画家を知る

帖の一葉と、扇の面——陳洪綬

緑の濃い扇

三点目も、扇である。

山水図
陳洪綬《山水図》十七世紀半ば。折扇一面を画帖に仕立てたもの。金地の紙に墨画着色。縦20.3センチ、横55.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・M・クロフォード・ジュニア遺贈、1988年。陳洪綬《山水図》メトロポリタン美術館蔵

こちらも金地である。

画面の左側に、濃い緑の木立が茂る。

葉は、点を重ねて描かれる。

その中に、屋根の見える建物がある。

窓に、人影らしきものがある。

右へ行くほど、描写が薄くなる。

低い岩が並び、細い線で水面が示される。

右上には、遠くの山が薄墨で入る。

右下に、朱の印が並ぶ。

左右で、密度を変える

この扇の構図を見たい。

左が密で、右が疎である。

木立と建物が左に集まり、右は空いている。

扇は、手に持って開く。

開いたとき、まず目に入るのは中央である。

そこから左右へ視線が動く。

片側に要素を集めると、目の動きが生まれる。

均等に描くと、扇の形が生きない。

形に合わせて、密度を配分している。

山の描き方

右上の遠山を見てほしい。

薄い墨を刷き、輪郭をぼかしている。

近くの木立が濃い墨なのに対し、こちらは淡い。

濃淡の差が、そのまま距離になっている。

中国の山水画では、この方法が長く使われた。

線で描く近景と、面で示す遠景。

その組み合わせで、奥行きを作る。

西洋の空気遠近法と、結果は似ている。

ただし、根拠は違う。

光学の理屈ではなく、筆の使い分けから来ている。

印が、たくさん押されている

画面の隅に、朱の印が並んでいる。

数えると、複数ある。

これは、作者の印だけではない。

所蔵した人が押した印も含まれる。

中国の絵では、この習慣が広く行われた。

持ち主が、自分の印を作品に押す。

代々の所有者の印が、少しずつ増えていく。

つまり、印の集まりが来歴の記録になる。

作品の一部でありながら、後世の付加でもある。

印を、どう考えるか

印が増えることを、汚損と見ることもできる。

しかし、中国の絵ではそう考えない。

由緒ある人物の印があれば、価値が上がる。

鑑賞と所有の歴史が、画面に刻まれていく。

西洋の絵では、こうしたことは起きない。

裏や額に記録が残るだけである。

同じ絵を扱うのでも、文化によって作法が違う。

六点の隅の印を、数えてみてほしい。

墨だけの掛軸

四点目は、形式が違う。

仏母としての観音菩薩
陳洪綬《仏母としての観音菩薩》1620年在銘。掛軸。紙本墨画。図の寸法は縦125.1センチ、横48.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。1992年購入。陳洪綬《仏母としての観音菩薩》メトロポリタン美術館蔵

縦125センチの掛軸である。

六点の中で、最も大きい。

中央に、人物が立つ。

長い衣をまとい、両手を胸の前で組む。

顔は面長で、髭が長く垂れる。

頭の後ろに、円い光の輪がある。

手には、細長い杖のようなものを持つ。

衣の裾は、床まで広がる。

墨だけで描かれ、色はない。

左右の余白に、文字が書かれている。

観音を、男性の姿で描く

館の題は、この人物を観音菩薩としている。

しかし、姿は男性に見える。

長い髭があり、体つきも大柄である。

これは、誤りではない。

観音菩薩は、もともと性別が定まっていない。

時代と地域によって、姿が変わる。

中国では、宋のころから女性の姿が増えた。

しかし、それ以前は男性の姿が一般的だった。

つまり、この絵は古い形式に倣っている。

古い形式に倣うこと

先に書いた、古風を選ぶ態度がここにも出ている。

同時代の観音図は、柔和な女性の姿が主流だった。

そこであえて、古い男性の姿を描く。

しかも、線は太く、硬い。

衣の襞は、幾何学的な曲線になる。

やわらかさを、意識的に避けている。

この選択が、絵に緊張を与えている。

一六二〇年、画家は二十歳ほどである。

若い時期から、この方向がはっきりしていた。

線の太さ

この掛軸の線を見てほしい。

衣の輪郭線は、一定の太さで引かれている。

強弱がほとんどない。

始めから終わりまで、同じ幅である。

筆を紙に置き、速度を変えずに引く。

これは、簡単なようで難しい。

手が震えれば、線が揺れる。

速すぎれば、かすれる。

一定の線を引き続けるには、訓練が要る。

古い時代の仏画に倣った線である。

余白と、文字

掛軸の左右には、文字が書かれている。

賛と呼ばれるものである。

内容は、経典の一節か、詩だろう。

字は細く、縦に並ぶ。

絵と文字が、同じ画面の中で場所を分け合う。

余白は、そのために空けられている。

中国の絵では、余白は「何もない場所」ではない。

書き込むための場所であり、後から加わることもある。

つまり、絵は完成後も変わりうる。

絹に描く画帖

五点目は、絹に描かれている。

人物・花卉・山水図冊
陳洪綬《人物・花卉・山水図冊》一葉に1627年の年記。十一葉からなる画帖。絹本着色。図の寸法は縦22.2センチ、横21.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウェン夫妻の寄贈、1999年。陳洪綬《人物・花卉・山水図冊》メトロポリタン美術館蔵

正方形に近い画面である。

左に、人物が一人座る。

白い衣をまとい、体を横へ向ける。

顔は面長で、口髭と顎髭がある。

視線は、やや上へ向く。

膝の下には、緑の葉を敷いた敷物がある。

その手前に、蓋のついた大きな壺。

さらに手前には、器に盛られた食べ物。

右側の三分の一は、文字で埋まっている。