美術史・技法

布は、動きを描くための道具である——欧米絵画・版画・彫刻ほか九点

黄と赤茶の縞の着物を着た女に扮する若山富三郎
勝川春英《黄と赤茶の縞の着物を着た女に扮する若山富三郎》1798年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。30.5×14センチ。番号はJP309。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。勝川春英《黄と赤茶の縞の着物を着た女に扮する若山富三郎》メトロポリタン美術館蔵

第五回でも、同じ画家の役者絵を読んだ。

縦長の版画である。

一人の人物が立つ。

女の装いである。

外側に、黒い上衣を羽織る。

肩から胸にかけて、大きく開く。

その下に、黄と赤茶の縞の衣。

縞は縦に走り、裾まで続く。

裾は床に長く広がり、右へ流れる。

そして、その縞が裾の曲面に沿って曲がる。

袖も長く、下へ垂れる。

背景の上部に、格子の文様。

下部に、渦を巻いた幾何の文様。

縞は、面の向きを教える

縞のある布には、利点がある。

縞の曲がり方で、面の向きが分かる。

平らな面では、縞がまっすぐ走る。

丸まった面では、曲がる。

折れた面では、角度が急に変わる。

つまり、縞が等高線の役目をする。

前の一点でも、同じことが起きていた。

そして、この版画では影がない。

第十一回で、版画は影を描かないことが多いと書いた。

影がないので、面の向きは縞だけが示している。

もし無地の衣なら、輪郭しか手がかりがなくなる。

縞や文様は、装飾であると同時に、形を示す線でもある。

竹模様の打掛
祇園南海《竹模様の打掛》18世紀の前半。館の記録では、絹の繻子に墨と金泥。全体で164.5×124.2センチ。袖丈95.9センチ、袖幅32.4センチ。番号は1975.268.88。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。祇園南海《竹模様の打掛》メトロポリタン美術館蔵

ここから、布そのものになる。

第六回で読んだパッカード・コレクションの、一点である。

丁字形の台に掛けられている。

袖を左右に広げた状態である。

地は白に近い。

縁に、赤い細い線が回る。

そして、その白い地に、竹が描かれている。

墨で描かれた細い幹が、縦に伸びる。

葉が、細かく上下に散る。

金の粉が、ところどころに撒かれている。

模様は、衣の全面に散らばる。

そして、襞がない。

平らに広げられているからである。

着ていない布

この一点は、着られていない。

台に掛けられ、平らに広げられている。

だから、襞がない。

そして、模様の全体が見える。

着れば、襞ができて、模様の一部が隠れる。

つまり、この写真は模様を見せるための状態である。

第十二回で、火の入っていない火入について書いた。

道具は、使われていない状態で記録される。

衣も同じである。

そして、記録の寸法欄には、袖丈と袖幅が別に書かれている。

着るための寸法である。

第十八回で、記録の欄がそのものの扱われ方に従うと何度も書いた。

衣の記録には、身丈と袖の寸法が要る。

布に、絵を描く

この打掛には、絵が描かれている。

染めや織りではない。

墨と金で、直接描かれている。

作者の欄に、人名が入っているのはそのためである。

つまり、これは画家が布に描いた作品である。

紙や絹の掛軸と、同じ扱いになる。

しかし、支持体が着るものである。

第十七回で、支持体の種類を何度も扱った。

板、布、紙、絹、金属、ガラス、象牙。

そこに、衣が加わる。

そして、衣に描くと、絵が動くことになる。

着て歩けば、竹が揺れる。

掛軸では起こらないことである。

ヤマアラシの針で飾ったスー族のローブの写し
ジョージ・カトリン《ヤマアラシの針で飾ったスー族のローブの写し》1861年から69年。館の記録では、厚紙に貼った板紙に油彩。46×61.8センチ。番号は1965.16.9。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョージ・カトリン《ヤマアラシの針で飾ったスー族のローブの写し》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第一回から何度も読んできた画家の、また別の一点である。

今回も、枠が描かれている。

緑がかった縁である。

その中に、獣の皮を広げた形が描かれている。

四隅が外へ突き出し、縁が波打つ。

中央に、赤い線で長方形の区画が引かれる。

その中に、細かい印が横に何列も並ぶ。

赤と黒である。

一つずつは小さく、判別しにくい。

区画の外側は、淡い黄土色である。

左上に、房のような黒い形。

平らに広げた布

この一点も、平らに広げられている。

そして、これは絵ではなく、写しである。

題に、写し、とある。

つまり、実物のローブを見て、その模様を記録した絵である。

第十八回で、記録として作られた絵について何度も書いた。

同じ性格である。

そして、平らに広げると、模様の全体が分かる。

着た状態では、背中しか見えない。

前の打掛と、同じ理由である。

模様を伝えたいときは、平らにする。

白い布が、動く

「悪魔ロベール」のバレエ
エドガー・ドガ《「悪魔ロベール」のバレエ》1871年。館の記録では、布に油彩。66×54.3センチ。番号は29.100.552。メトロポリタン美術館蔵。エドガー・ドガ《「悪魔ロベール」のバレエ》メトロポリタン美術館蔵

第十八回で読んだハヴマイヤーの遺贈の、一点である。

縦長の画面である。

下半分が、暗い。

黒い上着の男たちが、背中を向けて並ぶ。

頭が黒い塊として重なる。

そのあいだから、楽器の棹が突き出す。

管弦楽の席である。

上半分に、舞台がある。

石造りの回廊のような装置。

その手前と奥に、白い人影が動いている。

長い衣をまとい、腕を上げる。

数えると、十人以上いる。

いずれも輪郭が曖昧で、布が広がっている。

背景は暗い緑と灰色。

輪郭を消して、動きを出す

この舞台の人物には、顔がない。

輪郭も曖昧である。

見えるのは、白い布の広がりだけである。

そして、その曖昧さが動きを作っている。

止まっているものは、輪郭がはっきりする。

動いているものは、ぼやける。

つまり、輪郭の曖昧さは速さを示す。

第三回で、モネの橋が霧でぼやけていると書いた。

あちらは距離の効果だった。

こちらは、速さの効果である。

同じ「ぼやけ」でも、意味が違う。

そして、下の観客席は輪郭がはっきりしている。

止まっているからである。

一枚のなかで、二通りの描き方が使い分けられている。