ペンとインクで、運河を引く——アンドリュー・フィッシャー・バナー
縦の構図の運河
五点目も、運河である。

縦長の画面である。
中央に、屋根の重なった建物がある。
屋根瓦の一枚ずつが、短い線で描かれる。
その手前に、橋が架かる。
橋の下は、暗い水面である。
線が密に引かれ、黒く沈む。
左には、別の建物が並ぶ。
上部の煙突が、空へ突き出す。
九点の中で、最も線の密度が高い一枚である。
密度を上げると、何が起きるか
この一枚は、線が多い。
屋根瓦、石積み、水面、影。
いずれも、細かい線で埋められる。
その結果、画面が重くなる。
一方、白く残された壁が際立つ。
つまり、密度を上げるほど、白い場所が強く見える。
暗くすることは、明るくすることでもある。
版画や素描では、この関係が働く。
橋を、正面から見る
四点目と五点目には、いずれも橋が架かる。
そして、どちらも正面から描かれている。
橋の弧が、画面の中で半円を作る。
その下に、暗い水面が広がる。
橋は、運河の絵の要である。
奥行きを区切り、視線の通り道を作る。
橋の向こうが明るく、手前が暗い。
その差で、奥へ引き込まれる。
ヴェネツィアの絵で橋が繰り返し描かれるのは、この効きのよさもある。
建物の一部だけを描く
六点目は、対象が小さい。

一枚の紙に、二つの図が描かれている。
左には、建物の張り出した部分がある。
屋根が付き、その下に開口がある。
右には、別の建物の角が描かれる。
上部に、木の枠のようなものが見える。
いずれも、建物の全体ではない。
一部だけを取り出している。
背景は、白いままである。
一枚に、二つの図
紙に複数の図を描くのは、素描でよくある。
紙は貴重であり、余白は無駄になる。
だから、隙間に別の図を描く。
そして、関連する対象を並べることもある。
この一枚では、建物の張り出しが二つ。
つまり、同じ種類の構造を並べて記録している。
比較のための素描である。
後で使うときに、選べるようにしてある。
簀の目紙
この一枚の技法欄には、簀の目紙とある。
紙を漉くときの簀の目が、透かして見える紙である。
細い線が、等間隔に並ぶ。
十九世紀には、機械で漉いた滑らかな紙が主流になっていた。
そのなかで、簀の目紙をあえて使うこともあった。
表面がやや粗く、インクが少しにじむ。
九点のうち、簀の目紙は二点である。
残りは、滑らかな紙である。
紙の選択も、素描の一部である。
ドイツの町並み
七点目は、場所が変わる。

左に、大きな建物の壁が立つ。
木の梁が、壁の面に露出している。
いわゆる木組みの建物である。
窓は小さく、規則正しく並ぶ。
中央には、狭い道が奥へ伸びる。
道の両側に、家が続く。
奥には、人影が小さく描かれる。
右にも、木組みの家が立つ。
下部に、題名と日付がある。
ヴェネツィアと、ローテンブルク
九点のうち、五点がヴェネツィア、一点がドイツである。
いずれも、旧市街の狭い道と古い建物が主題である。
十九世紀後半、こうした古い町並みは人気があった。
近代化が進むほど、古い姿が惜しまれる。
そして、旅行者が訪れる。
画家も、その流れの中で描いている。
つまり、これは観光の絵でもある。
もっとも、細部の記録としての精度は高い。
木組みの壁を、線で描く
木組みの建物は、ペン画に向いている。
梁が直線で、面が明快だからである。
太い線で梁を引き、その間を白く残す。
そして、影になる部分だけ細い線を入れる。
つまり、線の太さを二段階に使い分ける。
九点の中で、この一枚は線の性格がはっきりしている。
対象の形が、描き方を決めている。
人を、ほとんど描かない
九点を通して、人物はほとんど出てこない。
出てきても、数ミリの影である。
つまり、この画家の関心は建物と木にある。
人の暮らす町を描きながら、人を描かない。
これは、風景素描ではよくある。
人を描くと、その動作に目が行く。
すると、建物の形が読みにくくなる。
記録が目的なら、人はむしろ邪魔になる。
一方で、人がいれば大きさが分かる。
その利点と引き換えに、省いている。
木を、主題にする
八点目は、建物ではない。

九点の中で、最も大きい紙である。
縦42.9センチ。
画面の中央に、一本の木が立つ。
幹は細く、まっすぐ伸びる。
上部で枝が分かれ、葉が茂る。
葉は、小さな鉤形の線を集めて描かれる。
手前には、低い草と柵らしきものがある。
背景は白いままである。
木だけが、画面を占める。
葉を、記号で描く
葉の描き方に注目したい。
一枚ずつ描かれてはいない。
小さな鉤形の線が、無数に並ぶ。
その集まりが、茂みに見える。
線の向きは、枝の方向に沿う。
密度は、外側ほど疎になる。
つまり、記号を並べて量感を作っている。
木を描くときの、標準的な方法である。
そして、木の種類によって記号の形を変える。