同じ大きさの紙に、二つの大陸が並ぶ——ジョージ・カトリン
描いている場面が、絵になる
九点のうち二点は、絵を描く場面そのものを画題にしている。
一点は南米で、首長を描いているところが画面に入る。もう一点は北米で、題が求めの言葉になっている。
これは珍しい。ふつう、記録する側は画面の外にいるからである。
描く人が画面に入ると、絵は二重になる。描かれた場面と、それを描いている場面が重なる。
そして見る側は、記録が作られる過程を見せられることになる。中立な窓ではなくなる。

輪郭をぼかした一点である。中央に一人が立ち、槍を持つ。
その周りに、大人と子どもが八人ほど集まる。手を挙げている人物がいる。
館の題は、引用符でくくった言葉から始まる。描いてくれ、と求められた、という意味になる。
誰がいつその言葉を題にしたのかは、記録に書かれていない。カトリン自身が付けたのか、後の人が付けたのかも分からない。
引用符が付いている以上、誰かの発話として扱われている。ただし、誰の発話かは書かれない。
画面の中で手を挙げている人物がその人だ、とも読める。しかし、それは絵からの推測にすぎない。
求めと、勝手
題を信じるなら、描かれる側から求めがあったことになる。
肖像は、求められて描かれることがある。それは記録される側にも利益があるからである。
ただし、この題だけでは何も確かめられない。求めがあったと書いてあるのと、実際に求めがあったのとは別である。
言えるのは、この一群の中で、描かれる側の声を題に入れた例がここにある、ということだけである。

楕円の一点で、南米の川辺が描かれる。左に水面が広がる。
岸には椰子が立ち、その根元に細い柵のようなものが並ぶ。奥に小屋がいくつか見える。
水面には長い舟が浮かび、人が乗る。岸に集まった人びとは、小さくしか描かれていない。
題は、この首長を描いている、と現在形で書く。画面のどこで描いているのかは、この縮尺では判別できない。
岸に並ぶ細い柵は、魚をとるための仕掛けかもしれない。ただし記録には何も書かれていない。
椰子の幹の描き方は簡略で、節の線が数本引かれるだけである。植物として同定できる描写ではない。
人の大きさ
九点を通して、人物の大きさには幅がある。
村の遠景では、人は数ミリにしかならない。群像では、画面の高さの半分を占める。
その中間がほとんどない。遠くから見るか、正面に立たせるかの二択になっている。
中間の距離、つまり働いている人を少し離れて見る、という画面が作られていない。これは題材の選び方と関係している。
集めようとしたのは、集団の姿と、住まいの形である。一人の仕事ぶりを見せることは目的に入っていない。
記録の綴りについて
題に出てくる民族の名は、当時の綴りのままである。
トボス、チェティボ、ズルマティ。いずれも現在の日本語での一般的な呼び方とは違う。
北米側も同じである。アパッチの綴りは今と異なり、スーやクロウの名も外から与えられた呼び名を含む。
館は綴りを直していない。直せば読みやすくなるが、いつの記録かが分からなくなる。ここでは館の題をそのまま訳し、注意書きを添えることにした。
呼び名は、外から与えられることが多い。与えた側の記録が残り、与えられた側の呼び名が消えることもある。
この一群の題は、そのまま十九世紀の語彙の標本になっている。読みにくさ自体が情報である。

長方形の一点で、画面のほとんどが濃い緑に覆われる。
上から蔓のようなものが何本も垂れる。葉の形は大まかで、一枚ずつは描き分けられていない。
暗い森の下部に、赤い色の小さな人影が並ぶ。数えると十人以上いる。
明るい部分がほとんどないため、写真では細部が沈む。実物ではもう少し見えるはずだが、それは確かめていない。
九点のうち、これだけが暗い画面である。ほかの八点は明るく、影が少ない。
森という画題が、色の幅を変えている。同じ束の中でも、場所によって画面の明るさが違う。
北と南が、同じ束に入る
ここまでで、この一群の性格が見えてくる。
北米の平原と、南米の森が、同じ寸法の紙に同じ手つきで描かれている。両者は別の旅で、別の年に見たもののはずである。
それが一つの束にまとめられている。地理ではなく、束という単位が優先されている。
見る側は、頁をめくるように大陸をまたぐことになる。
これは展示の都合でもある。同じ大きさなら、同じ枠に入れて並べて掛けられる。
大きさをそろえることは、見せ方をそろえることでもある。束のかたちが、見る順まで決めてしまう。