美術史・技法

布は、動きを描くための道具である——欧米絵画・版画・彫刻ほか九点

古典風の衣装の二人の女性、屋外(写生帖より)
トマス・サリー《古典風の衣装の二人の女性、屋外(写生帖より)》1810年から20年。館の記録では、紙にインクと淡彩。22.9×29.2センチ。番号は53.182.68の裏。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《古典風の衣装の二人の女性、屋外(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

第一回と第十四回でも、同じ写生帖の頁を読んだ。

白黒の画像である。

紙に、二人の人物が描かれている。

いずれも長い衣をまとう。

左の一人は、立って腕を上げる。

衣が体に沿い、下へ流れる。

右の一人は、台のようなものに向かう。

こちらも長い衣である。

いずれも、灰色の淡彩で影が付けられている。

そして、背景に木立らしい形がある。

紙の右端には、別の紙が重なって写っている。

帳面の次の頁だろう。

古典風の衣装という約束

題に、古典風の衣装とある。

古代の彫刻に見られる、体に沿って垂れる長い衣である。

そして、それは当時の実際の服装ではない。

絵のなかでだけ使われる衣装である。

理由は、襞が美しいからである。

体の動きが、布の流れとして読める。

第十四回で、写生帖の頁が本画の準備だと書いた。

この頁も、その準備だろう。

そして、準備の段階で古典風の衣装を試している。

つまり、完成した絵でも同じ衣装を使うつもりだった。

ロバート・シャーロック
ウィリアム・ラッセル《ロバート・シャーロック》1805年ごろ。館の記録では、紙にパステル。60.6×45.4センチ。番号は1975.217.1。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・ラッセル《ロバート・シャーロック》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、布がいちばん少ない。

暗い背景の前に、若い男の胸から上。

顔は右を向き、目はこちらを見る。

髪は短く、額に垂れる。

頬に赤みがある。

そして、黒い上着を着ている。

襟が高く立つ。

その首もとに、白い布が幾重にも巻かれている。

顎の下で、厚く盛り上がる。

これが、この一点で唯一の明るい布である。

技法の欄に、パステルとある。

粉状の顔料を固めた画材である。

紙にこすりつけて描く。

白い布が、顔を持ち上げる

この一点では、白い布が首もとにだけある。

そして、その白がいちばん明るい。

顔よりも明るい。

つまり、白い布が顔の下に置かれ、顔を支える台のように働いている。

暗い上着と、暗い背景。

そのあいだに、白い帯が一本。

その上に、顔が乗る。

第九回で、白が画面のなかでいちばん強いと書いた。

肖像画では、その白をどこに置くかが構図の要になる。

首もとの布は、そのために使われている。

九点を、布の状態で分ける

九点の布を、状態で分けたい。

体に着られているものが六点。

四つの肖像画と、役者絵と、写生帖の頁。

平らに広げられているものが二点。

打掛と、ローブの写し。

そして、体のない布が一点。

衣文の習作である。

つまり、九点のうち三点で、布が体から離れている。

そして、その三点はいずれも、模様か形そのものを見せるために作られている。

白と黒の布

九点の布の色を並べたい。

白が三点。

衣文の習作、バレエの舞台衣装、そして襟もとの布。

黒が二点。

役者絵の上衣と、パステルの上着。

淡い黄色が一点。

青緑が一点。

縞が一点。

そして、白地に墨と金が一点。

白と黒が多い。

これには理由がある。

白い布は、襞がいちばん読みやすい。

明暗の差だけで形が作れるからである。

色の付いた布では、色と明暗の両方を扱わなければならない。

そして、黒い布は襞が読みにくい。

影も黒だからである。

だから、黒い衣を描くときは、光の当たる部分だけを明るくする。

パステルの一点でも、上着の肩に淡い明るさが入っている。

それがないと、平らな黒い面になってしまう。

第九回で、白は最も明るく最も影響を受けやすい色だと書いた。

黒はその逆で、最も暗く、最も情報を持ちにくい。

布は、二つのことを同時に示す

最後に、布の働きをまとめたい。

布は、その下の体の形を示す。

襞の方向、縞の曲がり、輪郭の張り。

いずれも、体の位置を語っている。

同時に、布はその人の身分や職業を示す。

素材、色、文様、仕立て。

いずれも、着る人が誰かを語る。

つまり、布は形と情報を同時に運ぶ。

第一回で、人の大きさが絵の目的に従うと書いた。

布の描き込みも、同じである。

体の動きを見せたい絵では、襞が細かい。

身分を見せたい絵では、文様が細かい。

そして、どちらでもない絵では、布は単純な面になる。

九点を並べると、その差がはっきりする。

次の回では、頭にかぶるものを見たい。

帽子は、かぶることも、手に持つこともできる。

布の記録は、寸法が多い

九点のうち、実物の布は二点である。

打掛と、ローブの写し。

ただし、後者は絵である。

つまり、実物の布は一点だけである。

そして、その一点の寸法欄が他と違う。

全体の寸法に加えて、袖丈と袖幅が書かれている。

三つの数字がある。

絵の記録なら、縦と横の二つで足りる。

衣は、着るためのものである。

だから、体に合うかどうかが問題になる。

袖の長さ、身丈、裄。

いずれも、着る人の寸法に対応する。

第十八回で、記録の欄がそのものの扱われ方に従うと何度も書いた。

刀装具には厚さと重さ。

銀器には重さ。

衣には、袖の寸法。

いずれも、そのものを使うために必要な数字である。

そして、館に入ると、その数字は使われなくなる。

誰も着ないからである。

それでも、記録には残る。

作られたときの目的が、寸法の欄に化石のように残っている。

布の面積

九点で、布が画面に占める割合を見たい。

いちばん多いのが、打掛である。

画面のほとんどが布である。

次が、ローブの写し。

こちらも、広げた皮が画面の大半を占める。

そして、衣文の習作。

布だけが描かれている。

肖像画の四点では、布が画面の半分から三分の二を占める。

顔と手を除けば、残りは全部布である。

役者絵も同じである。

いちばん少ないのが、パステルの肖像。

首もとの白い布と、上着だけである。

そして、バレエの一点では、布は上半分にしかない。

つまり、人物を描く絵では、画面の大半が布になる。

顔は、意外なほど小さい。

それでも、見る人はまず顔を見る。

面積と、注目の度合いは比例しない。

第一回で、五ミリの人影が視線を集めると書いた。

同じことが、肖像画のなかでも起きている。

布は画面を埋め、顔は視線を集める。

役割が分かれている。

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