同じ型から、二つ出てくる——マイルズ夫人のプレスガラス800点超、1946年
鴨が二つ、梟が二つ。型が同じでも、流し込む色が違えば別のものになる。材料の欄が色の名を書くのは、ガラスにとって色が材料そのものだからである。白黒の画像では読めない記録について書きたい。同じ器が色付きと白黒の両方で残っている例もある。

同じ形が、二つ並んでいる
出所の行に、こう書かれた作品がある。
エミリー・ウィンスロップ・マイルズ夫人による寄贈、一九四六年。
当サイトで公開している分だけで、二十九点ある。
番号は四六・一四〇で始まり、枝番は二八一から八五一まで。
もとの寄贈は、八百点を超える規模だったと考えてよい。
種別は、皿が九点、水注が七点、カップが五点、平皿が四点、壺が二点、鉢が二点。
作った会社の名を数えると、六社以上に分かれる。
そして、二十九点のうち二十点が、型で押されたガラスである。
今回はこの寄贈から九点を選んだ。
そのうち四点が、二点ずつ対になっている。
同じ形のものが、二つずつ入っている。

鴨の形をした器である。
胴が身、背が蓋になる。
体を伏せ、首を立てている。
くちばしは前へ突き出し、先が丸い。
翼は体に沿って畳まれ、羽の一枚ずつが線で表される。
尾は上へ跳ね上がる。
色は暗い赤紫。
光が当たるところだけ、透けて明るくなる。
目のところに、青緑の小さな玉が嵌まっている。
そこだけ色が違う。
材料の欄が、二つの色を並べて書いている。
紫水晶色と、不透明な青緑。
つまり、この器は二色のガラスでできている。
長さ二十七・六センチ。
食卓に出す大きさである。

前の一点と、同じ形である。
姿勢も、羽の線も、尾の跳ね上がりも同じである。
同じ型から出ている。
違うのは、色である。
体は明るい紫。
頭と首は黒く、体との境がはっきりしている。
目は緑。
つまり、三色のガラスを組み合わせている。
そして、番号は二八一と二八二。
続き番号である。
型で押すということ
ここで、この分野の作り方を説明しておきたい。
溶けたガラスを、鉄の型に流し込む。
上から押し棒で圧をかける。
型の内側の形が、そのままガラスに写る。
冷えたら、型を開いて取り出す。
これが、型で押す方法である。
吹きガラスと比べると、決定的な違いがある。
同じものが何個でも作れる。
そして、細かい凹凸を安く付けられる。
十九世紀の前半に、アメリカでこの技法が実用化された。
以後、ガラスの器は急速に安くなる。
それまで高価だった食卓のガラスが、一般の家庭に入った。
九点のうち六点が、この技法で作られている。
型の値段
型で押す技法には、初期の費用がかかる。
鉄の型を彫らなければならない。
鴨や梟の形なら、なおさらである。
羽の一枚ずつを、型の内側に彫り込む。
これは、彫金に近い仕事である。
そして、型は一つでは足りない。
身と蓋で別々に要る。
その型を作る費用は、一個や二個の器では回収できない。
何百、何千と作ってはじめて割に合う。
だから、型で押す器は、必ず量産される。
つまり、この鴨も梟も、当時は珍しいものではなかった。
同じものが、多くの家庭にあった。
そして、大半は割れて捨てられた。
いま館にあるのは、割れなかったものである。
第十一回で書いた銀器とは、残り方の理屈が違う。
銀は、溶かされて消える。
ガラスは、割れて消える。
どちらも、残ったものが偏っている。
対を集めるということ
四点が二点ずつの対になっている、と冒頭に書いた。
鴨が二つ、梟が二つ。
いずれも、同じ型から出たものである。
集める人が、なぜ同じものを二つ持つのか。
理由は、色にある。
同じ型でも、流し込むガラスの色が違えば、別のものになる。
赤紫の鴨と、紫と黒の鴨。
並べてはじめて、色の違いが分かる。
一つでは分からない。
第十五回で扱った「複製と反復」の問題が、ここに現れる。
型が同じでも、一点ずつ違う。
その違いを見せるには、複数が要る。
動物の形をした器
九点のうち四点が、動物の形をしている。
鴨が二つ、梟が二つ。
いずれも蓋物である。
体が身、頭や背が蓋になる。
この種の器は、十九世紀の後半に大量に作られた。
食卓に出す容器である。
バターや砂糖、あるいは小物を入れた。
なぜ動物なのか。
一つには、型で押す技法が複雑な形を可能にしたからである。
以前なら、こうした形は高価な鋳造品でしか作れなかった。
もう一つは、食卓の飾りという需要である。
安いガラスで、目を引くものを作る。
売る側にとって、これは有利な商品だった。
鴨と梟のほかにも、鶏、兎、犬、魚。
さまざまな動物の器が作られている。
そして、当時は玩具に近い扱いだった。
いま美術館の記録に載っているのは、時間が経ったからである。
日用品が、百年たつと資料になる。
第十二回で読んだ美術陶器と、同じことが起きている。
目だけが、別の色である
鴨の二点には、共通する特徴がある。
目のところに、別の色のガラスが嵌まっている。
一つは青緑、もう一つは緑。
体の色とは、はっきり違う。
材料の欄が二色または三色を並べているのは、この部分のためである。
型で押す工程で、色の違う小さなガラスを目の位置に置く。
そして、上から体の色を流し込む。
冷えると、一体になる。
小さな部分だが、手間がかかっている。
そして、この一点があるかないかで、器の印象がまるで変わる。
目がなければ、ただの器の形である。
目が入ると、生き物になる。
材料の欄の二つ目の色は、その効果のために書かれている。
梟が、二つ

梟の形をした器である。
体をまっすぐ立て、脚で枝のようなものを掴んでいる。
頭が蓋になり、胴が身である。
大きな目が、正面を向く。
眉のあたりに、羽角が二つ立つ。
くちばしは短く、下を向く。
胸から腹にかけて、羽の模様が細かく彫られている。
翼は体に沿って畳まれる。
色は明るい青。
透明で、光が通る。
高さ十七・一センチ。

同じ形、同じ寸法、同じ材料の記述である。
番号だけが一つ違う。
二九八と二九九。
そして、公開されている画像が違う。
前の一点は色付きで撮影されている。
この一点は白黒である。
つまり、同じ器なのに、見え方がまったく違う。
白黒の画像では、青が灰色になる。
透明感も分からない。
代わりに、羽の彫りの陰影がはっきり見える。
色が消えると、形が見えてくる。
二つの写真が、同じものを別々に見せる
この二点は、記録の上でほぼ同一である。
寸法も、色の記述も、年も同じ。
違うのは番号と、撮影の時期だけである。
そして、その撮影の差が、見え方を決めてしまう。
当サイトが扱えるのは、提供元が公開した画像だけである。
だから、この差はそのまま引き継がれる。
同じ寄贈のなかに、色付きと白黒が混在する。
第二回でも、第十回でも、同じことを書いた。
撮り直された点と、そうでない点がある。
その基準は記録に残っていない。
ただ、この二点のように、まったく同じものが両方の状態で残っていると、差が測れる。
比べるための組が、偶然できている。

白黒の画像である。
低い脚の上に、浅い鉢が載る。
口の縁が大きく波打つ。
四か所ほどが持ち上がり、そのあいだが下がる。
胴の表面に、細い横線が密に並ぶ。
これは彫った線ではない。
細いガラスの糸を、熱いうちに巻き付けたものである。
記録の技法の欄が、そう書いている。
脚の部分にも、同じ糸が巻かれる。
型で押した器ではない。
吹いて作り、あとから飾りを足している。
糸を巻く装飾
この技法について、少し書いておきたい。
器を吹いて形を作る。
まだ熱いうちに、細いガラス棒を溶かして押し当てる。
そのまま器を回すと、糸が巻き付いていく。
均等に巻くには、回す速さと押し当てる強さを揃えなければならない。
九点のうち三点が、この技法で作られている。
いずれも同じ会社の製品である。
そして、いずれも一八八〇年から八八年という年の幅を持つ。
この会社が閉じたのが一八八八年だからである。
作った会社の存続期間が、そのまま年代の上限になる。
第十二回で書いた、窯の寿命の話と同じである。

白黒の画像である。
背の高い水注である。
胴はまっすぐ立ち、上でわずかにすぼまる。
口の一方が、注ぎ口として持ち上がる。
胴の全面に、細い横線が並ぶ。
上から下まで、間隔がほぼ均一である。
取っ手は、透明なガラスでできている。
胴とは別の材料である。
太い帯が縦に溝を刻まれ、上端で口の縁につながる。
下端は胴に押し付けられ、そこで潰れている。
貼り付けた跡が、そのまま残っている。
皿にも、同じ糸

色の付いた画像である。
真上から撮影されている。
浅い皿で、中央がわずかに窪む。
中心に、放射状の細かい線がある。
そこだけ赤みが強い。
その外側に、平らな面。
さらに外側の縁は、なだらかに立ち上がる。
縁の部分に、糸を巻いた跡が渦を巻いている。
色は琥珀色だが、一様ではない。
中心が赤く、外へいくほど黄色に近づく。
前の二点と同じ会社、同じ技法である。
しかし、色付きの画像なので、色の変化が見える。
白黒では分からなかった部分である。
色が変わるガラス
この色の変化について、説明しておきたい。
ガラスに金を微量に混ぜる。
そのまま冷ますと、黄色っぽい琥珀色になる。
しかし、一部を再び加熱すると、その部分だけが赤くなる。
金が細かい粒になって発色するためである。
だから、器の一部だけを炉に近づけて加熱する。
すると、赤から黄への段階的な変化が生まれる。
九点のうち、最後の一点にもこの効果が使われている。
技法の欄には、そこまで書かれていない。
吹きガラス、とあるだけである。
色の変化は、画像を見なければ分からない。

白黒の画像である。
丸い胴の水注である。
球に近い形で、上が少しすぼまる。
その全面に、丸い突起が並ぶ。
規則正しく、縦にも横にも整列している。
突起の一つずつが、光を返して白く見える。
口の縁は波打ち、注ぎ口が高く持ち上がる。
取っ手は透明で、上から下へ大きく弧を描く。
高さ十四センチ。
材料の欄には、三つの色が並ぶ。
紅色、不透明な白、無色。
しかし、白黒の画像では、その三色が区別できない。
赤から黄へ

小さなカップである。
高さ六・四センチ。
胴は丸く、上がわずかに開く。
側面に、菱形の凹凸が浅く並ぶ。
型で押したのではなく、型に入れて吹いた跡だろう。
そして、色が上下で変わっている。
口の近くは、濃い赤。
中ほどで橙になる。
底に近づくと、明るい琥珀色になる。
境目はない。
連続して移り変わっている。
取っ手は黄色で、胴とは別に付けられている。
上端が口の縁に、下端が胴の中ほどに留まる。
先ほど書いた、部分的な再加熱による発色である。
一つの器のなかで、色が段階的に変わる。
この効果を持つガラスには、専用の呼び名がある。
館の記録は、その名を書いていない。
吹きガラス、とだけである。
九点のなかで、いちばん記述の短い技法の欄である。
そして、いちばん複雑な色を持っている。
材料の欄が、色を書く
九点の技法の欄を、並べてみたい。
型で押した紫水晶色と不透明な青緑のガラス。
型で押した透明な紫水晶色と、黒と緑の不透明なガラス。
型で押した青いガラス。
型で押した青いガラス。
吹きガラスに糸を貼り付けた装飾。
琥珀色の吹きガラスに糸を貼り付けた装飾。
琥珀色の吹きガラスに糸を貼り付けた装飾。
型で押した紅色と不透明な白と無色のガラス。
吹きガラス。
材料の名の中に、色の名が入っている。
これは、他の分野ではあまり見られない。
絵画の技法の欄には、色は書かれない。
布に油彩、と書くだけである。
陶器も、素地と釉薬の種類を書くだけである。
なぜガラスだけが色を書くのか。
答えは単純で、ガラスにとって色は材料そのものだからである。
金属の酸化物を混ぜて、色を出す。
青にはコバルト。
赤には金や銅。
紫にはマンガン。
つまり、色を変えることは、調合を変えることである。
だから、材料の欄に書かれる。
白黒では読めない記録
そうなると、白黒の画像は不都合である。
材料の欄が色を書いているのに、その色が見えない。
九点のうち五点が白黒である。
つまり、五点については、記録の言葉だけで色を補うことになる。
紅色、不透明な白、無色。
三色が混じった器を、灰色の写真から想像する。
第二回でも同じことを書いた。
金の器が灰色に写る、と。
ガラスの場合、その不都合はさらに大きい。
透明かどうかも、写真では分かりにくい。
会社の名が並ぶ
二十九点の作者の欄を数えると、六社以上に分かれていた。
いずれも会社の名である。
個人の名は一つも出てこない。
そして、その会社の多くが、十九世紀の終わりに閉じている。
一八八八年、一八八八年、一八九一年、一八九三年。
十年ほどのあいだに、次々と姿を消している。
理由は、競争である。
型で押す技法が普及し、器の値段が下がった。
安く作れるところが残り、そうでないところが消える。
第十二回で読んだ美術陶器の窯も、短命だった。
同じ時期に、同じことが起きている。
夫人、と書かれる名前
最後に、出所の行の書き方に触れておきたい。
夫人、という語が名前の前に付いている。
しかし、そのあとに続くのは、本人の名である。
第七回で読んだ一九四七年の行では、夫の姓名に夫人が付いていた。
そちらは、本人の名前が記録に残らない書き方だった。
こちらは違う。
夫人という敬称は付くが、名も姓も本人のものである。
年は一九四六年。
前者と一年しか違わない。
同じ時期に、二通りの書き方が併存していた。
記録の様式は、一斉に切り替わるものではない。
寄贈者がどう名乗ったかによって、そのつど決まる。
出所の行は、そういう個別の判断の積み重ねでできている。
一つの寄贈が、産業を記録する
この寄贈を、別の角度から見てみたい。
八百点のガラスが、六社以上の製品にわたっている。
同じ型から出たものが複数含まれる。
色違いが並ぶ。
型で押したものと、吹いたものが混じる。
これは、美術品の収集というより、産業の記録に近い。
十九世紀のアメリカのガラス工業が、何を作っていたか。
その一覧になっている。
作者は個人ではなく会社である。
だから、様式の展開を追うというより、生産の展開を追うことになる。
美術館の分類では、こうしたものは装飾美術の部門に入る。
しかし、性格としては、産業技術の資料に近い。
館の記録の技法の欄が、色の調合まで書いているのは、その性格を反映している。
作った人の名ではなく、作り方が中心に来る。
第九回で読んだメダルの寄贈も、似た性格を持っていた。
あちらは、一つの顔がどう流通したかの記録だった。
こちらは、一つの技法がどう広がったかの記録である。
八百点のガラス
この寄贈の規模を、もう一度確かめたい。
枝番は八五一まで伸びている。
八百点を超えるガラスが、一度に館へ入った。
そして、その内容は十九世紀のアメリカ製に集中している。
同じ型から出たものが、複数含まれている。
つまり、これは希少品を集めた収集ではない。
当時ふつうに売られていた器を、体系的に集めたものである。
家庭で使われ、割れて捨てられていくものだった。
その残ったものが、いま館にある。
出所の行の一つの名前が、それを可能にした。
次の回では、もっと小さなものを何百点も集めた例を読みたい。
刀に付ける金具である。
長さ十センチに満たず、重さは三十グラム前後である。
ガラスの器より、さらに小さい。
それでも、記録の欄は寸法と重さを几帳面に書いている。
厚さ六ミリまで測られている。
小さいものほど、記録は細かくなる。
その理由も、あわせて考えたい。
そして、そこでは作者の欄に個人の名が並ぶ。
会社の名ではない。
同じ「大量に集められた小さなもの」でも、記録の形が入れ替わる。





