綿は、刷るための布——ケーハル・シング・ヴェルネ・ウォルコットほか九点

横長の布である。
全体は58.4×80.1センチある。
地は白い。
文様は、赤紫の一色だけである。
画面には、場面が並ぶ。
木立の下に、人物がいる。
馬に乗った人物が、右へ進む。
その前を、犬が走る。
別の場所には、倒れた獣がいる。
獣のまわりに、人が集まる。
木の幹は、細い線の束で表される。
葉は、点の集まりである。
明暗は、線の密度で作られている。
場面と場面のあいだは、木と岩で仕切られる。
繰り返しの単位は、大きい。
一つの版で、この幅を刷る。
版そのものが、大きかったことになる。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
材料は、綿に銅版捺染である。
銅版なら、細い線が刷れる。
だから木版より、絵が細かい。
そのかわり、色は一色になる。
先の布は多色で、線が太い。
この布は一色で、線が細い。
版の材料が、絵の性格を決めている。
木は繊維があるので、細い線が欠ける。
銅は均質なので、髪ほどの線も彫れる。
そのかわり、色を重ねるのが難しい。
何を取り、何を捨てるかが分かれている。
木版は色を取り、線を捨てた。
銅版は線を取り、色を捨てた。
どちらの布も、同じ国で作られている。
九点のうち、捺染の布が二点並ぶのは、ここだけである。
綿が、鋼の裏に隠れる
五点目では、綿は見えない。

丸みのある兜である。
高さ24.1センチ、幅22.9センチ、奥行き37.8センチある。
重さは2948グラムある。
前は丸く張り出す。
後ろは、長く尾のように伸びる。
尾の先は、下へ向かって斜めに落ちる。
前面の中ほどに、細い隙間が横に開く。
目のための隙間である。
隙間の下には、小さな穴が数個並ぶ。
穴は、内側の詰め物を留めるためのものである。
表面は銀色で、光を返す。
装飾は、どこにもない。
縁は、外へわずかに巻かれる。
巻いた縁は、刃を滑らせるためのものである。
同時に、板の強さも増す。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
材料は、鋼、革、そして布である。
布の内訳は、麻と綿と書かれている。
つまり内側に、布の詰め物がある。
外からは、まったく見えない。
見えるのは、留めるための小さな穴だけである。
穴の位置から、布があったことが分かる。
布そのものは、いま残っていないかもしれない。
それでも材料の欄には書かれている。
館は、いま見えるものだけを記録するのではない。
かつてあったものも、材料として数える。
穴は、その根拠である。
九点のうち、綿が完全に隠れているのは、この一点である。
兜の二つの伝統については、二つの兜で扱った。
綿の布が、鉄の衝立に張られる
六点目でも、綿は部分である。

大きな四角い衝立である。
156.2×156.2センチある。
枠は金属で、太い。
枠の中は、三つの区画に分かれる。
中央の区画には、人物が立つ。
人物は裸で、片脚を上げる。
手には、細長い楽器を持つ。
体は金色である。
そのまわりは、濃い紺の面である。
紺の面は、布らしい。
左右の区画には、幾何学的な文様がある。
文様は銀色の線で作られる。
線は直線と円弧の組み合わせである。
上部には、扇形の飾りが並ぶ。
下部には、細い縦の線が続く。
脚は四本で、短い。
脚の先は、外へ少し反る。
床から数センチ、枠が浮いている。
館の記録では、ある鉄工所が二十世紀の初めから優れた金工を作ってきた。
創業者はある国に生まれ、装飾の金工を学んでからこの町へ移った。
千九百二十年代に、若い意匠家を雇った。
その人の意匠は、この大きな衝立に極まる。
幾何学的な文様、様式化された自然の形、そして中央の人物が、この時代の意匠の典型を示すという。
館の記録は、そう説明している。
材料の欄の最後に、綿のベルベッティーンとある。
金属の枠の中で、布が地になっている。
布がなければ、向こうが透けて見える。
衝立として働かない。
綿は、その一点で必要とされている。
九点のうち、綿が金属と組み合わされるのは、この一点である。
材料の欄に、疑問符が付く
七点目では、記録が確かでない。

四角い布である。
地は、濃い赤である。
その上に、白い文様が浮かぶ。
文様は、大きな花と葉である。
花は円く、花弁が幾重にも重なる。
中央に、いちばん大きな花がある。
そのまわりに、同じ花が四つ並ぶ。
花と花のあいだには、渦を巻く蔓がある。
縁には、幅の広い帯が回る。
帯の中にも、花の文様がある。
四隅では、文様が折り返す。
白い部分は、糸が浮いている。
赤い部分は、別の糸が浮いている。
裏返せば、色が反転するはずである。
表と裏で、同じ文様が色違いになる。
二枚ぶんの布が、一枚に重なっている。
織り機の上では、二色の糸が交互に上下する。
上に出た糸だけが、表の色になる。
館の記録は、題と材料と年しか書いていない。
材料の欄には、綿と羊毛とある。
しかし綿のほうには、疑問符が付いている。
つまり館は、綿かどうかを断定していない。
糸を顕微鏡で見れば、繊維の形で分かる。
しかし、そこまで調べていないらしい。
あるいは、調べたが決められなかったのかもしれない。
館の記録は、その事情を書いていない。
書かれているのは、疑問符だけである。
記録は、分からないことも記号で残す。
断定すれば、後で直すことになる。
疑問符は、直さずに済ませる書き方である。
九点のうち、材料が疑われているのは、この一点である。