帳面は、縦12センチ——ビアスタットの下調べ
描かれた時期
背景を確かめたい。この作品は1869年に描かれている。
北アメリカのバイソンは、19世紀を通じて激減した。
数千万頭いた個体が、十九世紀末には千頭を下回ったとされる。
減少の主な原因は、毛皮と骨を目的とした大規模な商業狩猟である。
鉄道の敷設と、それに伴う組織的な捕獲が大きく関わっていた。
画面が示していないこと
ここで、画面と歴史を突き合わせたい。この絵には、狩猟の場面が描かれていない。
群れは静かに水辺にいる。嵐が近づくだけである。
つまり、減少の過程そのものは画面の外にある。
同じ画家は、後年にバイソンを主題にした大画面をもう一点描いている。
そこでは先住民の狩人が槍を構える構図が採られ、原因の所在を誤って伝えるという
批判が繰り返し指摘されてきた。
二点を、並べて考える
ここは慎重に扱いたい。1869年のこの一点だけを見れば、
穏やかな自然の情景に見える。
しかし同じ画家の主題の扱いを追えば、別の問題が見えてくる。
つまり一点の評価には、前後の作品と歴史の照合が要る。
絵は、時代の記録であると同時に、時代の見方の記録でもある。
絵を、資料として読むとき
読み方の手順を整理したい。まず、画面に何が描かれているかを確かめる。
次に、その主題が現実にどう進行していたかを、別の資料で確かめる。
そして、両者のあいだにずれがあるかを見る。
ずれがあれば、そのずれ自体が読むべき対象になる。
絵は、時代の記録であると同時に、時代の見方の記録でもある。
十八点と、百五十頁
公開分の構成をもう一度確かめたい。完成した油彩は18点である。
一方、スケッチブックの頁は約150点にのぼる。
つまり数のうえでは、準備の紙が圧倒的に多い。
これは、この画家が特別に多く素描を残したという意味ではない。
帳面がまとまって収蔵されたという、収蔵の事情による。
収蔵の偏りが、画家像を作る
公開分の性格についても書いておきたい。完成作だけを見れば、この画家は大画面の作家である。
素描だけを見れば、几帳面な調査者に見える。
両方が公開されているために、二つの側面を並べて見ることができる。
公開作品の構成が画家像を作る点は、繰り返し確かめておきたい。
素描は、著作の材料である
もう一点、整理しておきたい。素描は、それ自体では商品になりにくい。
しかし完成作の材料としては不可欠である。
そして、後世には資料として価値を持つ。制作の順序が読めるからである。
つまり素描の価値は、時代とともに変わる。
見立て——大画面は、小さな紙の積み重ねでできている
ここまでを整理したい。三メートルの画面の背後に、十二センチの帳面がある。
船の形、紋章の区画、剣の柄、地質のメモ。いずれも小さな紙に取られている。
完成作は、それらを組み合わせて構成される。
つまり大画面は、一気に描かれたものではない。調べて、集めて、積み上げた結果である。
準備と完成の距離
もう一点、書いておきたい。準備の紙には、飾りがない。
線は最小限で、必要な情報だけが取られている。
一方、完成作は光と色で飾られている。劇的な効果が加えられている。
この距離が、絵という商品の作られ方を示している。
暮らしへ——手のひらの帳面を持つ
家でできることを書いておきたい。縦12センチほどの小さな帳面を、一冊用意する。
そこに、見たものの形と、数字と、地名を書く。絵でも、線でも、文字でもよい。
上手に描く必要はない。あとで思い出せればよい。
ビアスタットの帳面がしていたのは、その作業である。
群として見ると、工程が見える
最後に、見方をまとめておきたい。168点を、完成作と準備の紙に分けてみる。
さらに準備の紙を、主題ごとに分ける。船と紋章、地形と地質、風景の輪郭。
三つの群が浮かんでくる。それぞれ、別の目的で描かれている。
公開画像は、そのための道具である。小さな紙を並べる作業は、画面の上でしかできない。
そして、分けた結果は書き留めておきたい。準備の紙の内容は、忘れやすい。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。
帳面の順序
最後に、読み方を補いたい。画帖の頁には、通し番号が振られていることがある。
順序が分かれば、旅の道筋も分かる。
しかし剥がされて一枚ずつ収蔵されると、その順序は失われる。
つまり、綴じられた状態を保つことに意味がある。
帳面を、どう保存するか
最後に、保存についても書いておきたい。革表紙の帳面は、開けば背に負担がかかる。
そのため、撮影や展示のために解体されることがある。
解体すれば頁は平らになり、扱いやすくなる。しかし順序は失われる。
つまり、保存の判断が資料の性格を変える。
どちらを優先するかは、館ごとの方針による。
そして、確かめた内容は書き留めておきたい。帳面の頁は数が多く、混同しやすい。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。
記録は、あとから読む自分のために残すものである。
細かく書く必要はない。日付と、気づいた一点だけでよい。
そして次に見るときは、その一行から始めればよい。
そして、次に見るときは前の記録を先に読む。同じ発見を二度しないで済む。
そして、大画面と小さな紙は、必ず並べて見たい。片方だけでは、仕事の形が見えない。
準備の紙が残っているのは、幸運である。その幸運を使い切りたい。
小さな紙は、失われやすい。まとまって残っていること自体が、記録の条件である。










