美術史・技法

布は、動きを描くための道具である——欧米絵画・版画・彫刻ほか九点

人の体は、そう大きく動かない。動くのは布である。風で膨らみ、走れば後ろへ流れる。九点で、布の襞の作り方を読みたい。止まっている人物の布にも、襞は要る。垂れた布と、翻る布では、線の数が違う。九点で、その差を測りたい。

衣文の習作(写生帖より)
アッシャー・ブラウン・デュランド《衣文の習作(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

布は、体の代わりに動く

前の回まで、場所を見てきた。

道、山、木、水、室内、窓、入口。

今回から、人が身に着けるものを見たい。

まず、布である。

布は、それ自体では形を持たない。

体に掛かり、風を受け、床に落ちる。

そのつど形が変わる。

そして、絵のなかでは、体の動きを布が代わりに示すことがある。

体は服に隠れて見えない。

見えるのは布だけである。

九点を並べて、その働きを読みたい。

衣文の習作(写生帖より)
アッシャー・ブラウン・デュランド《衣文の習作(写生帖より)》19世紀。館の記録では、紙に鉛筆。11.7×17.5センチ。番号は33.176.1の表。メトロポリタン美術館蔵。アッシャー・ブラウン・デュランド《衣文の習作(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

小さな素描である。

十一・七掛ける十七・五センチ。

そして、布だけが描かれている。

人はいない。

画面の中央に、白い布の塊がある。

上のほうで一点に集まり、そこから下へ広がる。

襞が、放射状に伸びる。

深い谷と、高い山が交互に並ぶ。

谷の部分は、鉛筆を密に重ねて暗くしてある。

山の部分は、紙の白がそのまま残る。

その明暗の差だけで、布の凹凸が作られている。

下端は、床に落ちてたるむ。

輪郭が不規則に波打つ。

襞は、明暗でできている

布の襞には、色がない。

同じ布なら、どこも同じ色である。

見えているのは、明るさの差だけである。

出っ張った部分に光が当たり、へこんだ部分が影になる。

だから、襞を描くとは、明暗を並べることである。

この素描では、鉛筆の濃さだけで作られている。

第七回で、有色の紙に白を置く方法について書いた。

こちらは、白い紙に暗い部分だけを置いている。

いちばん明るいところは、何も描いていない。

第九回で、白は塗らないほうが明るいと書いた。

襞の描き方も、同じ原則に従っている。

襞の種類

布の襞には、いくつかの型がある。

一つは、吊り襞である。

一点から吊るされ、放射状に落ちる。

衣文の習作の襞が、これである。

一つは、押し襞である。

体の曲がりに押されてできる。

肘の内側、膝の裏、腰のあたり。

一つは、たまり襞である。

床に落ちて、たるむ。

役者絵の裾が、これである。

そして、風で流れる襞がある。

バレエの一点が、それに近い。

九点を見ると、この四つが混じっている。

そして、どの襞が多いかで、その絵の性格が分かる。

吊り襞が多ければ、静止した姿勢である。

押し襞が多ければ、体が曲がっている。

流れる襞が多ければ、動いている。

つまり、襞の種類は姿勢の記録でもある。

第一回で、大きく描かれた人は動きの途中で止まっていると書いた。

その動きは、たいてい布に現れる。

体そのものは、服に隠れているからである。

布だけを、描く

この一枚には、人がいない。

つまり、布そのものが主題である。

これは、練習のための素描である。

完成した絵で、人物に衣を着せるとき、襞を描かなければならない。

そのために、布だけを掛けて写す。

第十四回で、家具だけを描いた写生帖の頁を読んだ。

同じ性格の頁である。

資料として作られている。

そして、この頁も一点として番号を持つ。

第十七回で扱った、頁ごとに数える方式である。

ロバート・ブレンコウ夫人
サー・トマス・ローレンス《ロバート・ブレンコウ夫人》1792年ごろ。館の記録では、布に油彩。127×101.5センチ。番号は1942.9.37。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。トーマス・ローレンス《ロバート・ブレンコウ夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第十八回で読んだウィドナー・コレクションの、一点である。

縦長の大きな画面である。

女性が、腰から上で描かれる。

体は右を向き、顔は正面に近い。

淡い黄色の衣を着ている。

胸の下で高く帯を締める。

そこから下へ、布が広く広がる。

襞が縦に何本も走る。

袖は膨らみ、肘のあたりで絞られる。

頭に、大きな帽子。

白い羽根飾りが、上へ高く伸びる。

背景は暗い。

左に、緑がかった空と木立が覗く。

筆の跡が、布の柔らかさになる

この一点では、布の描き方が粗い。

襞の線が、はっきりしていない。

筆の跡が、そのまま残っている。

そして、それが布の柔らかさを作っている。

輪郭を明確にすると、布が硬く見える。

ぼかすと、柔らかく見える。

つまり、描き込みの精度と、材質の印象は反比例する。

前の一点の素描では、襞がくっきりしていた。

あれは、厚い布である。

こちらは、薄い布である。

同じ襞でも、描き方で材質が変わる。

縞が、体の形を示す

青いドレスの少女
アメリカ、十九世紀の作者不詳《青いドレスの少女》1840年ごろ。館の記録では、布に油彩。26.2×21センチ。額を含めて34.9×29.8×4.1センチ。番号は1953.5.72。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《青いドレスの少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第十八回で読んだガービッシュ夫妻の寄贈の、一点である。

小さな画面である。

二十六・二掛ける二十一センチ。

暗い背景の前に、少女が胸から上で描かれる。

顔は正面を向く。

髪は中央で分け、耳の上でまとめられる。

そして、青緑の衣を着ている。

襟が広く、肩が出る。

縁に、白い細い飾りが付く。

その衣に、縦の筋が何本も入っている。

濃い青と、明るい青が交互に並ぶ。

袖にも、同じ筋がある。

そして、その筋が体の丸みに沿って曲がっている。

襞を、線として並べる

この一点の襞は、素描のような明暗ではない。

線として描かれている。

濃い線と、明るい面が交互に並ぶ。

そして、その線の間隔が場所によって変わる。

体の側面へ行くほど、狭くなる。

正面では、広い。

つまり、線の間隔が丸みを示している。

第十八回で、この種の絵の描き方について書いた。

影が少なく、輪郭がはっきりしている。

襞も、影ではなく線で作られる。

そして、それが独特の硬さを生んでいる。

布が金属のように見える。

しかし、体の形は正確に伝わる。