寸法の欄に、寸法がない——ボストン・アンド・サンドウィッチ・ガラス
九点のうち四点は、寸法の欄に数字がない。空欄ではなく、不明だと書かれている。年の書き方は六通りに分かれ、単位の前の空きまで揺れる。分からないと書くことの意味を、九点から考えたい。直径のある五点とも、比べたい。

寸法の欄に、寸法がない
九点のうち四点は、寸法の欄に数字が入っていない。
かわりに、寸法は不明である、という一文が置かれている。
空欄ではない。不明だと書いてある。
美術館の記録で、寸法は基本の情報である。
年が分からないことはある。作った人が分からないこともある。
しかし、目の前にある物の大きさは、測れば分かるはずである。
それでも、四点の記録には数字がない。
なぜ数字がないのか。九点を並べて考えたい。

九点の内訳
先に、九点の中身を確かめておく。
題がカップ受け皿のものが八点。皿が一点。
寸法の数字があるものが五点、ないものが四点。
色は、無色に近いもの、黄を帯びたもの、紫がかったもの、青いものに分かれる。
画像が白黒のものが二点ある。
出所の行が分かるものは、いずれも同じ一人からの遺贈である。
九点とも、同じ会社の名に結びつけられている。
カップ受け皿とは何か
先に、九点が何かを確かめておく。
八点の題は、カップ受け皿である。
十九世紀のアメリカで、茶を飲むときに使われた小さな皿である。
熱い茶は、いったん受け皿に移して冷ましてから飲んだ。
そのあいだ、茶碗を置く場所が要る。
その置き場が、この小さな皿である。
直径は8センチから9センチほど。手のひらに載る。
受け皿から飲む
いまの作法では、茶碗から直接飲む。
十九世紀のアメリカでは、そうではなかった。
熱い茶を受け皿に少し移し、そこから飲む。
浅い皿に広げれば、すぐ冷める。
急いで飲みたいときには、理にかなった方法である。
その間、茶碗を置く小さな皿が要る。
九点の八点は、そのために作られた。
つまり、これは食器そのものではなく、食器のための道具である。
小さいものの記録
美術館の記録では、大きな絵も小さな皿も、同じ一件として扱われる。
しかし、手間は同じではない。
大きな絵は一点ずつ丁寧に扱われる。
小さな食器が何百点も一度に入れば、一点あたりの手間は減る。
九点の記録の濃さがばらつくのは、そのためかもしれない。
これは推測であって、記録に書かれていることではない。
型で押した硝子
技法の欄には、型で押した硝子と書かれる。
溶けた硝子を型に入れ、上から押して形を作る。
吹いて作るより速く、同じ形をいくつも作れる。
九点のうち七点には、さらに語が足されている。
細かい粒の地を持つ、という種類の名である。
型の表面に細かい凹凸を彫っておくと、硝子の面が無数の点になる。
光が乱れて反射し、白く曇ったように見える。
そのため、傷や気泡が目立たなくなる。
手で吹く硝子との違い
手で吹いた硝子は、一点ずつ形が違う。
同じ職人が同じ手順で作っても、厚みや径は少しずつずれる。
型で押せば、その差は小さくなる。
だから、同じ型から出た皿は、直径がほぼ同じになる。
九点のうち三点が9.2センチでそろっているのは、そのためだろう。
もっとも、同じ型かどうかは記録に書かれていない。
図柄が違うのだから、別の型である可能性が高い。
細かい粒の地
七点の技法の欄にある種類の名は、面の見え方を指している。
型に無数の小さな凹凸を彫っておく。
そこに硝子を押し当てると、面が細かく波打つ。
光が四方に散り、白く曇ったように見える。
図柄の輪郭が、この地の上にはっきり浮かぶ。
そして、型で押すときにできる細かい皺や気泡が、目立たなくなる。
見た目を良くしながら、欠点を隠す。よくできた方法である。
数字がある五点
九点のうち五点には、直径が書かれている。
8.9センチが一点。9.2センチが三点。14センチが一点。
14センチの一点だけ、題が皿である。
残る四点は、8センチ台から9センチ台にそろう。
つまり、この種類の物の大きさは、おおよそ決まっている。
だとすれば、寸法のない四点も、同じくらいだろうと見当はつく。
しかし、見当は記録ではない。
測るのは、簡単ではない
寸法は測れば分かる、と先に書いた。
しかし、実際にはそう簡単ではない。
倉庫から出し、包みを解き、台に置き、測り、また包んで戻す。
割れやすいものなら、扱いに人手が要る。
一点あたり数分でも、何千点となれば別の話になる。
寸法が入っていない記録が残るのは、そうした事情による。
不明と書く、ということ
寸法の欄に不明と書くのは、記録として正直な態度である。
空欄のままにすれば、まだ書いていないのか、測れないのかが分からない。
不明と書けば、確認したうえで数字がない、と伝わる。
では、なぜ測れなかったのか。
考えられる理由はいくつかある。
古い台帳から移した記録で、もとの台帳に数字がなかった場合。
物が長く倉庫にあり、確認の機会がなかった場合。
あるいは、記録の整理が写真より後になった場合。
どれであるかは、記録からは分からない。

一人の遺贈
出所の行が分かる五点は、いずれも同じ人からの遺贈である。
年は1944年と書かれる。
ところが、収蔵番号は1945年で始まる。
一年のずれがある。
遺贈が決まった年と、館が受け入れた年が違うということだろう。
手続きに時間がかかれば、こうしたずれは生じる。
記録は、その二つをどちらも残している。
番号の枝番
五点の収蔵番号は、共通の頭を持ち、枝番で分かれる。
枝番は37、95、98、115、239である。
飛び飛びになっている。
つまり、この遺贈には少なくとも二百三十九点が含まれていた。
九点は、その一部でしかない。
一人の集めた硝子が、まとめて館に入ったのだと分かる。