美術史・技法

寸法の欄に、寸法がない——ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス

カップ受け皿
ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《カップ受け皿》1829年から1840年ごろ。型で押した硝子。館の記録では、直径9.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《カップ受け皿》メトロポリタン美術館蔵

黄色い硝子

いま見た一点は、黄色を帯びている。

暗い下地の上で撮られているため、色がよく分かる。

同じ黄色でも、先に見た一点より濃い。

硝子の色は、厚みでも変わる。

縁の厚いところは濃く、中央の薄いところは淡く見える。

一枚の皿の中でも、色の濃さは一様ではない。

単位の前の、空き

いま見た一点の寸法の書き方には、細かい違いがある。

数字と単位のあいだに、空きがない。

他の記録では、そこに空きが入る。

読むうえで支障はない。

しかし、書式がそろっていないことは分かる。

こうした違いは、記録が別々の時期に、別々の人によって入力された跡である。

題の書き方

もう一つ、細かい違いがある。

題の二語目について、頭を大きく書くものと、小さく書くものがある。

九点のうち二点だけが、小さく書く。

日本語の題に直すと、この違いは消える。

もとの記録を見なければ気づかない差である。

カップ受け皿
ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《カップ受け皿》19世紀。型で押した硝子。館の記録では、直径8.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《カップ受け皿》メトロポリタン美術館蔵

心と花

いま見た一点の中央には、心の形が置かれる。

その中に、花と葉が組み合わされている。

まわりには、大きな飾りが四つ配される。

白黒の画像なので、色は分からない。

型の彫りは深く、影がはっきり出ている。

九点の中では、最も装飾の密な一点である。

写真に写り込んだ札

いま見た一点の画像の下には、小さな札が写っている。

数字が書かれた札で、撮影のときに置かれたものらしい。

作品の一部ではない。

古い記録写真には、こうした札がよく写り込む。

整理のための番号だろう。

いまの撮影では、こうした札は画面の外に置くか、後から消す。

写真の作られた時期を示す手掛かりになっている。

カップ受け皿
ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《カップ受け皿》19世紀。型で押した硝子。館の記録では、直径9.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《カップ受け皿》メトロポリタン美術館蔵

縁の厚み

いま見た一点の縁は、他の八点より厚く見える。

型で押すとき、硝子の量が多ければ、縁は厚くなる。

厚い縁は割れにくい。

薄い縁は美しいが、欠けやすい。

どちらを取るかは、作る側の判断である。

九点の縁を見比べると、その判断が一枚ごとに違うと分かる。

青い一点

いま見た一点は、青い硝子である。

中央には、渦を巻いた白い筋が入る。

色の違う硝子が混ざったまま固まったのだろう。

型で押す前の材料に、むらがあったことになる。

同じ型から、同じ色のものだけが出るわけではない。

この一点は、少し斜めから撮られている。

そのため、縁の厚みと、皿の反りが見える。

一つだけ大きい

九点の直径を並べると、八点が8センチから9センチ台に収まる。

残る一点だけが14センチである。

この差は、用途の差である。

茶碗を置く皿と、菓子などを載せる皿では、必要な広さが違う。

寸法の欄は、その違いをはっきり示している。

数字があれば、こうした比較ができる。

不明と書かれた四点は、この比較の外に置かれる。

皿という題の一点

最後の一点だけ、題が違う。

カップ受け皿ではなく、皿である。

直径は14センチ。他の八点の一・五倍以上ある。

用途が違うのだから、題も違う。

そして、この一点だけ、作った会社の名が記録の作者欄に入っている。

他の八点の作者欄は、空である。

皿
ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《皿》1835年から1840年。型で押した紫色の硝子。館の記録では、直径14センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス社《》メトロポリタン美術館蔵

濃い紫

いま見た一点は、濃い紫の硝子である。

光を通しにくく、黒に近く見える。

原料に加える金属の量を増やせば、色は濃くなる。

八点の受け皿より、色が強い。

横から撮る

いま見た一点は、真横に近い角度から撮られている。

そのため、直径は画面から読み取りにくい。

かわりに、縁の反り上がりと、底の平らさが分かる。

上から撮れば図柄が見え、横から撮れば形が分かる。

どちらか一方しか撮らなければ、他方は失われる。

九点のうち、横から撮られているのはこの一点だけである。

上からと、横から

図柄を見せたいなら、上から撮る。

形を見せたいなら、横から撮る。

両方撮れば、両方分かる。

九点では、そのどちらか一方しか撮られていない。

記録の濃さは、そろわない

九点をまとめて見ると、記録の濃さがまちまちである。

寸法があるものとないもの。

年が二年に絞られるものと、百年で止まるもの。

作者の名があるものとないもの。

色の分かる画像と、分からない画像。

同じ館の、同じ種類の、同じ寄贈から来た物でも、こうなる。

記録は、一度に作られるものではない。

不明を、そのまま読む

寸法が不明であることは、欠点として読むこともできる。

しかし、別の読み方もある。

分からないことを、分からないと書いてある。

推定の数字を入れて、あるように見せてはいない。

九点のうち五点には数字があるのだから、およその見当はつく。

その見当を、記録の中に混ぜていない。

この分け方があるから、こちらは数字を信じられる。

型で押す技術については、型で押すか、手で吹くか——19世紀アメリカのガラスで扱った。

この会社の仕事については、型で押して、量産する——ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラスも参照されたい。

RELATEDあわせて読みたい

美術史・技法の記事一覧