画家を知る

帳面は、縦12センチ——ビアスタットの下調べ

紙に描いた、油彩の習作

同じ画家の、小さな作品を見たい。

シエラの日の出
アルバート・ビアスタット《シエラの日の出》1872年ごろ。厚紙に貼った紙に油彩。縦34.3センチ、横47.9センチ。スミソニアン協会蔵。アルバート・ビアスタット《シエラの日の出》スミソニアン協会蔵

小さい。縦34.3センチ、横47.9センチ。先の大画面とは、面積で二十分の一以下である。

画面の大部分は暗い。上部に山の稜線が横たわり、そこだけが明るい。

朝日を受けた岩肌が、橙と褐色に光る。稜線の形は鋭く、影が深い。

その下の斜面は、暗い紫と灰色に沈む。

さらに手前は、ほとんど黒に近い。水面らしき横の帯が見える。

つまり、明るいのは画面の上三分の一だけである。

紙に描くという選択

材料の記録を見たい。「厚紙に貼った紙に油彩」とある。

つまり画布ではなく、紙に描かれている。

紙なら軽く、屋外へ持ち出せる。乾けば重ねて運べる。

一方、紙は傷みやすい。だから、価値があると判断された時点で厚紙に貼られる。

材料の変更は、評価の変化の跡でもある。同じ扱いは、
別のコラムでも扱った。

光だけを、記録する

この一点の役目を考えたい。細部はほとんど描かれていない。

樹木も、人も、建物もない。

描かれているのは、朝日が稜線に当たる瞬間の明暗だけである。

つまり、色と光の配分を記録した習作である。

大画面で使う光の設計を、ここで試していると考えられる。

小さな完成作もある

寸法の幅も確かめたい。

ネヴァダ滝、ヨセミテ
アルバート・ビアスタット《ネヴァダ滝、ヨセミテ》1872年または1873年。油彩・画布。縦99.1センチ、横76.2センチ。額を含めて縦122センチ、横99.1センチ、厚さ12.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《ネヴァダ滝、ヨセミテ》メトロポリタン美術館蔵

こちらは縦長で、縦99.1センチ、横76.2センチ。

滝が画面の中央上部から落ちる。水は白い霧になって広がる。

手前に針葉樹が数本立つ。幹は暗く、上へ伸びる。

倒木が斜めに横たわり、その上に人物が三人。青と赤の衣で、小さく描かれる。

つまり、人物は大きさを測る物差しとして置かれている。

帳面は、絵のためだけではない

スケッチブックに戻りたい。頁の中には、絵ではないものもある。

ワシントン州スカジット郡の地理・地質のメモ(スケッチブックより)
アルバート・ビアスタット《ワシントン州スカジット郡の地理・地質のメモ(スケッチブックより)》1890年。簀の目紙に黒鉛。縦12.1センチ、横19.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《ワシントン州スカジット郡の地理・地質のメモ(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

この頁には、絵がほとんどない。

左に方眼が描かれ、その中に区画が記される。土地の区分図だと考えられる。

右には文字が並ぶ。地名、方角の記号、数字が混ざる。

読み取れる範囲では、鉱脈の記述が含まれる。地表から何フィート下、といった記載である。

つまり、風景の写生ではない。土地と資源の調査である。

画家が、鉱山を調べる

この頁が示すものを考えたい。19世紀後半のアメリカ西部では、鉱山の開発が進んでいた。

土地の取得と資源の権利は、大きな商売だった。

画家がそこに関わっていたとすれば、風景画の背後には土地の利害がある。

ただし、この頁だけで断定はできない。誰のためのメモかは書かれていない。

分かるのは、同じ帳面に絵と鉱山の記述が並んでいるという事実である。

紙の質と、記録の質

材料と記録の関係にも触れておきたい。上等な帳面には、丁寧な線が残る。

簀の目紙の頁には、走り書きが多い。

つまり、用途によって帳面を使い分けていた可能性がある。

ただし、これは公開分から読める傾向にすぎない。断定は避けたい。

白いままの頁

もう一頁を見たい。

カラマ、コロンビア川、ワシントン州(スケッチブックより)
アルバート・ビアスタット《カラマ、コロンビア川、ワシントン州(スケッチブックより)》1890年。簀の目紙に黒鉛。縦12.1センチ、横19.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《カラマ、コロンビア川、ワシントン州(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

この頁は、ほとんど白い。

薄い線が数本、縦に走る。文字が二行ほど、左上に書かれている。

地名と日付だと考えられる。線は、地形の輪郭を取り始めたところで止まっている。

つまり、描きかけの頁である。

描きかけが、残るということ

未完成の頁について書いておきたい。通常、こうした紙は捨てられる。

しかしこの帳面は、まとまって美術館に入った。

その結果、失敗も、途中も、メモも、すべて残った。

つまり公開分は、画家が見せるつもりのなかったものを含んでいる。

素描が残ることの意味は、別のコラムでも扱った。

帳面の綴じ方

物としての帳面にも触れたい。所蔵館の記録は、材料をこう書く。

「金縁の織紙に黒鉛、革表紙に綴じられている」。

つまり、紙の縁に金箔が施された上等な帳面である。安価なメモ帳ではない。

一方、1890年の頁は「簀の目紙に黒鉛」とだけ書かれる。

帳面が複数あり、質も違ったことが分かる。

バッファローの群れ

最後に、扱いの難しい一点を見たい。

バッファローの通り道——迫る嵐
アルバート・ビアスタット《バッファローの通り道——迫る嵐》1869年。油彩・画布。縦74.9センチ、横125.7センチ。額を含めて縦110.8センチ、横162.2センチ、厚さ15.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アルバート・ビアスタット《バッファローの通り道——迫る嵐》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。縦74.9センチ、横125.7センチ。

画面の右半分に、厚い雲が広がる。灰色と青が渦を巻き、下端が地面へ垂れる。

雲の切れ間から光が差し、地面の一部が明るい。

左には木立がある。幹が斜めに傾き、葉が風に流れる。

中央から右の低地に、水がたまる。

そこにバイソンが集まっている。水を飲む個体、横たわる個体、
奥へ歩いていく個体が見える。

数は十数頭。遠くにも、点のように小さく群れが続く。