画家を知る

遠くへ行って、持ち帰る——フレデリック・エドウィン・チャーチ

北の海岸、南米の火山、地中海の廃墟、熱帯の川。チャーチは四半世紀にわたって遠くへ出かけ、小さな写生を持ち帰った。土地は変わるのに方法は変わらない。七点に共通する光の設計を読む。行けない場所を絵の前で見る。十九世紀の見る人にとって、これは窓だった。

マウント・デザート沖の霧
フレデリック・エドウィン・チャーチ《マウント・デザート沖の霧》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

岩に、波が砕けている

まず、遠くない場所の絵から始めたい。

マウント・デザート沖の霧
フレデリック・エドウィン・チャーチ《マウント・デザート沖の霧》1850年。油彩・板紙。縦29.2センチ、横39.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《マウント・デザート沖の霧》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦29.2センチ、横39.4センチ。

手前に黒い岩がある。海から突き出し、濡れて光っている。

その岩に、波が当たって白く砕けている。

砕けた水は、泡になって岩の割れ目へ流れ込む。

海は深い青で、沖へ行くほど濃くなる。

水平線の近くに、白い霧の帯がある。

その霧の中に、船の帆がぼんやり見える。

空は薄い桃色と灰色で、夕方か朝方らしい。

小さな画面だが、水の動きが細かく描かれている。

板紙に描くということ

この一枚は、画布ではなく板紙に描かれている。

記録では、画用の厚紙のような支持体とされる。

軽く、持ち運びやすい。屋外で描くのに向いている。

つまり、これは現場で描かれた絵の可能性が高い。

十九世紀の画家は、屋外での写生を重視するようになっていた。

小さな板や紙を持って出かけ、その場で色を記録する。

持ち帰った写生をもとに、画室で大きな絵を仕上げる。

この方法は、当サイトでも
ビアスタットの習作で扱った。

チャーチも、同じやり方をしていた。

画家について

フレデリック・エドウィン・チャーチについて、記録から書く。

1826年に生まれ、1900年に没したアメリカの画家である。

トマス・コールに学んだと伝えられる。

コールについては、当サイトでも
連作の話を書いた。

師のコールは、風景に物語や寓意を込める画家だった。

チャーチはそこから出発し、別の方向へ進んでいく。

寓意よりも、実際の場所そのものを描く方向である。

そして、その「場所」を探しに、遠くまで出かけた。

もう一枚、同じ土地

二枚目も、同じ地域の絵である。

ニューポート・マウンテン、マウント・デザート
フレデリック・エドウィン・チャーチ《ニューポート・マウンテン、マウント・デザート》1851年。油彩・画布。縦54センチ、横79.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《ニューポート・マウンテン、マウント・デザート》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは少し大きい。縦54センチ、横79.4センチ。

前景に岩場があり、波が寄せている。

その岩の上に、赤い衣を着た人物が一人立っている。

小さな姿だが、赤いので目に入る。

中景から奥へ、岬が伸びている。

その先端に山があり、なだらかな稜線を描く。

空は薄い桃色で、水平線の近くに雲が横たわる。

海には帆船が一隻、小さく浮かんでいる。

前の一枚と同じ海岸だが、視点が引いている。

人を、一人だけ置く

赤い衣の人物について考えたい。

風景画に人を置くのは、古くからの習慣である。

理由の一つは、大きさを示すためだ。

人が一人いるだけで、岩や山の規模が伝わる。

もう一つは、視線の入口としての役割である。

見る人は、まず人物を探し、そこから風景へ入っていく。

赤は、そのために選ばれた色だろう。

緑や青の風景の中で、赤はもっともよく目立つ。

小さくても、確実に見つけてもらえる。

さらに、人物の姿勢も選ばれている。

この人物は、海のほうを向いて立っている。

見る人と同じ方向を見ていることになる。

つまり、絵の中の人が代わりに景色を見ている。

見る人は、その肩ごしに風景を眺める形になる。

こうした人物の置き方は、十九世紀の風景画で広く使われた。

風景を「誰かが見ている景色」として提示する方法である。

二枚の関係

最初の二枚は、同じ地域を一年違いで描いている。

1850年の小さな板紙と、1851年の画布。

寸法は、後者が前者のおよそ三倍の面積である。

主題も、近景の岩から、岬を含む広い眺めへ移っている。

これは、写生から作品への移行と考えてよいだろう。

現場で得た波と岩の観察を、大きな構図に組み込む。

小さいほうには人物がなく、大きいほうには赤い人物がいる。

記録には要らないが、作品には要る要素である。

二枚を並べると、その差がよく分かる。

遠くへ、行きはじめる

ここまでの二枚は、アメリカ北東部の海岸である。

画家の暮らす土地から、それほど遠くない。

ところが1850年代に入ると、彼の行き先が変わる。

南へ向かうのである。

赤道に近い地域、いまの南米にあたる土地へ渡った。

当時、その地域の自然を科学的に記述した書物が広く読まれていた。

植物、地形、気候を体系的に記録するという考え方である。

チャーチはその影響を受けたと説明されることが多い。

科学の記述を、絵で行う。そういう発想である。

波を、どう描くか

最初の一枚に戻って、波の描写を見ておきたい。

砕ける波は、風景画の中でもとくに難しい対象である。

形が一瞬ごとに変わり、同じ姿を二度とらない。

しかも白い泡は、光を強く返す。明暗の差が極端になる。

チャーチの波は、二つの部分に分かれている。

一つは、岩に当たって垂直に立ち上がる水しぶき。

もう一つは、岩の上を這うように流れる泡である。

前者は白く鋭く、後者は灰色がかってやわらかい。

同じ水でも、動きが違えば描き方が変わる。

その差を描き分けられるかどうかで、絵の説得力が決まる。

現場で何度も見た人でなければ、この描き分けはできないだろう。

空の色の変わり方

空にも注目したい。

水平線の近くは薄い桃色で、上へ行くほど灰色を帯びる。

その変化は、段ではなく連続で描かれている。

朝夕の空は、実際にこのように変わる。

太陽が低いと、光が大気を長く通る。

そのため青い成分が散り、赤い成分が残る。

十九世紀の画家がこの理屈を知っていたかは分からない。

ただ、見たとおりに描けば自然とそうなる。

観察が理屈に先立つのは、絵の世界ではよくあることだ。

椰子と、雪の山

三枚目は、南の風景である。

タマカ椰子
フレデリック・エドウィン・チャーチ《タマカ椰子》1854年。油彩・画布。縦67.9センチ、横91.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《タマカ椰子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

手前の左に、背の高い椰子が数本立っている。

幹は細く、上のほうで葉が広がる。

その根元に、緑の茂みと水辺がある。

小舟が一艘つながれ、人影が見える。

中景は湖のような水面で、静かに横たわる。

そして奥に、雪をかぶった山が立っている。

白い山頂が、青い空の下ではっきり見える。

椰子と、雪の山。

温帯の目には、ありえない組み合わせである。

標高が、気候を作る

この組み合わせは、実際に存在する。

赤道に近い地域でも、標高が高ければ雪が積もる。

麓は熱帯で、山頂は氷点下になる。

つまり、垂直方向に気候が積み重なっている。

当時の自然科学は、この現象に強い関心を持っていた。

高さによって植物の種類が変わることを、図に整理した研究がある。

チャーチの絵は、その知識を風景として見せている。

一枚の画面に、熱帯の植物と万年雪を同居させる。

それは自然の観察であると同時に、科学の図解でもある。

火山を、描く

四枚目は、さらに主題がはっきりしている。

コトパクシ山の眺め
フレデリック・エドウィン・チャーチ《コトパクシ山の眺め》1857年。油彩・画布。縦62.2センチ、横92.7センチ。シカゴ美術館蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《コトパクシ山の眺め》シカゴ美術館蔵

奥に、雪をいただいた円錐形の山がある。

コトパクシは、南米にある火山である。

その姿は、ほぼ左右対称の円錐である。

中景には、深い谷と滝がある。

水が白い筋になって落ちている。

手前は緑の斜面で、椰子や樹木が茂る。

空は淡く、山の周りに雲がかかっている。

全体に、静かな光である。

同じ火山を描いた別の作では、噴煙と赤い空が描かれることもある。

この一枚は、そうした劇的な扱いをしていない。

噴火の場面を描けば、絵は事件の記録になる。

穏やかな日を描けば、絵は土地の記録になる。

どちらを選ぶかで、見る人の受け取り方が変わる。

この一枚が選んだのは、後者である。

同じ山を、何度も

チャーチはこの火山を、繰り返し描いたと記録されている。

同じ対象を何度も描くことは、当時の画家によくあった。

売れる主題は、繰り返される。

しかし繰り返しには、別の意味もある。

同じ場所を、違う条件で描き分けるという実験である。

朝と夕、晴れと曇り、噴火時と平時。

同じ形の山が、光と天候で別のものになる。

当サイトでも
モネの連作で同じ考え方を扱った。

もっとも、チャーチの繰り返しは連作として構想されたわけではない。

需要に応じて描かれた面が大きいと考えられる。

滝という装置

《コトパクシ山の眺め》の中景には、滝がある。

深い谷に水が落ち、白い筋になっている。

滝は、風景画の中で便利な装置である。

まず、白いので目立つ。画面の中で明るい点になる。

次に、垂直の線を作る。横に広がる風景に、縦の要素が入る。

そして、水音を連想させる。静止した画面に、音の気配が生まれる。

チャーチの絵には、滝がしばしば登場する。

火山の絵にも、熱帯の絵にも入っている。

自然の観察であると同時に、構図の道具でもある。

観察と構成が同居しているのは、この画家の一貫した性質である。

大きな絵と、小さな絵

ここで、寸法の話をしておきたい。

今回の七点は、いずれも比較的小さい。

最大でも縦138センチ、最小は縦29.2センチである。

しかしチャーチの代表作とされる絵には、もっと大きなものがある。

横が三メートルに達する作も知られている。

そうした大画面は、一枚だけを部屋に掛けて見せた。

入場料を取って公開することもあったと伝えられる。

つまり、絵が見世物として興行された。

当サイトでも
パノラマの話で似た事例を扱った。

大きな絵は、それ自体が事業だった。

誰が旅費を出したのか

遠方への旅には、費用がかかる。

十九世紀の南米行きは、船で数週間の行程である。

現地での移動も、案内人も、宿も要る。

その費用を、誰がどう用意したのか。

一般に、こうした旅には支援者がついた。

絵を買う約束をした収集家が、前もって資金を出す例がある。

出版のための取材として、印刷業者が費用を持つこともあった。

チャーチの場合も、支援者の存在が指摘されている。

つまり旅は、個人の冒険であると同時に、投資でもあった。

絵が売れなければ、次の旅はできない。

だから描かれる主題は、売れる主題に寄っていく。

雪をいただく火山、熱帯の川、有名な遺跡。

見たいと思われている場所が選ばれている。

植物の描き分け

《タマカ椰子》の植物についても書いておきたい。

手前の椰子は、幹の節や葉の裂け方まで描かれている。

種類を特定できるほどの精度がある、と説明されることが多い。

これは、単なる装飾としての植物ではない。

その土地に生える種を、正確に記録する意図が見える。

同時代の博物学の図版は、まさにそれを目的としていた。

一方、中景の樹木はかなり簡略に描かれている。

すべてを同じ精度で描くわけではない。

手前を精密に、奥を粗く。写生と絵画の折り合いがここにある。

神殿の廃墟

五枚目は、行き先が変わる。

パルテノン
フレデリック・エドウィン・チャーチ《パルテノン》1871年。油彩・画布。縦113センチ、横184.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《パルテノン》メトロポリタン美術館蔵

丘の上に、石の建物が立っている。

柱が並び、屋根の一部が残っている。

しかし、壁は崩れ、内部が見通せる。

手前には、崩れた石材が散らばっている。

柱の一本が倒れ、断面が見えている。

右手前には、大きな柱頭が転がっている。

空は青く、雲は少ない。

光は正面から当たり、石の面が白く輝いている。

南米の緑とは、まったく違う画面である。

廃墟という主題

廃墟を描くことは、当時のヨーロッパで確立した主題だった。

当サイトでも
ユベール・ロベールの廃墟で扱った。

ただしロベールの廃墟には、しばしば想像が混じる。

実在の建物に、架空の要素を足して構成する。

チャーチのこの一枚は、そうではないように見える。

石の一つ一つが、実際の観察にもとづいて描かれている。

崩れ方、割れ方、風化の具合。

記録としての正確さが優先されている。

記録の絵として

この時期、写真はすでに存在した。

遺跡の写真も撮られ、出版されていた。

それでも絵が描かれたのは、色があるからだろう。

当時の写真は白黒である。

石の色、空の色、光の暖かさは写らない。

大理石は、光の当たり方で白から金色まで変わる。

その変化を伝えるには、絵のほうが向いていた。

今回の七点のうち、一点も白黒画像がないのは幸いである。

色が失われれば、この画家の絵は半分になってしまう。

虹の出る海

六枚目も、同じ旅の圏内である。

エーゲ海
フレデリック・エドウィン・チャーチ《エーゲ海》1877年ごろ。油彩・画布。縦137.2センチ、横214センチ。メトロポリタン美術館蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《エーゲ海》メトロポリタン美術館蔵

大きな画面である。縦137.2センチ、横214センチ。

左手前に岩山があり、暗く沈んでいる。

その斜面に、小さな人影と建物が見える。

中景から奥へ、海が広がる。

海の上に、大きな虹が架かっている。

虹は画面の中央を横切り、右へ弧を描く。

その周囲の空気が、金色にかすんでいる。

光は霧を透かして拡散し、輪郭を溶かしている。

遠景には、遺跡らしい建物の列が薄く見える。

光を、主題にする

この一枚で描かれているのは、風景というより光である。

物の形は、ほとんど霞の中に溶けている。

はっきり見えるのは、手前の岩と、虹だけだ。

こういう画面を作るには、細かい階調が要る。

金色から白へ、白から青へ、少しずつ変えていく。

一段でも飛べば、空気の連続が切れてしまう。

チャーチの絵の技術は、この階調にある。

大きな主題と、細かい階調。

その二つがそろって、この種の風景が成立する。

川の上の、光の柱

最後の一枚も、光の絵である。

エル・リオ・デ・ルス(光の川)
フレデリック・エドウィン・チャーチ《エル・リオ・デ・ルス(光の川)》1877年。油彩・画布。縦138.1センチ、横213.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・エドウィン・チャーチ《エル・リオ・デ・ルス(光の川)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

熱帯の川である。両岸から樹木が覆いかぶさる。

葉は暗い緑で、細かく描き込まれている。

画面の中央奥に、太陽がある。

その光が水面に反射し、金色の柱になって手前へ伸びる。

川面には小舟が浮かび、人影が小さく見える。

左の岸には、大きな木の幹が斜めに立つ。

上空には鳥が数羽、飛んでいる。

暗い緑と、金色の光。この二色で画面ができている。

寸法は、先ほどの《エーゲ海》とほぼ同じである。

つまり、対のように作られた可能性がある。

二枚を並べてみると

《エーゲ海》と《光の川》を並べると、面白いことに気づく。

一方は地中海、一方は熱帯の川である。

一方は虹、一方は日の反射。

一方は乾いた岩、一方は湿った森。

主題も土地もまったく違う。

にもかかわらず、絵の作りはよく似ている。

暗い前景、明るい中央、霞んだ遠景。

光源を画面の奥に置き、そこへ視線を導く。

同じ設計図を、違う土地に当てはめている。

遠くへ行って、持ち帰る

七点を通して見えることを書いておきたい。

制作年は1850年から1877年。四半世紀にわたる。

描かれた場所は、アメリカ北東部、南米、地中海。

一人の画家が、これだけの範囲を歩いている。

十九世紀の交通事情を考えると、相当な移動である。

そして、どこへ行っても絵の作り方は変わらない。

現場で小さな写生をし、持ち帰って大きな絵に仕上げる。

前景を暗く、奥を明るくして、光を主題にする。

土地は変わるが、方法は変わらない。

方法が、旅を可能にする

そう考えると、順序は逆かもしれない。

方法が確立していたから、どこへでも行けたのである。

初めての土地でも、同じ手順で絵にできる。

椰子でも、大理石でも、氷の山でも。

これは強みであり、同時に限界でもある。

どの土地も、同じ光の設計の中に収まってしまう。

その土地でしか成り立たない絵にはなりにくい。

とはいえ、七点を並べたときの説得力は大きい。

北の岩、南の火山、地中海の廃墟、熱帯の川。

見たことのない場所が、そこに並んでいる。

十九世紀の見る人にとって、これは窓だっただろう。

行けない場所を、絵の前で見る。

その役目を、いまは写真や映像が引き継いでいる。

引き継がれたあとも、この絵は光を保っている。

いま見るときの心得

最後に、いまこれらを見るときの注意も書いておきたい。

十九世紀の風景画には、しばしば「発見」の構図がある。

まだ誰も見ていない土地を、初めて描いた、という語り方である。

しかし当然ながら、その土地には人が住んでいた。

南米の火山の麓にも、地中海の遺跡の周りにも、人の暮らしがある。

絵の中では、その人々はごく小さく描かれるか、描かれない。

風景を「手つかずの自然」として見せる構図が選ばれている。

これは、当時の見方の枠組みである。

当サイトでも
記録としての絵の限界で、
似た問題を扱った。

絵の美しさと、絵が前提にしている見方は、分けて考えたほうがよい。

七点の光は本物である。そのうえで、誰の目から見た光かも考えたい。

その両方を持って見るほうが、絵は豊かになると思う。

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