む。

1840年代の作品である。農民画で知られる前の時期にあたる。

このころのミレーは、神話や物語を題材にした人物画も描いていた。

裸体の主題は、当時の絵画では正統な選択である。

つまり彼は、はじめから農民画家だったわけではない。

主題を変え、方法を変えて、自分の場所を見つけた画家である。

この点は、のちの画家たちにも共通する。

出発点と到達点が同じ画家は、そう多くない。

労働の姿勢を、どう描くか

《水浴する女》の身体の描き方に、もう少しこだわりたい。

人物はかがみ、重心を片足にかけている。

背中は丸く、首は前へ出る。

この姿勢は、のちの農民画にも繰り返し現れる。

落ち穂を拾う人も、種を蒔く人も、身体を前に折っている。

働く人の身体は、まっすぐ立っていない。

道具と地面のあいだで、いつも傾いている。

ミレーはその傾きを、輪郭ではなく塊で示した。

服の襞や陰影を細かく描かず、大きな面としてとらえる。

だから遠くから見ても、姿勢が読める。

展示室で人物画を見るときは、まず重心を探すとよい。

どちらの足に体重が乗っているか。背中はどこで折れているか。

それだけで、画家が何を見ていたかが分かる。

版画として広まる

ミレーの絵は、版画として複製され、広く出回った。

19世紀後半には、版画や写真による複製が普及していた。

原画を見たことがなくても、図像は知っている。そういう状況が生まれる。

ゴッホがミレーを模写できたのも、この複製のおかげである。

彼が手にしたのは、多くの場合、版画や写真だった。

色は分からない。分かるのは構図と姿勢である。

だからゴッホの模写は、色において自由になる。

原画の色を再現するのではなく、自分の色で置き換える。

複製の時代が、模写のあり方を変えたことになる。

いま私たちが画面越しに絵を見る状況も、その延長にある。

原画の大きさも、絵具の厚みも、画面では分からない。

だからこそ、展示室で実物を見る意味がある。

模写という学び方

模写について、もう少し書いておきたい。

19世紀の画家は、まず先人の絵を写すことから始めた。

美術館に通い、名画の前に画架を立てて写す。これは公認された学び方である。

写すことで、構図の取り方や絵具の重ね方が身につく。

ゴッホの場合、模写は学びであると同時に、慰めでもあったようである。

療養院にいた時期にも、手元の複製を使って模写を続けた。

外に出られない日でも、絵を描くことはできる。

模写には、そういう実際的な意味もあった。

現代の私たちにも、似たやり方がある。

好きな絵の構図を、紙に線だけで写してみる。

色を塗る必要はない。線と面の配置を追うだけでよい。

それだけで、画家がどこに何を置いたかが分かる。

展覧会の帰り道に、記憶で描いてみるのも面白い。

覚えていた部分と、忘れていた部分の差が、自分の見方を教えてくれる。

銀色の空気を描いた人

次に、少し年上の画家を見たい。

フォンテーヌブロー——バ=ブレオーの樫の木
カミーユ・コロー《フォンテーヌブロー——バ=ブレオーの樫の木》1832年または1833年。油彩・画布。縦39.7センチ、横49.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・コロー《フォンテーヌブロー——バ=ブレオーの樫の木》メトロポリタン美術館蔵

小ぶりな画面である。

中央から左に、樫の木が枝を広げる。葉は厚く、緑は暗い。

手前には岩と草。細かい筆で描き込まれている。

空は明るく、雲が白い。木の葉のあいだから光が抜ける。

制作は1832年か1833年。コローが30代半ばのころである。

フォンテーヌブローの森は、パリから日帰りで行ける自然だった。

多くの画家がここに通い、木と岩を描いた。

のちにバルビゾン派と呼ばれる人々の活動の場でもある。

コローの特徴は、色の幅を狭く保つことである。

派手な色を使わず、灰、緑、褐色の階調で画面を組み立てる。

その結果、空気が均一に満たされているように見える。

「銀色」と形容されることが多いのは、この性質のためだと考えられる。

コローの色については、別のコラムでも扱った。

もう一枚、イタリアで描かれた絵を見たい。

ヴォルテッラ近郊の眺め
カミーユ・コロー《ヴォルテッラ近郊の眺め》1838年。油彩・画布。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。カミーユ・コロー《ヴォルテッラ近郊の眺め》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

乾いた土地である。手前の道を、馬に乗った人物が進む。

道の左右には岩と低木。奥には丘と町が見える。

空は淡く、光は強い。影は短い。

フランスの森の絵と比べると、色が明るく、湿り気がない。

土地が変われば、光の質も変わる。

コローは若いころイタリアに滞在し、屋外で多くの習作を描いた。

その経験が、のちの風景画の土台になったと考えられる。

もう一枚、村の道の絵がある。

村の通り——ダルダニー
カミーユ・コロー《村の通り——ダルダニー》1852年、1857年または1863年。油彩・画布。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・コロー《村の通り——ダルダニー》メトロポリタン美術館蔵

石造りの家が並ぶ坂道である。

壁は白と黄土色。手前の建物には木の階段が付く。

道には人が二人。小さく描かれ、顔はわからない。

空は青く、影は濃い。

制作年に幅があるのは、記録が一つに定まらないためである。

同じ場所を複数回訪れた画家の場合、こうした幅はしばしば生じる。

作品の年代は、記録と様式から推定される。

署名や日付が入っていれば話は早いが、入っていない絵も多い。

そのため所蔵館の記載は「または」「おそらく」を含むことがある。

当サイトでは、その表記をできるだけそのまま伝えるようにしている。

推定を断定に置き換えないためである。