美術史・技法

年の欄の「日付あり」が意味すること——倪瓚、呉鎮ほか中国絵画九点

虞山の林と谷
倪瓚《虞山の林と谷》1372年。館の記録では、掛軸、紙に墨。画面は縦94.6センチ、横35.9センチ。表装を含めると縦208.3センチ、横52.4センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は1973.120.8。メトロポリタン美術館蔵。倪瓚《虞山の林と谷》メトロポリタン美術館蔵

細長い掛軸である。

地は淡い褐色の紙である。

下のほうに、細い木が数本立つ。

葉は疎らで、枝が透ける。

その手前に、平らな岩がある。

中ほどは、白く空けられる。

水面を示しているのだろう。

上のほうに、低い山が横たわる。

線は細く、墨は薄い。

画面の上部に、文字が四段に分かれて並ぶ。

赤い印が、いくつも押される。

後の人が、書き足す

余白の文字は、作者だけが書くとは限らない。

後の持ち主が、感想や詩を書き足すことがある。

あるいは、鑑定の言葉を書く。

そうすると、余白が埋まっていく。

一枚の絵に、何世代もの文字が積み重なる。

前の回で、後の手が書き足す話をした。

西洋の絵では、それは例外だった。

こちらでは、しばしば歓迎される行いである。

書き足すことが、絵を育てると考えられた。

同じ行いの意味が、地域で正反対になる。

上部の余白に、書く

いま見た一点は、文字が上に集まる。

絵は下の三分の一ほどしかない。

残りは、余白と文字である。

つまり、文字のための場所が広く取られている。

これは、この時代の絵によく見られる形だ。

絵を描き、余白に詩や文を書く。

後の人が、さらに書き足すこともある。

だから、上部が埋まっていく。

館は、その全部を一つの画面として測る。

松の書斎の春の雲
張羽《松の書斎の春の雲》1366年。館の記録では、掛軸、紙に墨と彩色。画面は縦92.1センチ、横31.8センチ。表装を含めると縦201.9センチ、横47センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は1980.426.3。メトロポリタン美術館蔵。張羽《松の書斎の春の雲》メトロポリタン美術館蔵

細長い掛軸である。

下のほうに、松の木が数本立つ。

その根もとに、小さな建物が見える。

屋根は低く、簡素である。

中ほどに、白い霞が横に流れる。

その上に、丸みのある山が重なる。

山肌は、細かい点で表される。

さらに上に、小さな峰が並ぶ。

画面の上部に、文字が三段で並ぶ。

赤い印が、文字の脇に押される。

表装の絹は、淡い色である。

誰のために描いたか

款記には、しばしば宛名が入る。

誰それのために描く、という言い方である。

つまり、贈り物として描かれた。

売るための絵ではない。

友人や、世話になった人に贈る。

だから、その人の号が書かれる。

館の記録は、その名を欄には入れない。

年だけが取り出される。

しかし、絵の上には残っている。

読める人が読めば、贈った相手が分かる。

明と清の時代の、五点

残る五点は、十五世紀から十八世紀の絵である。

1441年、1572年、1630年、1651年、1721年、1759年。

この時期になると、款記はさらに長くなる。

日付だけでなく、場所や事情まで書かれる。

誰のために描いたかも入る。

つまり、絵に添える手紙のようになる。

館の年の欄には、その日付だけが取り出される。

残りの文は、欄には現れない。

蘭と石
馬守真《蘭と石》1572年。館の記録では、掛軸、紙に墨。画面は縦52.7センチ、横29.2センチ。銘記を含めた画面は縦70.2センチ、横29.2センチ。表装を含めると縦207センチ、横47.6センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は1982.1.7。メトロポリタン美術館蔵。馬守真《蘭と石》メトロポリタン美術館蔵

細長い掛軸である。

下のほうに、丸い石が置かれる。

石の脇から、細い葉が伸びる。

葉は長く、弧を描いて垂れる。

葉のあいだに、小さな花が咲く。

花は、簡素な線で描かれる。

墨の濃淡だけで、彩色はない。

その上に、白い余白が広がる。

余白に、文字が数行入る。

さらに上に、別の紙が継がれる。

その紙にも、文字が並ぶ。

別の紙を、継ぎ足す

この一点の上には、別の紙が継がれている。

そこにも文字が書かれる。

つまり、絵の紙と文字の紙が別々である。

継いでから書いたのか。

書いてから継いだのか。

どちらとも分からない。

館の寸法の欄は、両方を測った数字を書く。

継ぎ目の位置が、数字の差から分かる。

物の作りが、数字に写されている。

寸法の欄が、二つの画面を書く

いま見た一点の寸法は、変わっている。

画面の寸法が、二つ書かれている。

一つは、絵の部分だけ。

もう一つは、銘記を含めた大きさである。

その差は、縦で17.5センチある。

つまり、絵の上に文字だけの帯がある。

館は、それを別々に測った。

絵と文字を、寸法の上でも区別している。

文字の場所を、寸法で示す

なぜ、二つに分けて測るのか。

文字の占める面積が分かるからだ。

この一点では、縦の四分の一が文字である。

絵と文字の比率が、数字で示される。

前の回で、位置の記録が構図を示すと書いた。

寸法の記録も、同じ働きをする。

数字だけで、画面の作りが伝わる。

秋の山の隠者
王鐸《秋の山の隠者》1651年。館の記録では、掛軸、紙に墨。縦117.2センチ、横54.9センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は1985.214.149。メトロポリタン美術館蔵。王鐸《秋の山の隠者》メトロポリタン美術館蔵

縦長の掛軸である。

右上から左下へ、山が斜めに連なる。

山肌は、細かい線と点で埋まる。

墨は濃く、勢いがある。

中ほどに、木立が茂る。

葉は、点を重ねて表される。

左下に、小さな建物が見える。

画面の左上に、大きく文字が並ぶ。

文字は五行ほどで、行が長い。

書の勢いが、山の線と揃う。

赤い印が、文末に押される。

絵と書の、あいだ

書と絵を、同じ人が手がける。

これは、この地域の絵の大きな特徴である。

西洋では、画家と書家は別の職だった。

こちらでは、同じ教養の中にある。

文人と呼ばれる人々が、詩を作り、書を書き、絵を描く。

三つは、一続きのものと考えられた。

だから、絵に文字があっても不自然でない。

むしろ、文字がなければ物足りない。

前の回で、西洋の署名が隠れる方向に置かれると書いた。

ここでは、正反対の力が働いている。