寸法の欄に、寸法がない——ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス
年の書き方が、六通りある
寸法とは別に、年の欄も面白い。
九点の年の書き方は、六通りに分かれる。
ある年のころ、という書き方が一点。
二つの年をつなぐ書き方が二点。
ころという語を付けたうえで、二つの年をつなぐものが二点。
世紀だけを書くものが二点。
年の幅が二十年に及ぶものが一点。
同じ種類の物、同じ館の記録で、これだけ書き方が分かれる。
ころ、という語
年の欄に、ころという語が付く記録が三点ある。
これは、館が推定した年だという印である。
はっきりした証拠がないときに使われる。
同じ九点の中に、ころの付かない記録もある。
そちらは、根拠のある年ということになる。
もっとも、その根拠が何かは書かれていない。
型の記録が残っているのか、他の資料と照らしたのか。
読む側からは分からない。
世紀だけの記録
九点のうち二点は、十九世紀とだけ書かれる。
百年の幅である。
型で押した硝子が作られたのは、十九世紀の前半に集中する。
だから、百年のうちのどこかとしか言えない、ということではないはずである。
にもかかわらず、記録は世紀で止まっている。
年の欄も、寸法の欄と同じことが起きている。
書ける範囲でしか書かない、という態度である。

帆をたたむ
いま見た一点の帆は、たたまれている。
柱に沿って布が巻かれ、横棒に留められている。
港に停まっている状態である。
こうした図は、実際の船を写したというより、図案として作られたものだろう。
甲板の細かい線は、型に彫られた溝である。
深く彫れば太く、浅く彫れば細く出る。
船の図
いま見た一点の中央には、帆船が描かれている。
三本の柱に、たたんだ帆が付く。
まわりには渦を巻いた飾りが並ぶ。
型に彫られた図なので、何枚作っても同じ図になる。
この種の皿には、船や建物や人の顔がよく使われた。
売るための図柄である。
同じ型で作られた皿が、いま各地の館に散っている。
渦を巻いた飾り
いま見た一点の縁には、渦を巻いた飾りが並ぶ。
蔓が巻いたような形である。
十九世紀前半の家具や建築にも、同じ形が使われた。
硝子の型に彫られた飾りも、その流行に沿っている。
道具の意匠は、その時代の他の意匠とつながっている。
色の違い
九点の色は、そろっていない。
無色に近いものが二点。
黄色を帯びたものが二点。
紫がかったものが二点。
青いものが一点。
濃い紫のものが一点。
残る一点は、白黒の画像なので色が分からない。
硝子の色は、原料に混ぜる金属で決まる。
紫という色
九点のうち三点は、紫がかっている。
硝子の紫には、二つの由来がある。
一つは、原料に紫を出す金属を加えたもの。
もう一つは、無色の硝子が長い年月で色を変えたものである。
無色にするために加えた成分が、日光を受けて紫に変わることがある。
どちらであるかは、見ただけでは分からない。
記録にも書かれていない。
白黒の画像
九点のうち二点は、白黒の画像で公開されている。
古い写真をもとにしているのだろう。
そのため、色は分からない。
型の図は白黒でも読めるが、色は読めない。
この二点は、寸法も不明とされている。
記録の情報が少ない点と、画像が古い点は、重なっているように見える。
ただし、それが原因と結果であるとまでは言えない。

図柄の種類
九点の図柄を並べると、三つに分かれる。
船を中央に置くものが三点。
模様だけのものが四点。
心の形や花を組み合わせたものが一点。
残る一点は、渦を巻いた筋が入るだけである。
船の図が三点もあるのは、当時の好みだろう。
海運で栄えた土地で作られた品である。
格子の図
いま見た一点の中央は、細かい格子である。
正方形が縦横に並び、その数は八列ほど数えられる。
まわりには、扇の形をした飾りが六つ配される。
船や建物のような図ではない。
模様だけで構成された図柄である。
この一点の年は、1830年から1850年と書かれる。
九点の中で、最も幅の広い記録である。

扇の飾り
いま見た一点の縁近くには、扇の形をした飾りが並ぶ。
放射状の細い線が、外へ広がる形である。
貝を思わせる形でもある。
型で押した硝子では、こうした細かい線が得意である。
彫った型に硝子を押し当てれば、線はそのまま写る。
手で削って作るより、はるかに速い。
数字のある一点
いま見た一点には、直径9.2センチと書かれている。
九点の中で、年の幅が最も狭いのもこの一点である。
1829年から1830年。二年の幅しかない。
寸法があり、年も絞られている。
情報の多い記録と、少ない記録が、同じ九点の中に並んでいる。
出所の行は、他の四点と同じ寄贈者である。
同じ人から同じ年に入ったのに、記録の詳しさが違う。
二年の幅が意味するもの
1829年から1830年という記録は、根拠があってのことだろう。
この会社が操業を始めたのが1820年代の後半である。
初期の型であれば、時期は絞りやすい。
図柄や縁の形から、いつごろの型かを判断できる場合がある。
そうした判断が働いた記録なのかもしれない。
ただし、その理由は記録には書かれていない。
縁の形
この一点の縁は、大きく波打っている。
十六の山が、外へ張り出す。
型の外周をこの形に彫れば、押すだけでこの縁ができる。
手で吹いた硝子では、こうはいかない。
型で押すことの利点が、縁の形に出ている。