美術史・技法

年の欄の「日付あり」が意味すること——倪瓚、呉鎮ほか中国絵画九点

この語が付いているとき、その年は作品そのものの上に書かれている。研究者が推し量った年ではない。款記の中に干支と元号が並び、絵と文字が同じ筆で書かれている。短い一語が確からしさを分ける仕組みを読みたい。

竹と石
李衎《竹と石》メトロポリタン美術館蔵

年の欄に、日付ありと書かれる

絵画を九点、記録の欄で並べてみる。

九点とも、年の欄の書き方が同じである。

数字の前に、短い語が置かれている。

日付あり、という意味の語だ。

ふつう、年の欄には数字だけが入る。

あるいは、およそ、や、ごろ、が付く。

この語が付くときは、意味が違う。

その年が、作品そのものに書かれている、ということだ。

推し量った年ではない。

款記という部分

款記とは、絵に添えて書かれる文のことである。

書かれる場所は、余白のどこかだ。

上でも、左でも、右でもよい。

絵の邪魔にならない場所が選ばれる。

内容は、いくつかの型がある。

まず、絵の題や主題を示す語。

次に、誰のために描いたか。

そして、いつ、どこで描いたか。

最後に、作者の号や名。

そのあとに、印が押される。

九点とも、この順序におおむね従っている。

誰が書いたのか

年が作品に書かれているとき、書いたのは作者である。

多くの場合、そう考えてよい。

中国の絵では、画面の余白に文が書かれる。

款記と呼ばれる部分である。

そこに、いつ、どこで、誰のために描いたかが入る。

だから、年は文の一部として現れる。

署名だけを書いて、年を書かないこともある。

しかし、書くほうが多い。

六十年で、一巡する

年を表す組み合わせの名は、六十で一巡する。

つまり、六十年たつと同じ名に戻る。

だから、それだけでは年が決まらない。

前後の事情から、どの巡りかを判断する。

画家の生没年が分かっていれば、絞れる。

三十歳から七十歳のあいだ、といった具合だ。

もし生没年が分からなければ、決まらない。

そういうときは、年の欄に疑問符が付く。

九点には、その例はない。

九点の画家は、いずれも生没年が分かっている。

干支と、元号

年の書き方には、二通りある。

一つは、六十年で一巡する組み合わせの名。

二つの文字を組み合わせて、年を表す。

もう一つは、その時代の元号と、何年目かの数である。

多くの場合、両方が書かれる。

そうすれば、六十年の重なりを取り違えない。

館は、それをいま使う数字に直して欄に入れる。

直した結果だけが、年の欄に残る。

竹と石
李衎《竹と石》1318年。館の記録では、二幅一対の掛軸、絹に墨と彩色。各幅の画面は縦189.9センチ、横55.2センチ。表装を含めると縦269.7センチ、横56.8センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は1973.120.7。メトロポリタン美術館蔵。李衎《竹と石》メトロポリタン美術館蔵

縦長の掛軸が、二幅並ぶ。

地は褐色の絹である。

左幅の中央に、細い竹が数本立つ。

葉は下向きに垂れる。

墨の濃淡で、前後が分かれる。

根もとに、丸い石が置かれる。

右幅にも、同じように竹が立つ。

こちらは、葉がやや疎らである。

下のほうに、白い石が横たわる。

余白は広く、上は何も描かれない。

左幅の下のほうに、細かい文字が並ぶ。

対の掛軸という形

掛軸は、一幅で完結することが多い。

しかし、二幅、四幅、十二幅と組になるものもある。

対にすれば、床の間の左右に掛けられる。

四幅なら、四季を割り当てる。

十二幅なら、月ごとになる。

つまり、数は飾り方と結びつく。

館の番号の枝は、その数を示す。

枝が二つなら、二幅。

枝が四つなら、四幅である。

前の回で、番号の枝が部品を数える話をした。

ここでは、幅を数えている。

二幅で、一つの作品

この一点は、二幅で一組である。

館の番号にも、枝が二つ付く。

寸法の欄には、各幅の数字が書かれる。

つまり、同じ大きさの掛軸が二本ある。

並べて掛けることを前提にしている。

年は、片方に書かれていればよい。

もう片方には、署名だけのこともある。

館は、そこまでは分けて書かない。

一件として、一つの年を記す。

紙と絹の、違い

九点の技法の欄を見ると、支持体が二つに分かれる。

紙が六点。

絹が三点。

絹は、目が細かく、墨が滲みにくい。

細い線を引くのに向く。

紙は、墨をよく吸う。

滲みや掠れが出やすい。

その代わり、勢いのある線が引ける。

どちらを選ぶかで、絵の表情が変わる。

そして、款記の文字の見え方も変わる。

同じ筆でも、紙なら太く、絹なら細く出る。

元の時代の、四点

九点のうち四点は、十四世紀の絵である。

1318年、1335年、1366年、1372年。

いずれも、同じ王朝の時代にあたる。

この時代の絵には、款記が多く残る。

画家が、自分で文を書く習慣が広まった。

書と絵を、同じ人が手がける。

だから、筆づかいが揃う。

絵の線と、文字の線が、同じ手のものになる。

曲がった松
呉鎮《曲がった松》1335年。館の記録では、掛軸、絹に墨。画面は縦166.1センチ、横82.6センチ。表装を含めると縦255.3センチ、横94.3センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は1985.120.1。メトロポリタン美術館蔵。呉鎮《曲がった松》メトロポリタン美術館蔵

縦長の掛軸である。

地は濃い褐色の絹で、時代の色が付く。

中央に、太い松の幹が斜めに伸びる。

幹は途中で大きく曲がる。

皮は荒れ、節が目立つ。

枝は左右へ広がる。

葉は、細い針を束ねた形で描かれる。

根もとに、丸い石がある。

その周りに、短い草が生える。

余白は上下に広い。

左下のあたりに、細かい文字が縦に並ぶ。

墨だけで、描く

九点のうち四点は、墨だけで描かれる。

彩色がない。

色を使わないのは、手抜きではない。

墨の濃淡だけで、遠近と質感を出す。

濃い墨は近く、薄い墨は遠い。

にじませれば、霞になる。

掠れさせれば、岩肌になる。

一つの絵具で、これだけの幅を作る。

そして、款記の文字も同じ墨で書かれる。

絵と文字が、同じ材料でできている。

松と竹という、主題

九点のうち三点は、松か竹を描く。

どちらも、冬に枯れない植物である。

だから、変わらぬ心の象徴として描かれた。

そして、墨の線で描きやすい。

竹の幹は、一本の筆で引ける。

葉は、筆先を押して払えば形になる。

つまり、書の技術がそのまま使える。

書と絵が近い主題である。

款記の文字と、絵の線が並んでも、違和感がない。