技法の欄が、土から石へ変わる——チェルシー・ケラミック・アート・ワークス
前半の六点には陶器、後半の三点には炻器と書かれる。材料が変わると、浮き彫りの飾りが消え、釉薬の色が見どころになる。十年ほどで入れ替わった作り方を、短い技法の一行から読みたい。一枚の写真に六本が写る例にも触れたい。

技法の欄が、途中で変わる
九点の技法の欄を、年の順に並べてみる。
前半の六点には、陶器、と書かれる。低い温度で焼く、やわらかい土の器である。
後半の三点には、炻器、と書かれる。高い温度で焼き締めた、石のように硬い器である。
同じ工房が、十年ほどのあいだに材料を変えている。
記録の欄が、その変化をそのまま示している。
この工房は、ボストン近郊で1870年代に始まり、1880年代の終わりまで続いたと伝えられる。
短い期間である。そのあいだに材料と作風が入れ替わった。
九点は、その入れ替わりの前後にまたがっている。
陶器と炻器
陶器は、比較的低い温度で焼く。素地に細かい穴が残る。
そのままでは水が染みるので、釉薬をかけて塞ぐ。
炻器は、より高い温度で焼く。素地そのものが締まり、水を通さない。
叩けば澄んだ音がする。硬く、欠けにくい。
作るには、より高温の窯が要る。設備の投資が必要になる。
日本語では、この二つを陶器と炻器と呼び分ける。まとめて焼き物と言うこともある。
英語の記録では、土の器と石の器という語で書かれる。
館の記録はこの語を使い分けている。訳すときも、その区別を保った。
材料の名は、ただの分類ではない。作り方と設備の違いを含んでいる。
大きさの範囲
九点の大きさを並べておく。
最も高いものは32.4センチ、最も低いものは6.4センチである。
いずれも、卓や棚に置ける大きさである。床に据える大型の器はない。
家庭の室内を想定した製品だと考えられる。
大きな器は焼くのが難しく、値も上がる。九点の寸法は、その事情も反映している。
材料が変われば、形も変わる
九点を並べると、材料の変化と形の変化が重なっている。
陶器の六点には、浮き彫りの飾りが付く。花、人物、動物。
炻器の三点には、飾りがほとんどない。形は単純で、表面は滑らかである。
飾りの代わりに、釉薬の色と質感が見どころになる。
同じ工房の作でありながら、見せ方の考え方が入れ替わっている。
たぶん、と書かれる二点
技法の欄をよく読むと、最初の二点には留保が付いている。
たぶん陶器、と書かれる。断定されていない。
材料の判定は、割ってみれば確実に分かる。だが、割るわけにはいかない。
外から見て、重さと手触りと釉薬の様子で判断する。確信が持てなければ、留保を書く。
九点のうち、この二点だけが最も古い時期のものである。記録も薄い。
留保が付いているのは、材料の欄だけではない。年も幅で書かれる。
古いものほど、記録が薄くなる傾向がある。作られた当時の書類が残らない。
館は、残っている情報の範囲で書いている。それ以上は書かない。

平たい形の器である。正面から見ると楕円に近い。
横から見れば薄いと考えられる。ただし、画像は正面からしか撮られていない。
色は深い青緑で、表面に細かい縦の流れが見える。釉薬の垂れである。
胴の中央は平らで、周囲がわずかに盛り上がる。輪郭が縁取られている。
口は短い筒状で、上に向かって開く。
肩の左右に、小さな取っ手が付く。植物の形をしている。
下部には脚が二つあり、器を支える。
台の部分は胴と同じ色である。全体が一色でまとまる。
この形は、東アジアの器を思わせる。平たい胴に短い口を付ける形である。
十九世紀後半のアメリカやヨーロッパでは、東アジアの陶磁が広く輸入された。
その影響を受けた形が、各地の工房で作られている。
館の記録には、そうした関係は書かれていない。ここでは形からの推測にとどめる。
直径という数字
この一点の寸法は、高さと直径で書かれている。
高さ32.4センチ、直径8.3センチである。
しかし、画像を見るかぎり、この器は丸くない。平たい形である。
直径が示すのは、口の径か、脚の径か、あるいは奥行きかもしれない。
記録の欄は数字を並べるが、どこを測ったかは書かれない。
立体の寸法は、平面より書きにくい。縦と横だけでは足りない。
高さ、幅、奥行き、口径、胴径。測る場所は多い。
そのすべてを書けば正確だが、欄が長くなる。二つか三つに絞ることになる。
どれを選ぶかは、館の方針と担当者の判断による。

四角い断面の器である。縦に長い箱のような形をしている。
色は緑がかった黄土で、上部が明るい。
正面には、花が浮き彫りで表される。細い茎に、丸い花が三つ付く。
葉は細長く、下部で交差する。
側面にも別の図がある。鳥らしい形が見える。
角には細い柱状の飾りが立つ。上端が小さく突き出る。
下部には四つの脚があり、床から少し浮く。
浮き彫りは深く、影がはっきり出る。型で作ったのか、手で彫ったのかは分からない。
四角い器は、轆轤では作れない。板を組むか、型に押しつけて作る。
丸い器より手間がかかる。そのぶん、面を飾りやすい。
平らな面があれば、絵や彫りを置ける。形と装飾が結びついている。
単位が、抜けている
この一点の寸法の欄には、小さな不備がある。
高さの数字に、単位が書かれていない。数だけが置かれている。
括弧の中のセンチの数字はあるので、意味は通じる。
こうした抜けは、長い目録ではしばしば起こる。人が入力しているからである。
当サイトは記録をそのまま取り込んでいる。だから、この抜けもそのまま残る。

九点で唯一、二点で一組の品である。
カップは円筒形に近く、下がわずかに細い。
表面に、丸い窪みが規則正しく並ぶ。槌で打ったような凹凸である。
受皿にも同じ窪みが付く。縁が浅く立ち上がる。
取っ手は角ばっている。三つの直線で作られ、円弧を使わない。
色は明るい緑で、窪みの底が濃く見える。釉薬が溜まっている。
カップと受皿は、同じ色で揃う。
角ばった取っ手と、丸い窪みが同じ器に同居する。
使う器と、飾る器
九点のうち二点は、使うための器である。
カップと受皿、そして急須。飲むための道具である。
残る七点は花瓶で、飾るための器である。
同じ工房が両方を作っている。日用品と装飾品の境目は緩い。
もっとも、これほど凝った窪みの付いた急須が、毎日使われたかは分からない。
打ち出しのような表面
この窪みの模様は、金属の器を思わせる。
銅や銀の器では、槌で打って表面に凹凸を作る技法がある。
陶器で同じ見た目を作るには、型を使うか、指で押すことになる。
材料を越えて、別の材料の質感を真似ている。
十九世紀後半の工芸では、こうした置き換えがよく行われた。

六角形の断面をもつ急須である。
胴は上へ向かって細くなる。屋根のような形の蓋が載る。
注ぎ口は角ばっている。円筒ではなく、細長い箱の形である。
取っ手も直線だけで作られる。三本の直線が折れ曲がる。
胴の表面には、カップと同じ丸い窪みが並ぶ。
色は、画像では灰色に見える。実際の色は判断できない。
蓋のつまみは四角く、小さい。
角ばった形と、丸い窪みの組み合わせは、前の一点と同じである。
角と丸
この二点には、角ばった要素と丸い要素が同居する。
取っ手と注ぎ口は直線で、胴は多角形である。
一方、表面の窪みは丸い。円が規則正しく並ぶ。
直線と円の対比が、意匠の骨格になっている。
十九世紀後半の工芸では、幾何学的な形が好まれた時期がある。九点の二点は、その流れにある。
同じ意匠の、別の品
カップと急須は、同じ意匠でできている。
年の欄も同じである。1879年から1883年。
つまり、同じ組の食器として作られた可能性が高い。
館の記録は、その関係を書いていない。二点は別々の記録として並ぶ。
同じ意匠だと分かるのは、画像を並べたときである。

六角形の断面をもつ、縦に長い器である。
色は明るい橙で、九点のなかで最も鮮やかである。
正面に、菖蒲らしい花が浮き彫りで表される。
花弁は白に近い黄で、垂れ下がる。中央に細い筋が入る。
葉は細長く、上へ伸びる。何本も重なる。
口の縁は波形に切り込まれる。花弁の形に合わせている。
下部には台があり、四隅が渦を巻く。
浮き彫りの部分だけ、釉薬の色が薄くなる。高いところは薄く掛かる。
植物という主題
陶器の六点のうち、三点に植物の飾りが付く。
花、葉、茎。いずれも実際の植物にもとづく形である。
菖蒲、雛菊らしい花、そして名の分からない葉。
十九世紀後半には、植物の形を装飾に取り入れる考え方が広まった。
型に押し込むのではなく、自然の形を写して使う。九点の彫りにも、その姿勢が見える。
釉薬の溜まり方
浮き彫りのある器では、釉薬の厚みが場所によって変わる。
高い部分は薄く、窪んだ部分は厚くなる。
厚いところは色が濃く、薄いところは下地の色が透ける。
そのため、形の凹凸が色の濃淡としても現れる。
九点の陶器では、この効果が意図的に使われている。

四角い断面の、縦に長い器である。
色は赤みのある褐色で、全体が一色に近い。
正面と側面に、人物が浮き彫りで表される。
人物は裸で、片手を頭の上へ上げる。もう一方の手は下へ垂れる。
背後には木の枝らしい形がある。葉が細かく刻まれる。
下部には、文字らしい形が浮き彫りで入る。画像では読み取れない。
四隅には細い柱があり、上端が突き出る。
九点のなかで、人物が表されるのはこの一点だけである。
人物の浮き彫り
いま見た一点には、裸の人物が表されている。
工芸品に人物を彫るのは、古代の器に倣った意匠である。
ギリシャやローマの壺には、人物の場面が描かれた。
十九世紀の工房が、その伝統を引き受けている。
もっとも、館の記録には主題の説明がない。誰を表しているかは書かれていない。
陶器の時代の終わり
九点の陶器のうち、最も遅い年の下限は1879年である。
上限は1889年まで伸びる。幅が十年ある。
つまり、陶器と炻器の時期は重なっている。切り替わったのではない。
しばらくは両方を作っていたと考えられる。
館の年の欄が幅で書かれているため、正確な移行の時期は分からない。

ここから三点は炻器である。
形は単純になる。胴がふくらみ、口が細く立ち上がる。
浮き彫りは一切ない。表面は滑らかである。
色は深い赤で、上部と下部に暗い斑が出る。
赤は均一ではない。流れたような濃淡がある。
光を強く返す。釉薬に艶がある。
この一点の寸法は、高さだけである。直径も横幅も書かれない。
前の六点と比べると、記録の情報量が減っている。
艶と、艶消し
炻器の三点を見ると、表面の性質が二通りある。
二点は強い艶があり、光を鋭く返す。
一点は艶がなく、光をやわらかく受ける。
艶のあるなしは、釉薬の配合と焼き方で決まる。
同じ工房が、両方を作っていた。見え方の幅を広げようとしている。
情報が、減る
九点の寸法の欄を並べると、書き方が四通りある。
高さと直径を書くもの、縦と横を書くもの、高さだけのもの、そして単位の抜けたもの。
炻器の三点のうち一点は、高さだけである。
形が単純になれば、書くべき数字も減る。丸い器なら、直径は一つで足りる。
ただし、記録としては情報が少ない。奥行きが分からない。

公開画像には、六本の器が並んで写っている。
いずれも細い首と、丸くふくらんだ胴を持つ。徳利のような形である。
色はそれぞれ違う。淡い緑、橙、濃い青、水色、黄である。
表面には艶がない。光をやわらかく返す。
大きさもまちまちで、高いものと低いものが混ざる。
記録に書かれた寸法は、一点ぶんの数字だけである。
つまり、六本のうちどれが記録の対象かは、記録からは分からない。
館は同じ形の一群をまとめて撮影したのだと考えられる。
一枚の写真に、何点あるか
同じ形の器が並んで撮影されることは、工芸ではよくある。
比べて見せるほうが、形の違いが分かるからである。
しかし、記録は一点ごとに作られる。写真と記録の単位が合わない。
見る側は、どれが記録の対象かを判断できない。
当サイトの作品ページでも、同じ画像が並ぶことがある。そのことは覚えておきたい。

九点の最後は、丸くふくらんだ器である。
胴が横に広く、口が短く立ち上がる。
寸法を見ると、縦15.6センチ、横17センチである。横のほうが長い。
九点のうち、横が縦を上回るのはこの一点だけである。
色は深い赤で、下部が暗い。上部に紫がかった斑が出る。
表面は艶があり、光の帯が縦に走る。
飾りはまったくない。形と色だけの器である。
胴の下端は、わずかに内へ絞られる。台になる部分は小さい。
白い背景
九点の画像を見比べると、背景の色がそろわない。
灰色の背景が四点、白に近い背景が三点、淡い黄の背景が二点である。
撮影の時期が違えば、背景も変わる。同じ館でも一定ではない。
背景の色は、器の色の見え方に影響する。灰色の上では、明るい色が強く見える。
だから、九点の色を並べて比べるときは、背景の差も頭に置いておきたい。
赤い釉薬
炻器の三点のうち二点は、深い赤の釉薬である。
この色は、高温で焼くときに窯の中の空気を調整して出す。
酸素を減らすと、銅の成分が赤く発色する。加減が難しい。
同じように焼いても、同じ色にならない。一点ずつ違う。
九点の二点も、赤の出方が違う。斑の位置も濃さも一致しない。
窯の中で決まる
赤い釉薬の器は、窯から出すまで結果が分からない。
温度、空気、置き場所。どれかが変われば色が変わる。
失敗した分は捨てるか、値を下げて売る。歩留まりが悪い。
それでも作るのは、成功したときの色に価値があるからである。
偶然を含む製法は、工業製品の考え方とは相容れない。
一点ずつ違うということ
浮き彫りの器は、型を使えば同じものが作れる。
釉薬で見せる器は、そうはいかない。焼くたびに違う結果が出る。
前者は量産に向き、後者は一点物になる。
材料を変えることは、商売の形を変えることでもある。
九点の並びは、その転換を物の側から見せている。
見えない部分
九点の画像は、いずれも一方向からしか撮られていない。
裏側も、底も、内側も見えない。
工芸品では、底に印が押されていることが多い。工房の名や年が入る。
その印が写っていれば、多くのことが分かる。写っていなければ、記録に頼るしかない。
九点の画像に、底の印は一つも写っていない。
工房という作者
館の記録では、作者の欄に工房の名が入る。
個人の名ではない。会社である。
実際には、成形する人、絵付けする人、釉薬をかける人、焼く人がいる。
その全員の名は残らない。工房の名だけが残る。
同じ時期の別の作り手については、ゆがみは、失敗ではない——ジョージ・オーアで扱った。そちらは個人の名が残っている。
名前が残るかどうか
工房の名で残るか、個人の名で残るか。
この違いは、作品の質ではなく、仕事の形で決まる。
一人で作れば個人の名が残る。分業で作れば工房の名になる。
九点はすべて工房の名で登録されている。誰が作ったかは分からない。
その匿名性も、この時期の工芸の性格である。
題が、種類の名になる
九点の題を見ると、七点が花瓶の一語である。
残る二点は、カップと受皿、急須である。
いずれも、器の種類を示す言葉にすぎない。固有の名はない。
絵画なら、題が作品を区別する。工芸では、種類の名しか付かないことが多い。
区別は、収蔵番号と寸法に委ねられている。
十三年の記録
九点の年の下限を並べると、1876年から1885年に散らばる。
上限は1880年から1889年である。工房が動いていた時期におおむね重なる。
そのあいだに、材料が変わり、形が変わり、記録の書き方も変わった。
一点ずつ見れば、ただの器である。九点並べると、工房の時間が見える。
技法の欄という短い一行が、その時間を運んでいる。





